#9 悪魔的実験
翌朝、と言っても、ここは24時間が「昼間」の場所。だから、時計によって「朝」を知る他ない。彼らのいた地球1136のスヴェラン帝国の帝都モンテ・リマール時間で朝9時に、街の第一階層の奥を抜けてトンネルを潜った先にある、射撃場と呼ばれる場所に向かっていた。そこはぽっかりと空いた広い空間に、数個の標的、そして人型重機と呼ばれる大型機械が傍らに置かれている。その大型兵器のすぐ後ろに建屋がある。タクシーでその敷地の入り口まで辿り着いた2人は、その建屋へと向かう。
「んふーん、これがあの悪魔ちゃんなのぉ〜!? な〜んて可愛いのかしらぁ! いっそ、私に取り憑いて欲しいわぁ!」
いきなり好感度丸出しな歓迎を受けるカトリーヌだが、本来なら恐れられる存在である最恐悪魔が熱烈歓迎を受けるなど、まったく想定外だ。当然、カトリーヌはデルフィーノ中尉の影に隠れる。
「な、なんじゃ、こやつは!?」
「こちらは、今日の実験を担当するドゥルベッコ技術大尉だ。我が軍における重力子、量子力学における技術士官で、学術研究の実績もある。で、お前のその不思議な生態を、ぜひ解明したいそうだ」
「ななななんじゃと!? 妾を調べると申すか!」
「怖がらなくてもいいわよぉ〜。さ、始めましょうか」
妙に馴れ馴れしい上に、話し口調が独特のこの研究者風の男にただでさえ警戒気味だというのに、その目的を聞かされてますます疑心暗鬼になる悪魔だった。
が、デルフィーノ中尉がその場を離れない限り、この悪魔は逃げることはできない。中尉から3メートル離れたところでバタバタと手足をばたつかせながらも、先に進めずもがいている。
「諦めろ。俺がこの場を離れない限り、逃げることはできないからな。素直に協力した方がマシだぞ」
「嫌じゃ嫌じゃ! 左様に得体の知れぬことに、なぜ関わらねばならんのか!」
「取って食うわけではない。それに、ここで協力的だと、お前にとっても良いことがある」
「な、なんじゃ、その良いこととは」
「あのフルコース料理を、もう一度味わえるぞ」
「なにっ!? ほんとかそれは」
それを聞いたこの餌付け悪魔は、目を輝かせ、尻尾を軽快に振りながら寄ってきた。
「あ〜ら、中尉殿はこの悪魔ちゃんの扱いになれてるわねぇ〜。もしかしてこの娘のこと、気に入ってるのかしら?」
「そんなわけないだろう。とにかくだ、俺としてはさっさと終わらせて、今日の職務に戻りたいところだ」
「ふ〜ん、ほんとにそうなのかしら? まあいいわ、それじゃあ、始めるわよ」
なお、ドゥルベッコ技術大尉はれっきとした男性士官であり、年齢は30後半。見た目もオッサンだが、言葉遣いがお姉言葉なのが、本物の悪魔でさえ恐怖するほどの違和感を与える。
そんな悪魔を伴った一行が向かった先は、射撃場のど真ん中。ぐるりと、怪しげな機械が並ぶ。
「なあ」
「何だ」
「あの男、どこかおかしいように思えるが、あれがそなたらの星とやらでは普通なのか?」
「いや、普通ではない。そもそも理系軍人という人種には、おかしな奴が多い」
デルフィーノ中尉は冷静沈着、客観的視点で状況判断を下す士官として、この司令部内でも評価が高い。そんな彼でさえ、技術武官を見る目はどことなく偏見を感じさせる。
最初の実験は、ただぷかぷかと浮かぶ悪魔を測定するものであった。カトリーヌにとっては退屈極まりない時間だが、技術武官にとっては得られるものが多かったようだ。
「やはりね……重力子がバンバン出てるわ。身体を浮かせてるのは、やはりこれが原因ね。でも……」
「どうしました?」
「いやね、それならどうして重力子が出せるのか、そこが不思議なのよ」
「別に不思議でもないでしょう。駆逐艦でも哨戒機でも、そこにある人型重機にすら重力子エンジンが搭載されている。それと同じ原理というだけでは?」
「何言ってるのよ。重力子エンジンってのは、エネルギー馬鹿喰い機関なのよぉ。核融合炉の莫大なエネルギーがあって初めて制御できるものなの。あの娘の身体のどこに、核融合炉相当のものがあるっていうのよ」
確かに悪魔とはいえ、その身体から観測可能なほどの重力子があふれ出てくること自体は異常だ。
「でもね、人体から重力子が発生すること自体は別に珍しいわけじゃないわよ。他の星でも、重力子が人体から発せられる現象はいくつも例があるわ」
「そうなのですか……ならばすでにその謎は解明されているのでは?」
「ところがそうじゃないから、この問題は厄介なのよ。もしその秘密が完全に解明できたら、我々は連盟側に対し大いなるアドバンテージを得ることとなる。それくらい重大な課題だから、連合側の研究員が何年も研究してるっていうのに、一向に解明されないのよねぇ」
そう言われても、デルフィーノ中尉の立場としては、それを解明するのが学者の仕事だろうとしか思わない。そのために彼は、悪魔と共にここにいる。
「さて、それじゃあ次いきましょうか。カトリーヌちゃん、あなたの力を見せてもらえるかしら?」
「は? 力じゃと!?」
「報告によれば、疫病に地震、火災に飢餓をもたらす力があるって書いてあったわよ」
「ああ、ドゥルベッコ大尉、そいつのそれは、大した力ではないですよ。せいぜいくしゃみをさせるか、艦内浴場の水面を泡ただせる程度のものです」
「何言ってるのよ。たったそれだけのことを、あなたはできるというの?」
「いや……それはさすがに無理ですね」
「あら〜っ、だったら、やっぱりすごいじゃない。なら、それくらいなどと言わない方がいいわよぉ〜。せめて、この娘の力を上回る超常現象を起こせるくらいじゃなきゃ、文句言っちゃダメよぉ〜」
いちいち癇に触る物言いなこの技術士官に、イラッとするデルフィーノ中尉。一方、その横では得意げな顔をして立つ悪魔の姿がある。
「ならば特別に、見せてやろうぞ! 我が力、とくと見るが良い!」
そう言いつつカトリーヌは、右手を掲げて力を込める。スッと、周囲の空気が凍りつくように冷気が漂う。
「ハックション!」
と、その周囲では、次々とくしゃみをする者が続出する。ドゥルベッコ大尉も、その一人だ。
「……んん〜ん、本当に寒気とくしゃみが起こるのね。どれどれ……うわっ、すごいわ、これ!」
と、そばにあったモニターを見て声を上げるドゥルベッコ大尉。何事かと、それを覗き込むデルフィーノ中尉とカトリーヌ。
「……なんだ、これは?」
「サーモグラフィーよ。ほら、カトリーヌちゃんが力を出した瞬間、私や他の士官の顔の周りだけ、気温が下がってるのが分かるわ。」
「何ですかそれは。じゃあ、さっきのくしゃみの正体は……」
「急激に下がった気温により、鼻の粘膜がその冷気に刺激されて出たものね、きっと」
「ではなぜ、俺だけくしゃみが出ないんです?」
「そうねぇ……どう見ても、中尉の周りには、この気温低下が見られないわね。だから、何ともないようね」
くしゃみの原因は、気温低下。何もないところから発動したことを思えば、確かに不可思議な力だ。だが、そのわりには出来ることがあまりにも稚拙すぎる。そう感じるデルフィーノ中尉に対し、このオネエ風な技術士官は、まるで別の疑問を呈する。
「しかし、変ねえ……」
「いや、今さら変だと言われても、元から変でしょう」
「私が変だっていうのは、どうして冷気なのか、てことよ」
「それがどうしたというのです。冷気が出ること自体、エアコンでも可能なこと、言うほど特殊な現象ではないでしょう」
「だってカトリーヌちゃんって、疫病を振り撒くことができるんでしょう?」
「本人は、そう主張していますが」
「そうじゃ! かつて妾は王都を黒死病の脅威に陥れたことがあるのじゃ!」
「だったら、その縮小版である今の力が、どうして冷気なのかっていうのがねえ……ペストの感染にとって、冷気はむしろマイナスなのよ」
「そうなのか?」
「ううーん、困ったわねぇ……まあいいわ、他の力の検証をやってから、考えましょう」
ということで、カトリーヌの持つ別の力、地震、火災、そして飢饉に繋がるとされる乾燥現象それぞれの力を検証する。
で、4つの力を使い果たしたカトリーヌは、もはや浮く力もないほどぐったりと転がっていた。
「は……腹が減った……な、何かくれ……」
食い物など不要だとぬかしていた悪魔も、一度、人の食べ物の味を覚えてしまえばこの通りだ。ささやかな力と引き換えに、食事なしには耐えられない身体となった。そんなカトリーヌに、ドゥルベッコ大尉はあるものを差し出す。
「はい、カトリーヌちゃん。お疲れさん」
「な、なんじゃ、これは……」
「非常食の一種よ。これで多少は体力も戻るでしょう」
棒状のクッキーのようなその食べ物を受け取り、口にするカトリーヌ。
「んふっ、なかなか美味いではないか。気に入ったぞ」
ほんのりと甘いその食べ物を気に入ったようで、その悪魔はなりふり構わずガツガツと食べ始める。
「で、何か分かったのです?」
「ん〜、そうねぇ。4つの力にはある共通点があることが分かったくらいね」
「なんですか、その共通点とは」
「ワームホールよ」
「……ワームホール? あの、ワープの際に使う、超次元トンネルのことですか?」
「超次元……まあ、そうとも言えるわね。ともかく、カトリーヌちゃんが4つの力を使う時、そのワームホールが一瞬だけ発生することが分かったのよ」
「ですが、なぜワームホールが? いや、それ以上に、先ほどの4つの減少と何の関係が?」
「ワームホールが作れる理由は、もう少し分析してみないと分からないわねぇ。でも、4つのちからについてはなんとなく理由がついたわ。これは仮説だけど、カトリーヌちゃんはこの4つの力を生み出しているのではなく、どこからかそれらを引き寄せているようね」
「引き寄せる? どうやってです」
「だから、ワームホールってのは、こことは別の空間同士を繋げることが可能でしょ?だから、我々の知らないどこかと、繋いでいるんじゃないかしら?」
「……まさか、その繋がった先にある、冷気やら熱やらを誘き寄せている、と?」
「結論を出すのは、もうちょっと分析が必要ね。ともかく、現時点の結果をみるだけでも、これはとんでもないことよ」
「何が、とんでもないんです?」
「ワームホールよ、ワームホール。通常なら、星の死の際の超新星爆発並みの膨大なエネルギーがないと作り出せないものを、この娘は簡単に作っちゃったのよ。これは、とんでもない事実だわ」
「だがワームホールなど、宇宙のあちこちにありますし、別に珍しいものじゃないでしょう」
「それを作るとなると、話は別よ。つまりはあの悪魔ちゃん、超新星爆発に匹敵するほどの、とてつもない力を瞬時に放出していることになるわよ」
横で美味そうに非常食を食べているこの悪魔が、ワームホールを生み出した。研究者的には、これはとんでもない現象だという。その意味を理解できない堅物の作戦参謀にも、「とてつもない力」というキーワードには反応する。
もしその力を、艦隊戦闘に活かすことができれば、あるいは大勝利することがかなうかもしれない。もっとも、それを冷気だの炎だのを呼び出すだけにしか使えない、役立たずな用途しか使えぬ悪魔では、あまり意味をなさないのだが。
が、ドゥルベッコ大尉の一言が、この作戦参謀の興味を即座に引き付ける。当然、デルフィーノ中尉は尋ねる。
「そのメカニズムは、解明可能なのですか?」
「あら、やっぱり、興味出てきちゃった?」
「当たり前です、場合によっては、戦闘を左右しかねないほどの発見かもしれないのですよ」
「うーん、どうかしら? さすがにすぐには無理ね。力が微量すぎるのよ。さらなる実験が必要ね」
「それを増幅する方法はないのか?」
「そうねぇ……そういえばこの悪魔に魂を与えると、とてつもない力を発揮するんじゃなかったかしら?」
「そういえばそうだったな。そんなことを、この悪魔は主張している」
「だったら、あなたの魂をあげちゃえばいいんじゃない?」
「は?」
「魂ってのは、21グラムの重さがあるというわよ。それだけあれば、街一つを滅ぼせるほどの何かを呼び寄せることができちゃうのかも」
「おい、ちょっと待て下さい! なぜ研究のために、俺の命をやらなきゃならないんです!?」
「21グラムだと馬鹿にしてない? それだけの質量エネルギーがあれば、大都市でも壊滅できるくらいのとんでもない力よ」
「いや、そういうことじゃなくてですねぇ……」
くそっ、この悪辣研究者め、人の話を聞いちゃいないな。そんなもののために、俺は悪魔と契約しろというのか……デルフィーノ中尉は、命よりも研究を重んじる態度の大尉に、戦慄を覚える。
で、最後にあの「3メートルの制約」の実験が行われる。この射撃場の真ん中に鉄製の大きな箱を作り、その中にカトリーヌを閉じ込める。そしてデルフィーノ中尉が離れると、その鉄の箱を破って悪魔が飛び出してくる。
「あたたたた……」
いくらフルコース料理のためとはいえ、耐え難い痛みを伴うこの実験に、さすがのカトリーヌもうんざりしているようだ。そんな彼女とは裏腹に、嬉々として画面上のデータを見ているのは、あのマッドサイエンティストだ。
「ぐふふふ……すごいわぁ、カトリーヌちゃんは……まさか、こんなものまで出せるなんて……」
この研究者が喜ぶのは無理はない。検出されたのは、あの防御兵器であるシールドシステムに使われる、バリア粒子と呼ばれる物質だった。小娘ほどの大きさの悪魔から、そんなものが放出されている。だから、あらゆる物質を貫いてしまうのだと。これはワームホール生成に続く快挙だと、あの研究者は騒いでいる。
確かにそれは大発見なのだろうが、デルフィーノ中尉にとってはたいした話ではない。その発見自体、軍事上、たいした意味を持たないからだ。
「いやあ、今日は楽しかったわぁ。滞在中にまた、連絡するわねぇ」
この、おねえ技術者……もとい、ドゥルベッコ技術大尉が手を振り、デルフィーノ中尉とカトリーヌの乗るタクシーを見送る。
「まったく、酷い目に遭ったぞ」
「まったく、あの士官め、思ったより役に立たないな」
二人揃って、似たような不平を言い出すあたり、やはりドゥルベッコ技術大尉の言う通り、息の合った二人と言えるのかもしれない。が、両者にはそのような自覚はない。
「朝っぱらから大変な目に遭わされたものだな。フルコースとはいかないが、街で別のいい店を知っている。行くか?」
「うむ、すぐにでも何か、食いたいところじゃ。お前の勧めとあれば、何でもよいぞ」
「なら行くか。そこは肉汁の多いハンバーグを使ったハンバーガー店で……」
なぜか意気投合して街へと向かう二人。悪魔的な大将に、悪魔的な技術士官。この両者と相対しながらも、このこじんまりとした空間に作られた街で食と娯楽で憂さ晴らしをする参謀と悪魔の姿があった。
そんな二人はまだ、互いが心許し合える者同士になったことを、自覚していない。




