第2章 : 女殺人鬼の魅力に溺れてしまった。
◆◇◆
「はぁ…こんな夜遅くに事件を報告する人がいるなんて信じられないわよね?」
深夜の江戸……酔っ払いの若い男が、酒場が閉まったせいで千鳥足で帰宅しようとしていた。方向感覚もなく歩き回るうちに、界隈で一番立派で大きな屋敷に迷い込んでしまった。
これほど立派な屋敷なら当然、鍵がかかっているはずだった。
しかしこの屋敷には鍵がかかっていなかった。
酔っ払いは平然と他人の家に入り込んだ。そして中へと進んでいった。
それから……悲鳴が響き渡った。
「まったく……時間がどんな時刻であろうと、急ぎの報せがあれば駆けつけるのが職務というものだろう」
二人の衛兵が現場へと向かった。一人は経験豊富な様子だったが、もう一人はいかにも怠け者そうな部下だった。
通報の内容は、エミリたんという名の人気アイドルの屋敷に酔っ払いが侵入したというものだった。そのはずだった。
しかし……
「あの……先輩……今回の事件は、ちょっとえげつなくないですか……」
「そうだな……」
二人の衛兵が現場の中を確認した……
これは大きな事件だった。間もなく屋敷は衛兵たちで埋め尽くされた。
「まったく……最近は殺人事件ばかりだ……見飽きて吐き気がしてくる……」
「どういう意味ですか?」
「ああ……お前は他の場所から異動してきたばかりだから知らないのか……最近、男性ばかりを標的にした殺人鬼がいてな……被害者を残忍な方法で殺してから、屠殺場で肉を吊るすみたいに遺体を晒すんだ。性器まで切り取っていく。しかも被害者は男性だけだ……考えるだけで背筋が凍る……」
「では……この遺体は……」
「さっきの殺人鬼の被害者じゃない……これはエミリたんというアイドルのものだ……」
「……ついこの前、彼女のコンサートに行ったばかりですよ……」
「そうか……」
そうだ……酔っ払いを一晩か二晩留置するだけのはずが、とんでもないものを発見することになってしまった。
二人は通報された遺体を確認しに行こうとしたが、新入りの若い衛兵は腐敗臭に耐えられず、先に水を飲みに行くと言って離れた……
「まったく……よく衛兵なんてやってられるな……」
「うわあああああ!!!」
離れる間もなく、台所から叫び声が上がった。
一緒にいた衛兵が急いで確認に行った……
「何があった!!!」
「あ……あれを……」
大きな桶がいくつも置かれていた。若い衛兵は水を入れた桶だと思ったが……開けてみると塩漬けの保存食の桶だった。
「これは……」
残りの衛兵も駆けつけた。そして目の前の凄惨な光景を目にした……
「人間の肉だ……」
奥山五郎の騒動と人食い殺人事件で皆が動き回っている中、現場にいた全員が点と点を繋げた。
まだ確証はなかったが……その場にいる誰もが、殺害されたアイドルが実は誰であったかを悟っていた。
◆◇◆
その後……当局と鑑識が現場に入った。
初期の鑑定ではエミリたんが追いかけていた人食い殺人鬼かどうかはまだ確認できなかったが、彼女の屋敷から人間の肉の証拠が大量に見つかったことは確かだった。
翌日からは芸能界を揺るがす大ニュースになるのは間違いなかった。
捜査員は布の袋でエミリたんの遺体を包んだ。そして遺体を鑑識部門へと運ぶために連れていった。
この「文明国」では、謎の次元の扉……人々が「天の扉」と呼ぶものが異次元からものや知識を持ち込む以前から、鑑識技術は発展していた。
「さて……残りは俺たち二人で対応しよう」
最初に到着した衛兵がそう言った。他の衛兵たちが頷いた。
「行こう」
「は……はい!」
二人は残忍に殺害された遺体を馬車に乗せ、街の外へと消えていった。
「あの……」
彼ら以外にももう一人の衛兵がついてきていた。彼は鑑識部門ではなく街の外へ向かっているのを不思議に思っていた。
「なぜ街の外に向かっているんですか?」
素直に聞いたが、二人は答えなかった。それどころか……
「少し眠っていなさい」
突然、経験豊富な衛兵がどこからともなく魔法の杖を取り出して、その衛兵を一時的に眠らせた。
「本当にこの人なんですか?」
後ろで眠っている衛兵を気にもせず、若い衛兵が聞いた。
「そうだ。俺たち二人の任務は、この遺体を"持ち帰る"ことだからな」
「それじゃあもう持ってきたじゃないですか」
「まあな。でもその前に……」
経験豊富な衛兵がフラッシュドライブのように見えるものを若い衛兵に渡した。
「俺たちの役割はもう終わりだな?」
「そうだ」
その言葉が終わった瞬間、二人はそれを頭に刺し込んだ。
ザー……
テレビの砂嵐のような音が響き渡った……そして二人の体が黒髪の少女の姿へと変わっていった。しかも二人はまるで鏡写しのようによく似ていた。
一人は黒髪をポニーテールにまとめ、大名の侍の甲冑をまとった少女だった。
もう一人は黒髪を巻き髪にして、黒いマントをまとった魔法使いの服に黒い魔女帽子をかぶり、魔法の杖を持った少女だった。
「ふう……元の体に戻ると……やっぱり気持ちいいわね」
「まったく、真化侍」
「あなたもなかなかよかったわよ、真化魔女」
そう……二人は数百いる「真化」の中の一人として、あらかじめ書かれた脚本通りに「悪役」を演じていたのだった。
「ははは……まあ、どうせ私たちは皆、演者に過ぎないのだから……ふんっ!」
真化魔女が馬車の後部に飛び乗った。彼女は馬車の中に隠してあった小さな箱を取り出して置いた。そして短刀で自分の指を切り、血で遺体の周りに魔法陣のようなものを描いた。
「ところで……クイーン真化の手がかりはまだ見つかっていないの?」
真化侍が聞いた。真化魔女は軽く首を横に振って、しばらく無表情になった。
「まったく。あいつは霧のように消えてしまって……魔法や私たちの技術を駆使してもまったく見つからない」
「簡単よ。クロエ・シルバーウィングストンがいる場所にいつもいるから」
「まさか真化クレオパトラの派閥に入るつもりじゃないでしょうね」
今、真化の議会では大きな騒動が起きていた。クイーン真化が追放されてから、激しく派閥争いが起きていた。
一つの派閥は、創造主の主人公を殺しに乗り込んで物語ごと破壊し乗っ取ろうとしていた。最も素早い近道だった。
これを率いるのが真化クレオパトラだった。
もう一つの派閥は、与えられた役割を通じて主人公を破滅させようとしていた。時間はかかっても、彼女たちはもともとそういう脚本を持つ演者なのだから、いつかは成功するはずだと考えていた。
これを率いるのが真化魔女だった。
「違う……むしろ逆よ。あいつはクイーン真化と連絡を取っているはずだから。クロエに会った瞬間にドカン!クイーン真化は終わりよ」
「……あなたはどちらの味方もしないのね」
「自分自身の味方よ」
同じ真化であっても、時に性格も意見も異なることがあった。
真化魔女が頷いた。小さな箱をゆっくりと開けた。
中にあったのは、背表紙が白金で装丁された深緑色の本で、見るからに神秘的で威圧感があった。
「真化議会の設立者の一人として……禁断の魔法書『グリモワール』を手に入れるとはね」
「ははは……違うわよ。ある商人から手に入れたの」
真化侍がしばらく考えてから答えを出した。
「ああ……主人公の未来の夫で、私と真化ミコが以前その両親を演じたことがある人じゃない?」
「そうそう……青山池田くんね。あの子がヒメコを殺し損ねたのは残念だったわ。前世のリボンに銃で頭を撃たれてしまったんだもの」
彼女たちは「役目を終えて」いたが、また新しい役を演じることができた。どれだけ殺されても、役として死ぬだけだった。
しかし……本当の体で殺されたなら、もう戻ってくることはできない。
「でもずっと不思議なのよね……なんでヒメコはどの転生でも、あの仲間たちとあの商人に出会うのかしら」
「創造主が加護を授けているんじゃないかしら」
真化魔女はさして気にする様子もなくページをめくり続けた。
「ところで……その魔法書は本当に遺体を蘇らせられるの?」
「違うわ……グリモワールは魂の移動に関する魔法を教える本なの」
「魂の移動……蘇生とどう違うの? 大して危なくないじゃない」
「危ないのよ」
「え?」
「魂の移動はこの世界中のどんな魂にも使える。そしてこの魔法を使った者は、誰の体にでも移り住むことができる。私たちの体にも」
それを聞いた真化侍がすぐに眉をひそめた。
ぱっ……緑色の光が馬車の上で輝いた。真化魔女は目を閉じて集中した。
「それなのに……なぜグリモワールを使うの? グレムリンでもできるじゃない」
「自分たちの役割を忘れないで。それに、グリモワールの方がいい。これがあれば……クロエ・シルバーウィングストンを殺さなくても、彼女に混乱を引き起こせるから」
エミリたんの体がぴくりと動いた。真化魔女は集中を続けた。
「どんな魂をこの体に入れるのか気になるわ」
「それは███████████に決まっているでしょ」
◆◇◆
その後……エミリたんは意識を取り戻した。しかしそれでも少し頭がぼんやりしていた。
彼女は見知らぬ場所に捨て置かれていた。左右を見渡しながら近くに人がいないか探した。
「痛っ……」
ようやく眠らされていた衛兵が目を覚ました。エミリたんは助けようと近づいた。しかし……
彼女は衛兵に剣を首に突きつけられた。
彼はエミリたんに、彼女こそが追われている人食い殺人鬼だと告げた。エミリたんはすべての容疑を否定した。
しかし衛兵は聞かなかった。斬りかかってきた。
最終的には、そこから逃げ出すしかなかった。
◆◇◆
ドタドタドタ……
足音と繰り返される「止まれ」という叫び声。他でもない、江戸の衛兵たちだった。
ジェポンネは穏やかで人々がそれぞれ自分の生活を送ることで知られていた。そのため騒乱はあまり起きなかった。
しかし最近は騒ぎが頻発していた。
「はあ……はあ……」
金色のパイプが整然と並ぶジェポンネの帝都の路地を、小さな少女の足音が駆け抜けていった。
シュー……シュー……パイプから一定のリズムで煙が吐き出される音がする……
ギギギ……様々な装置の歯車が回る音が絶えず響いている……
「止まれ!!」
しかし衛兵に追われているその少女は、それらの障害物をいともたやすく躱していった。
彼女の体は小さく、美しかった……
現代で言えば、フィギュアスケート選手に例えられるようだった。
跳ぶとき、白と黒の髪が風にたなびいた。
攀じ登るとき、体が優雅に、しなやかに動いた。
逃げているにもかかわらず、その動きはまったく乱れることなく美しかった。
ジェポンネ帝国の帝都・江戸の東区のある路地で、追跡劇が繰り広げられていた。
奥山五郎が起こした騒ぎに続く、もう一つの騒動が江戸では起きていた。
「あいつが路地に入ったぞ! 前を塞ぎに行け!」
「了解!!」
この時期、もう一人の指名手配者の捕縛に懸賞金がかかっていた。現時点ではまだ確たる証拠はなかったが……江戸の人々を震え上がらせている事件だった。
江戸の人食い殺人事件。
この事件はもう四年も続いていて、当局はまだ犯人を捕まえられていなかった。魔法を使って探っても犯人を捕まえることができなかった。
ジェポンネの当局は犯人逮捕の速さで世界でもトップクラスの実績を持っていた。これまで最も時間がかかった案件でも二年(長期審問を要する事件を除いて)という記録だった。
それなのに、四年経っても解決しない。魔法使いを呼んで捜査しても成果が出なかった。
事件の様相は常に同じだった。犯人は被害者を残忍な方法で殺害する。現在確認されている死者は21名。被害者はすべて男性。遺体には60から332か所の刺し傷があり、被害者の体の一部の組織が現場から持ち去られている。
当局は犯人が人食いである可能性を示唆していた。
そして犯人が必ず残していく、まるで挑戦状のような特徴が一つあった。
犯人は被害者の性器を二つに切断し、現場の脇に晒していく。そして痕跡を残さずに路地へと消える。
「井上殿!! 上です!!」
「追え!!」
追い詰められた少女……最近の被害者の頬肉を食べているところを現行犯で目撃された少女は、屋根の上へと跳び上がった。
鉄のパイプを攀じ登って屋根の上を走った。当局も容赦なく追いかけた……
「…………」
殺人の現場を目撃されたとはいえ、彼女は常に顔を隠すことに慣れていた。だから誰も彼女の素顔を覚えていないかもしれなかった。
彼女は走り続けた……江戸のこの夜の闇の中を……
◆◇◆
雨が静かに降り始めた……そしてだんだん強くなっていった。
ふわっ! 江戸の人々の心をつかんだ白髪の若い男が、鍛え上げた軽身術を使って屋根から飛び降りた。
「はあ……当局の皆さんも難儀なものですな……せっかくたくさんの演目を用意していたのに……まったく」
彼は商店街から遠く離れた、東区の廃屋が並ぶ区画に身を潜めていた。
東区というのは現代で言えば、田舎の中の田舎みたいな場所だった。
廃屋や廃ビルが多い地区で、五郎はそこに隠れていた。
「ふむ……廃屋がずいぶん増えたな……みんな江戸に移り住んでしまったのかもしれないな」
都市の大きな街へ出稼ぎに行くという単純な考えは、この文明国でも広く浸透していた。
人々が大都市へと集まっていた。
「まあ、おかげで住む場所ができたというものだが……」
屋根から飛び降りようとしたとき……騒がしい声が先に響いた。
「……当局がここまで追ってきたのか……」
俺は痕跡を残すような人間じゃないのだが……他の悪人だろう……
ここで待っていればいい。
五郎は屋根の上の隙間に身を潜め、当局が犯人を早々に捕まえてくれれば自分も隠れ場所を探せると思った。
身を潜めていたそのとき……奥山五郎の目が、白と黒の髪の少女の姿を下の路地に捉えた。
「…………」
小柄な体があれほど素早く、あれほど美しく動けるとは信じられなかった。
五郎は自分を捕まえようとしている衛兵たちの中を舞うように動いているその少女を見ていた。
雨と喧騒の中で、彼女はひときわ輝いていた。
美しく……心をつかんだ。
「おお……」
奥山五郎の目は、恋焦がれるような輝きで満たされていた。
いつもやんちゃそうに光っていた目が、今は愛しさと心配とで彼女を見つめていた。
「あのお方は……なんと美しい……」
彼女を当局に捕まえさせてしまうのか?……
「まったく、しょうがない」
五郎は屋根の上を走り、その少女を追った。彼女はまだ走り続けていた。しかし……
「!!」
行き止まりだった。
「いたぞ、人食い殺人犯!」
「殺人犯?」
聞き耳を立てていた五郎は、ずっと自分の隣に貼られていたもう一枚の指名手配書を思い出した……
そしてそれが……彼の心臓を早鐘のように打たせた。
鼓動が乱れた。
あ……ああ……
殺人犯……殺人犯か……もし自分が近づいたら、彼女は俺を殺すだろうか。でも、もしこんなに美しいお方が俺の肉を食べたいとおっしゃるなら……
喜んでお渡しするしかないではないか。
ああ……ああ……
あの瞳を見ろ。あの白と黒の髪を見ろ。あの可愛らしい服を見ろ。あの美しい体を見ろ。
可愛い……世界一可愛い。
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。
ああ……なんと愛らしいのか……愛らしすぎる……
「どうやら……この人食い殺人犯に恋をしてしまったようだな……」
ひひ、ひひひ、ははははははははははははははは。
十数人の衛兵が剣を抜き、エミリたんを囲んで降伏しろという決まり文句を言った。
「まったく……俺の恋の邪魔をしてくれるとは」
奥山五郎という手品師の目が、その瞬間に変わった。いたずらっぽい目が、あの少女以外のすべてを破壊しようとする鋭い目へと。
ひゅっ
五郎はトランプを一枚、二枚、三枚、そして十五枚手にした。
そして指を弾き、力いっぱい投げた。
「うわああああ!!!」
衛兵たちが地面に倒れた。五郎は屋根から飛び降りた。
「きゃああ!!!」
エミリたんが驚いて悲鳴を上げた。しかし五郎はすぐに穏やかな表情へと切り替えた。
「怖がらないでください。俺は味方ですよ」
彼は腰をかがめ、友好的に手を差し伸べた。
「あ……あなたは……誰ですか?」
「私ですか? ああ……江戸で私を知らない方がいるとは……では自己紹介いたしましょう。私は遠方からやってきた奇術師、奥山五郎でございます」
「あ……そうですか……助けてくれてありがとうございます、五郎さん」
彼女が自分の名前を口にした瞬間、心臓が狂ったように鳴り響いた。
「お嬢さん……よろしければ……お名前は……」
彼女はしばらく黙ったあと、とても悲しそうな顔で答えた。
「わかりません」
「わからない……そうですか」
彼女がまた頷いた。
「それでしたら……私と結婚してください。そうすれば法律に従って名前を変えることができますよ……」
エミリたんは雨の中、呆然と立ち尽くした。
「はあ?」
それが彼女の口から漏れた言葉だった。
前回の投稿で、ストーリー展開がやや粗いというご意見をいただきました。そこで、もう少し長くすることにしました。50章くらいがちょうど良いかもしれません。最後まで読んでいただきありがとうございます
そして、この物語の転生前の姫子の物語を知りたい人は、小説【上映】神の依り代である私が、幸せで平凡な生活を味わい始めたのは、特徴的なピンク色の髪をした少女と出会ってからのことでした。
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