第6章 : 欺瞞と策略、雨、そして私たち二人。
◆◇◆
シロとカエデは急いでその廃病院へと向かった……ここからそれほど遠くはなかった……
ぱたっ……ぱたっ……ぱたっ……
ザー…………
空が暗くなってきた。さっきまで目を刺していた陽光が瞬く間に消えてしまった。
また雨が降り始めた……しかしそれでも二人は走り続けた。
「兄さん姉さん、また雨に濡れてるの!?」
ラーメン屋の店主が言い終わらないうちに、二人はそのまま走り去った。
「すまない、またいつか来る」
シロはそう言い残した……
二人は超人的な速さで走り続けた。普通の人間が見ても、てっきり体強化の魔法を使っているのだろうと思うだけだったろう。
しかしそうではなかった。
二人の速さは鉄の馬の二倍から三倍はあった。
姉妹の家からラーメン屋まで歩けば十分かかる距離を、二人はわずか二分で走り抜けた。
走り続けた……走り続けた……
「カエデ!」
しかしシロは途中でカエデの襟首を掴んで止めた。
「何するのよ!」
「しっ……」
二人は向かいの廃屋に身を隠した……あの邸宅の真向かいだった。
彼女は鋭く聞き返した。
しかしシロはあの場所をじっと見つめていた……
二人が最初に出てきたあの邸宅……
よく見ると、あの邸宅は街からかなり離れていた。周りはもうすべて廃屋だらけで、この場所で起きた殺人事件の影響だろう。
「あれは……何だ」
邸宅の中の死体が……なぜ……
しかもそれだけではなく……
死体を運び出していた者たちが……
「もう……私たちの中の誰かが死ぬたびに、後片付けをするのはいつもこっちなんだから」
和装姿の少女の一人が、もう一人の少女にぼやいていた。しかし、
その二人は……鏡写しのようにそっくりな黒髪の少女たちだった。
「愚痴言わないでよ。どうせ私たちは"真化の葬儀屋"なんだから……仕事があるだけいいじゃない」
「そうかもしれないけどね、やっぱり退屈よ。それで、あのアイドルを殺したのって本当にクイーン真化なの?」
「調査中よ……でもたぶんそうだと思う。真化魔女が後始末はしてくれたから」
カエデとシロは顔を見合わせた。二人が話していることがさっぱりわからなかった……
しかしそれ以上に……
ザー…………
死体を外に引き出すたびに、二人は何かの装置を……魔法の道具とは明らかに違うものを……死体のこめかみに差し込んでいた。
するとその死体は黒髪の少女の姿へと変わっていった。
男であれ、女であれ、子どもであれ、老人であれ……全員が"黒髪の少女"の姿へと変わった。
「…………………」
「…………………」
二人はただ黙り込んだ……しかしそれでも、なな(末の妹)を探しに行かなければならなかった。
「まったく……クイーン真化が私たちを全員殺しにくるとは思わなかった。最初はあのエミリたんっていうアイドルの仕業かと思ったのに」
二人が盗賊集団を倒せたとはいえ……二人はよくわかっていた。いや、体の本能が大声で警告していた。
あの二人には……絶対に関わってはいけないと。
〔ここから逃げなければ〕
シロがカエデに合図した……彼女は頷いて、こっそり家の裏へと回り込んだ。
二人はわかっていた。今すべきことを。
そして……最後に聞こえてきた会話が……二人の心に引っかかった。二人の正体について、少しずつ点と点がつながり始めた。
「あー……あのスパイ二人が洗脳されるだけで済んでよかったわね。クイーン真化の手から逃げ出せただけでも儲けものよ」
「そうね……今のところクイーン真化が部外者を殺しにかかるつもりはないみたいだし、まだ運がいい方ね」
「運がいい?……運が悪いって言いなさいよ」
スパイ……その二文字が二人の耳に飛び込んできた。
土砂降りの雨の中を走り続けながら。
こうして考えてみれば、二人が盗賊集団を倒せたのも、ただの普通の人間ではあり得なかった。
しかも素手での戦闘も、武器の扱いも、正確無比だった。記憶は消えていても、鍛えられた体がその動きをしっかりと覚えていた。
そして何より……二人は洗脳されていた?
自分たちにそっくりな、誰かに……
これは一体何だというのか……何がどうなっているんだ。
二人の胸の中にはもやがかかり、聞こえてきたことを前にただ黙り込むしかなかった。
二人は普通の人間ではなかった。でも、二人より普通ではない者がいる。
走り続けた……走り続けた……廃病院へと向かって。
なな(末の妹)のことを思う気持ちが、今はただ一言に押しつぶされていた。
「スパイ」という言葉に。
◆◇◆
あのような夢を見るのはもう二度目だった。
捕まえられて縛り上げられ、体に何かを注射されて、電気を流された映像。
目が覚めるたびに何もかも忘れてしまう……ただ何かをしたいという衝動だけが残っていた。
それが何なのかはわからない……でも誰かが自分にずっと語りかけているような気がした。
何かを調べてほしいと。
しかし結局……何も思い出せないまま。
そして彼と出会った。
◆◇◆
「雨に濡らしてしまってすまないな」
「ちょっと待って……あれだけ荷物を持ち歩いているのに傘が一本もないの?」
「俺はうっかり者でね……特に綺麗な人の近くにいるときは……」
江戸の民から熱い支持を受けるアイドルにして人食い殺人犯の少女と、世界中に名を轟かせる手品師の若い男。
エミリたんと奥山五郎は……「廃病院」の入り口近くに雨宿りしていた。
入り口のそばに椅子があったのでそこに腰を下ろして、少しだけ休んでいた。
二人とも……前の夜、この廃病院で若者たちが何者かに殺されていたことを知らなかった。
もっとも……五郎はこの病院のことを前から知っていたとしても。
「……ねえ、どうしてなの? 手品師になったのは」
彼女はテーブルに腰かけてくつろいでいる五郎に聞いた。それを聞いた五郎はすぐにくすりと笑った。
「ああ……まあ……昔ね、魔法使いが魔法を見せてくれるのをよく見ていたんだ。でも俺は生まれつき魔法が使えないから……魔法使いに並ぶためにトリックとイカサマをずっと鍛えてきた」
五郎の目が遠い過去を映した。
「魔法使いになりたかったの?」
「いや……違う。ただ……自分のトリックとイカサマを……世界中の人に見せたかっただけさ。普通の人間だって魔法と同じことができるって」
彼は笑った。
彼女も笑った。
「それで……なんで手配書が出ているの?」
彼女は街中に貼り出されている五郎の手配書を剥がして顔の前にかざした。
「まあ……当局は俺の公演があまり好きじゃないみたいで。ははは」
しかし彼女が鋭い目を向けると……五郎は生唾を飲み込んで本当のことを話した。
「実はね……昔、銀行強盗をやったことがあるんだ」
「銀行強盗?」
彼女は首を傾けた。なぜそんなことをしたのかと……脚本通りに聞いた。
「俺が子どもの頃ね……孤児院に一人いたんだ。誰にも引き取ってもらえなかった。そこでその子と出会った」
「その子?」
「うん……その子が俺にとって最初の観客だったんだ」
◆◇◆
子どもの頃……自分に父と母がいなくなったのがいつだったか、気づいたときにはもうここにいた。
そのとき自分の名前が奥山五郎だということだけはわかっていた。
孤児院。
物心ついてからずっとここにいて、今では十五歳になっていた。
なぜか誰にも引き取ってもらえなかった……それもあって子どもたちの面倒を見るような立場になっていた。
大変ではあったが、それでも悪くはなかった。
ここにいる間、いつも胸を熱くさせてくれるものがあった。それが魔法使いだった。
毎月この孤児院を訪ねてくる魔法使いがいて、来るたびに魔法の凄さを見せてくれた。
何をしに来るのかはわからなかったが、来るたびにその魔法を披露してくれた。
そのたびに……自分も同じようになりたいと思った。
だから魔法使いになるために必死になった。ただし魔法なしで。
何年もかけて、異次元から来た本を読んで、魔法を使わずに魔法と同じことができるトリックとイカサマを見つけた。
それを練習し続けた。
最初に覚えたイカサマ……小さなボールを五個、一度も落とさずに投げ続けること。
それはイカサマとも言えなかったかもしれないが……
ぱん!
手を叩くと……小さなボールが五個、跡形もなく消えた。
俺はトリックとイカサマに夢中になった……本気で打ち込んだ。
いつか世界中の観客がこれを見てくれる日を待ち望みながら。
気がついたら、魔法という言葉なんてどうでもよくなっていた。
そのかいがあった。
ぱちっ、ぱちっ、ぱちっ……柔らかくて軽い手のひらの拍手が、初めて俺の胸の中で響き渡った。
振り向くと、驚いたような、でも心から楽しんでいる女の子の顔があった。
彼女は柔らかな笑顔を向けてきた。俺の心臓がどきっとした。
「すごい……どうやったの?」
彼女の口から出てきた言葉は……柔らかくて、無邪気で、まるで美しい白百合畑のようだった。
孤児院の前の柵の向こうに立っていた、ボブカットの黒髪の少女。入院着を着ていた。
「ただ……手をすばやく動かしただけだよ」
手を一振りすると……たちまち手の中にボールが現れた。
「速くて……正確ね」
手を握って開くと……ボールが白いチューリップに変わっていた。
「それに何より……観客を喜ばせなければね」
「……綺麗……」
彼女は嬉しそうに、感激した顔でチューリップを受け取った。
「もっとできるよ」
「本当に!?」
それからというもの、二人はここで会うことが増えた。いや、毎日と言っていいくらいだった。
大人になっても会い続けた。しかしある日……その子は俺の公演を見に来なくなった。
何日も何日も経つうちに、その子とは会えなくなった。長い年月が流れて、ずっと待ち続けた。
もう待てなくなって、病院に会いに行ってようやく本当のことを知った。
その子が重い病気を患っていること……治す唯一の方法は、医療魔法の専門家である魔法使いを呼ぶことだったが、その魔法使いはここから遠い場所にいた……だから多額の費用がかかった。
最終的に俺は……
「止まれ!! こら、ガキ!!」
「屋根から降りてこい!!」
「すまない、急いでいるんだ! 豚でも食っててくれ!」
「わあああ!!!」
十五歳の子どもがそれほどの大金を用意できるはずがないだろう? だから銀行強盗をして金を集め、その子を治しに行った。
でも行ってみると……その子はもう跡形もなく消えていた。
◆◇◆
「その子を探し続けた……でも途中から何も思い出せなくなってしまって。気がついたら手品師として生きていた」
「……そう」
彼女は真剣に五郎の話を聞いていた。その子の話が出るたびに、こっそり微笑みながら。
「その子もきっと、自分のことを好きになられてしまって困っているわよ」
「ははは……それはつまり、今俺の告白を受け入れてくれるってこと?」
「そんなわけないでしょ!!」
彼女は五郎に向かって舌を出した……五郎はそれを見てすぐに笑い出した。
「それで……この病院っていうのは……」
「ここだよ」
「えっ!? そうなの?」
「その子の病室を見せてあげようか?」
彼女は暗い廊下をちらりと見やり……首を横に振った。
「いい……怖すぎる」
「それもそうだね」
{ひひひひ}
二人の甘い雰囲気の中で……五郎と彼女は暗い廊下の奥から笑い声を聞いた。
「……待ってて」
「うん」
五郎は手を握りしめた。するとトランプが手の中で勝手に火を灯した。まるで炎の魔法を使っているようだった。
{ははははは}
また笑い声がした……五郎は暗い廊下の中へと歩み入った。
そして同じ頃……記憶を失ったスパイ二人もここへたどり着いていた。




