#8 贅沢悪魔
「貴官はこの幕僚会議に、悪魔を持ち込むのか!?」
おそらくはすでに、この悪魔のことを聞いていたのだろう。サパティーニ大将と思われる人物が、頭上に浮かぶ悪魔を指差し大声で怒鳴りつけてきた。
驚くカトリーヌだが、それ自体を予め、想定していたのだろう。その場は黙り込み、全てを中尉にゆだねる。そのデルフィーノ中尉は、落ち着いた様子で答える。
「はっ! ですがこの悪魔は、ある作戦時に私に取り憑いたものであり、引き剥がすことが……」
「扉の向こうに追い出しておけばよかろう! 簡単ではないか!」
「はっ! そうしたいのはやまやまですが……」
「なんだ、貴官は最高司令官である、私の命令が聞けぬというのか!?」
人の話を聞かず一方的に怒鳴るこの大将閣下に、デルフィーノ中尉は応える。
「どうなっても責任は取れませんが、よろしいですか?」
だが、その問いにその大将閣下は特に答えることなく、腕を組んで不機嫌そうな表情で一瞥し席に座る。それを中尉は、自身の意見を承諾されたと解釈し、カトリーヌを扉の向こうに出す。
「お、おい……」
「仕方がない、一度はこうせざるを得ない。諦めろ」
不安げな悪魔を見送りつつ扉を閉める。扉が閉まるのを見届けた後、デルフィーノ中尉は振り返り、自席へと歩む。が、その直後、後ろで突然、大きな音とともに扉が開く。
開くというより、蹴破られたような勢いだ。扉のロックは引きちぎられ、開いた扉はそのまま壁に叩きつけられる。そしてその間から、黒い物体が勢いよく飛び出す。
「いたたたた……」
そこには、顔面を押さえながら宙に浮く悪魔の姿があった。それを見たデルフィーノ中尉は、サパティーニ大将に進言する。
「ご覧の通り、命令遂行は不可能です。どんな分厚い扉でも壁でも、こいつは貫いて私のそばに来てしまいます。申し訳ありませんが、この悪魔の同席を許可願えませんか?」
「う、うむ、止むを得んな……」
あまりにも勢いよく開いたその扉は、ヒンジ部分にかなり負担がかかったようで、再び閉じるのに一苦労な様子だ。一部破壊された部品が、床に散乱している。その様子を見た大将閣下は、デルフィーノ中尉の言を承諾せざるを得ない。
「えーっ、それでは早速、会議を始めます。本日の議題は現在、第23021白色矮星域に展開する連盟艦隊2000隻の動向に関するものですが……」
宙に浮かぶ悪魔に構わず、会議が始められる。室内に集まった参謀の数は全部で20名。内、作戦指揮に関わるのはデルフィーノ中尉を始め7名。他は通信、兵站などが専門の士官が並ぶ。
「すでに1ヶ月以上も、その宙域に陣取ったまま、動きのない状態が続いております。これに対し、我々はどう対応するか、皆さんの意見をお聞かせ願いたい」
大将閣下の脇に立つ佐官クラスの参謀が一言発すると、その横に座る大将閣下が立ち上がり、発言する。
「貴官らに聞くまでもない。すでに我々はあの宙域に3000隻の艦艇を集結しつつある。敵より優位な条件が整い次第、直ちに進撃し、これを撃破するべきだろう」
この突然の司令長官の発言に、特に作戦参謀の7名がざわめき始める。幕僚会議だというのに、集まった幕僚らに意見を求める気がないこの発言に、動揺しているのは明らかだ。
だが、この大将閣下の強気な一言に異議を唱える人物がいる。
「閣下、作戦参謀、意見具申。小官は、進撃には反対です」
その人物の頭上には、黒い悪魔がいる。この勇気ある発言に対し、大将閣下は反応する。
「なんだ、私の作戦に異議を唱えると申すか!?」
「はい、本作戦があまりに無謀であるため、意見具申せざるを得ません」
「……貴官が提出した、白色矮星の重力場追い込み作戦の可能性については、こちらも承知しておる。その対処を踏まえて、1.5倍の艦隊で対抗しようというのだ。何の問題がある?」
「たとえ1.5倍でも、重力場に追い込まれれば犠牲は出ます。そうなれば、1.5倍程度の兵力差ではとても有利とはいえません」
「ならば、艦隊を2000隻と1000隻に分け、回り込もうとする敵艦隊を、1000隻の分艦隊で牽制するというのはどうだ?」
「その場合は、敵は分艦隊に攻撃を集中してくるでしょう。やはり、犠牲は出ます。」
「な、ならば、3000隻で敵の迂回ルートに先回りするのはどうだ?」
「その場合は、敵は自勢力圏へと誘い込むでしょう。おそらくは増援をすでに手配しており、こちらが勢力圏へ飛び込むと同時に攻勢に出る。前回の戦闘も、それがきっかけで行われたではありませんか」
自身の提案にことごとく反論する若き参謀に対し、ついにこの大将閣下はキレる。
「何だ貴様は! そんな弱腰な態度では、敵に舐められるだけだぞ! それでも誇りある遠征艦隊司令部付きの参謀か!」
テーブルを倒し、激昂しつつ立ち上がって大声を張り上げるこの大将閣下の態度に、一同は硬直する。その様子をデルフィーノ中尉の少し後ろで聞いていた悪魔も、この指揮官の態度の急変に驚き、身体をビクッと震わせる。悪魔すら驚愕するこの大将閣下の恫喝に、ある別の士官が立ち上がり、反論する。
「閣下。前回の戦闘結果を受けて、地球035政府および連合軍合同司令部より、敵勢力下への積極的侵入を禁止するとの通達が出されております。閣下の作戦提案は、この通達に反することとなります。ゆえに我々、作戦本部としては政府の命令を優先し、この提案を承諾致しかねます」
どうやら彼は、デルフィーノ中尉の上官に当たる人物のようだ。政府の決定となれば、さすがの大将閣下も引かざるを得ない。憮然とした態度で自席に座り、駆けつけた士官が直したテーブルに肘を置き、そこで何やらぶつぶつと呟いている。
結局、今回の会議では、しばらくの間、敵艦隊を牽制しつつ様子見ということになった。会議が終わるや、ザパティーニ大将は立ち上がると、早々に部屋を出て行ってしまった。
「ありがとうございます、タルデッリ少将閣下」
デルフィーノ中尉は先ほど、あの大将閣下を黙らせたあの上官の元を訪れる。彼は、中尉に応える。
「いや、私ももう少し早く反論すべきであった。貴官が前回の戦闘の話をしたところで、やっと政府の通達のことを思い出した。お陰で、貴官への援護が遅れてしまったよ」
「いえ、小官もその通達のこと自体をすっかり忘れておりました。ありがたい援護でした」
「うむ。いずれにせよ、前回のような悲劇を繰り返すわけにはいかない。何としても、我々であの司令長官の暴走を阻止せねばならない」
「はっ、同感です」
「ところで、デルフィーノ中尉」
「はっ、何でしょうか?」
「貴官の頭上にいる、その悪魔は……なんだ?」
「はっ、先日のテロリスト検挙の際に、取り憑いてしまいました。ちょうど悪魔復活の儀礼を終えたところに突入したため、着いてきた次第です」
「そうか、気の毒なことだ。だが、大丈夫なのか?」
「大して害はありません。テーマパークで売られている風船がまとわりついていると思って下さい。それに今、こいつを餌付けしております」
「おい、デルフィーノ! 妾を餌付けとは何事じゃ!」
「なんだ、文句があるのか。せっかくこの後、お前が食べたことのない料理を食べに行くつもりだったのだが」
「なぬ? 妾の食べたことのない料理じゃと? おい、すぐに行くぞ!」
その様子を見ていたタルデッリ少将は、思わず吹き出してしまう。
「あっはっはっ! さすがは作戦本部一の切れ者と称される中尉だな。もう悪魔を手懐けているとは。それにしても、貴官とカトリーヌというこの悪魔、案外仲がいいではないか」
「はぁ? いや、閣下、これは小官に取り憑いた迷惑極まりない存在であり、とても仲が良いとは……」
「そうか? そのわりには、貴官は平然としておるではないか。今の会話も、仲の良いカップルのようであったぞ」
「閣下、あまりからかわないで下さい……」
「まあいい。それよりもだ、貴官も到着後すぐに幕僚会議に駆り出され、そろそろ疲れているだろう。さっさと食事を済ませ、部屋に戻れ。明日は艦隊標準時0800に、作戦本部内でブリーフィングを行う」
「はっ、ではデルフィーノ中尉、これにて本日の任務を終了いたします」
互いに敬礼し、そしてあの壊れかけた扉から退室するデルフィーノ中尉。その頭上に、悪魔を伴ったまま退室する。
この艦内でも、デルフィーノ中尉に取り憑いた悪魔の存在はすでに知られているようで、中尉の上をぷかぷかと浮かぶこの悪魔を見て声を上げる者はいない。が、やはり話を聞くのと実際に目にするのとではあまりに印象が違うためか、皆、その漆黒の姿を覗き見せずにはいられないようだ。
もっとも、デルフィーノ中尉もその反応にはすっかり慣れているため、今さら気に留める様子もない。通路を抜け、200人以上が詰める艦橋内に入り、そこでしばらく身分証提示などの事務手続きを行なった後に再び艦橋を出て、エレベーターへと戻る。約200人の乗員からの視線を浴びながら。
「なあ、これから街に出るのか?」
「ああ、そうだ」
「あれだけの大きな街じゃ、当然、美味いものもあるのじゃろう!?」
「もちろんだ。街に降りたらすぐに食事だ」
「うわぁ、楽しみじゃのう! 今日はなんじゃ、ピザかスパイシーポテトか、はたまたタコスか!?」
「行ってからの、お楽しみだ」
異常なほどに黒いその姿からは想像もつかない料理名が、次から次へと出てくるのを見て、エレベーターを待つ他の乗員らは怪訝そうな顔でその悪魔を見つめる。大体、悪魔だというのに、人に飼い慣らされ、堕落させられているその様子は、他人から見ても異様な光景らしい。
7、8人ほどの乗員らを乗せたエレベーターの室内で、やや伝統民族的なフレーズの鼻歌を歌いながらクルクルと回る悪魔。今にも落ちそうなこの頭上の悪魔に、デルフィーノ中尉以外の乗員は落ち着かない様子だ。しかしエレベーターはなかなか辿り着かない。
やっと扉が開く。そこは再び明るいホテルのロビー前。後方にはあの4層の街が見える。
「ああ、やっと街じゃ! で、どこにいくんじゃ!?」
「焦るな、まずは一番下の階層に降りるぞ」
「一番下? なんじゃ、せっかく高い場所があると言うに、何ゆえに一番下へ行くのじゃ?」
「目当ての店が、第一階層にあるからだ。それ以上も、それ以下でもない」
ガラスの向こうには、4つの階層とそれぞれの地面を歩く人々を見下ろすことができる。そんなガラス越しの風景を横目に、隣のエレベーターへと移動する。
ガラス張りで外が丸見えの、先ほどよりも大きなエレベーターに乗り換え、2人は街を目指す。このエレベーターは4つの階層それぞれをつなぐだけのエレベーターであるため、1階層づつ止まると、そこで大勢の人々が乗り降りする。だが、このエレベーターは民間人も利用する。ゆえに、デルフィーノ中尉の上に浮かぶ悪魔のことを知らない人々ばかりだ。このため、エレベーターに乗り込む人々の中には、宙に浮かぶカトリーヌの姿を見ては驚愕する者もいる。
そんな人々の視線を一心に浴びつつ、地上に降りる2人。エレベーターを降りて目の前の道路に向けて歩くデルフィーノ中尉は、道路沿いでスマホを持ち上に差し出す。
「何をしとるんじゃ?」
「タクシーだよ、タクシー」
「たくしー? なんじゃそれは」
などと疑問を抱く悪魔だが、それがなんであるかをすぐに理解する。一台の車が、デルフィーノ中尉の掲げたスマホ目掛けて寄せて来て、そのまま停車し、ドアが開く。
「こ、これがタクシー……人がおらんのに、どうして動いとるんじゃ!?」
「そういうものだ。さ、乗るぞ」
「お、おい、ちょっと待つのじゃ!」
慌てて乗り込む悪魔。座席に座るや、ドアが閉まる。中尉が車内で、行先を告げる。
「レストラン・パグリアッシオへ」
すると、正面のディスプレイに写真のようなものが表示されたかと思うと、タクシーは動き出す。すぐの交差点を曲がり、そのまままっすぐ進み出す。
外には、大勢の人が通り沿いを歩いている。他にも同じようなタクシーが何台も走っているが、タクシーが走れる道路が存在するのは、どうやらこの第一階層だけのようだ。その上の階層では、ちょうどこの道路の真上は全て吹き抜けとなっている。
その最下層の街をタクシーで巡る悪魔。外を見れば、そこはガラス張りの店が立ち並ぶ場所。ホテルの窓から見た街の建物は、通り沿いの一階部分には店舗が見られるものの、その上は居住スペースとなっているため、窓だけの殺風景な建物だったが、ここは上から下まで全てショーウィンドウな店が並ぶ。中に飾られている服や装飾品も、心なしか高級感溢れる雰囲気のものが多い。
そしてタクシーは、その一角のあるビルの前で止まる。そこでデルフィーノ中尉は座席の前のパネルにスマホを当てると、タクシーのドアが開く。
カトリーヌは恐る恐るタクシー降りる。目の前には、5階建ほどのビル。下はネックレスやカバンなどの装飾品を扱う店があり、その雰囲気から、上にも店舗があるようだ。
「おい、食事ではないのか」
「ああ、食事だ。ここの最上階がレストランになっている。と、その前に……」
いきなり、まじまじと悪魔を舐め回すように見つめる中尉。
「な、なんじゃ!?」
「ここのレストランには、ドレスコードがあってな。その服装じゃ、入れてはくれないだろう。」
そういうと中尉は、ビルの中に入る。と、そのまま入り口付近のエレベーターに乗り込み、2階へと向かう。
そこは、女性ものの服の店だ。エレベーター付近では、女性店員が一人、出迎える。
「いらっしゃいませ、どのような……ものをお探しでしょうか……」
中尉に声を掛けるこの店員は、途中で宙に浮かぶこの異様な悪魔に気づく。
「ああ、ここのレストランに入るため、こいつの服を頂きたい」
「さ、さようですか。で、では、こちらへ……」
「あ、そうだ、そこまで恐れることはない。ただ宙に浮かぶ小娘だと思って接してくれ」
「は、はい、かしこまりました」
この悪魔の姿に、明らかに動揺している店員だが、中尉は構わずカトリーヌの服を所望する。
「おい、悪魔」
「な、なんじゃ!?」
「この建物にいる時くらい、下に降りてろ」
「しょうがなかろう。妾は宙より人を見下し、その狼狽する姿を観ることを生業としておるゆえ、下りるなど到底……」
「この後の飯が、食えなくなるぞ」
「なんじゃと!? 分かった分かった、下りる!」
すっかり餌付けされた悪魔を、容易く意のままに操る中尉の姿に、店員はますます混乱する。が、降りてきた悪魔に合う服を探し始める。
カトリーヌの服は、革製のワンピース水着のような服で、後ろを革靴のように交差した紐で留めてある。そういえばこの悪魔はこの服以外を持たず、常に一張羅で過ごしている。
だから服を洗えるのは、風呂に入っている時だけ。最近は寝る時だけは、中尉のパジャマを借りて、ぶかぶかな姿で寝ていることが多い。その間に乾かし、翌朝には着替える。そういう毎日だ。
だが、ついに別の服装を手に入れることになる。
店員が選んだのは、上下ともに黒系のドレス風の服。ワンピースドレスではなく、上下別れた服にしたのは、あの尻尾のせいだ。上着とスカートの間から電気コードのようなあの尻尾を通して、スカートが捲れ上がるのを防ぐ。更衣室から出てきたその悪魔の姿を見たデルフィーノ中尉は、一瞬、表情が変わる。
「どうじゃ? なかなかのものであろう。」
悪魔の問いかけにも反応せず、その姿を凝視し続ける中尉。そして、店員にこう告げる。
「……すまない、同じものをもう一着、もらえるか?」
「は? あ、はい……」
元の革服と、追加で買ったもう一着の服、そして黒い下着を入れた袋を受け取ると、悪魔と共に歩き出す。だが、カトリーヌは普段、宙に浮いていることが多いためか、どうも歩き方がぎこちない。
「なんだ、歩くのが下手だな」
「うるさい! 仕方なかろう、まともに歩くのは300年ぶりなのじゃからな!」
「しょうがないな……ほれ、手を貸そう」
といって手を差し出す中尉。その手にそっと手を合わせる悪魔。そのまますごすごとエレベーターまで歩き、最上階へと向かう。
「いらっしゃいませ……あの、お二人でございますか?」
「見ての通りだ。できれば、窓際の席を頼みたい」
「か、かしこまりました。少々お待ち下さい」
そこは一見して高級レストランと分かる店。カトリーヌが元々の服装であったなら、確実に入店を断られたであろう、そんな雰囲気の店だ。だが、この下の店で服装だけは対策済みだ。
だがいくら服装を変え、床を歩くようになったとはいえ、漆黒の身体に水牛の角、電気コードにマウスポインターのような尻尾のついた連れを伴う悪魔と一緒では、一流のレストランの店員も動揺せざるを得ない。しかし、どうにかその小柄の悪魔と共に、店の奥にある窓際の二人席に案内される。
窓の外は、道を挟んだ向かいの建物群と、その下を歩く人々の姿、そして天井が見える。その天井の上は、第二階層の歩道となっている。ただ、車道の上は吹き抜けであり、その隙間から少しだけ上の階層の様子も垣間見える。
「本日は当店にお越しいただき、誠にありがとうございます。私は当店のシェフを務めます、レオンツィオと申します」
先ほどの店員と違い、悪魔の前でも落ち着いた様子で対応するメインシェフの挨拶に、この悪魔は黙って耳を傾ける。そしてシェフが奥の厨房へと戻るとすぐに、最初の料理が運ばれてくる。
最初に出てきたのは、サラダだ。赤と緑の野菜、サラミなどの肉類が少々、そしてチーズが散りばめられた鮮やかな色合いの前菜に、悪魔は目を輝かせる。
「おおーっ! そなたにしては、随分と豪華な食事じゃな!」
「今日だけだ。初日の夕食代だけは、軍司令部から補助が出ることになっているからな。明日以降はまた、いつもの食事だ」
「そうかそうか、ならば、ありがたく頂くとするか!」
随分なはしゃぎようだが、この悪魔は脇にあったフォークを取ると、大きな葉の中央に突き立てて2つに折り、それを他の葉と共に器用に突き刺して口に運ぶ。悪魔ながら、鮮やかな手つきだ。その様子をじっと見ながら、デルフィーノ中尉は食前酒に出されたシャンパンをクイっと飲み干す。
続いて運ばれたのは、パスタだ。ここは宇宙空間にありながら、海産系の食材に拘る店のようで、ムール貝にアンチョビ、ガンベローネの切り身が使われた、潮とオリーブオイルの香り漂うパスタ。唐辛子も加えられ、辛いモノ付きのカトリーヌの食欲をそそる。
それにしてもこの悪魔、フォークの使い方が巧みだ。ムール貝の身の取り出し方、パスタの絡め方、そしてかちゃかちゃと音を立てることなくこなす手つき、まだ長い眠りから目覚めて2週間程度の悪魔にしては、随分と器用だ。
「次の料理はビステッカでございますが、焼き加減など、いかが致しましょう?」
と、そこに再びシェフが訪れる。カトリーヌは、首を傾げつつ尋ねる。
「なんじゃ、ビステッカとは?」
「ああ、お前は知らないな。ビーフステーキのことだ。」
「おお、なるほど。ならば妾はミディアム・レアで。そなたは、如何する?」
「俺はミディアムと決まっている。そうだ、ワインはどうする?」
「そうじゃな……妾は濃い目の味が好みというくらいじゃ。後は、そなたに任せる」
「そうか。なら、ビステッカと一緒に、ネロ・ダーヴォラ・ヴィニエティを2つ」
「かしこまりました」
そしてプリモ・ピアットである海鮮パスタを食べ終える頃に、セコンド・ピアットが運ばれてくる。香辛料の香りと共に、重厚な肉厚、大きめながら端正に切り取られたその肉料理は、悪魔の顔を笑みで満たす。
同時に運ばれたルビーレッドのワインにも、明らかにカトリーヌは、それらに興味津々だ。だが、添え料理であるサラダが並べ終えるまで、ひたすら黙って待つ悪魔。給仕がテーブルを離れるや、フォークとナイフを持ち、まずは肉料理に手を出す。
ビステッカにスッとナイフを入れ、一口それを運ぶ。これまで2度訪れた、宇宙港の街のショッピングモールの奥深く、溶岩プレートで焼くサーロインステーキも美味だったが、それとは比べ物にならないくらい柔らかでジューシーな肉質、口の中でとろけるような食感、そして深みある香辛料の風味。
黙っていても、この悪魔がその味に感動していることは、その表情だけで分かる。そしてワイングラスに手を伸ばし、少しグラスの首を回して香りを確かめた後、一口それを口に含む。
「……これは、果実の香りのようじゃな。酸味が、実に心地よい。肉の旨味を残しながら、そのくどさだけを上手く消してくれるとは、何という絶妙な組み合わせじゃ」
いつものようなはしゃぎぶりではなく、店の雰囲気に合わせた、少し控えめで情緒あるコメントを返す悪魔。そしてこの悪魔と共に、デルフィーノ中尉の食事も進む。
最後にデザートとして、ジェラートが出る。それをスプーンですくいつつ、口に運ぶカトリーヌ。その間にもシェフが訪れ、食事の感想を尋ねてきたが、先ほどのように上手く言葉を選んだ感想を返していた。
その様子を伺っていたデルフィーノ中尉は、デザートを前にしてこう言い出す。
「やはりな」
この意味深な言葉に、カトリーヌは尋ねる。
「何がやはりじゃ?」
「いや、確信を得た、という意味だ」
「確信? なんのことじゃ」
「お前、やはり元々は上級貴族か王族、あるいはそれに類する身分の者だろう。」
それを聞いたカトリーヌは一瞬、ジェラートをすくうスプーンの動きを止める。
「な、なんのことじゃ?」
「これだけの料理を前にして、俺が何も教えていないにも関わらず、他の客にも引けを取らないほど流暢にこれを平らげた。見てくれこそ悪魔だが、それを除けばお前の行動は、まさにあの星の貴族か王族そのものだ」
黙ってそれを聞いていた悪魔は、表情が優れない。そして悪魔は一口ジェラートを口にすると、デルフィーノ中尉に応える。
「……それを確信して、どうするつもりじゃ。妾の過去を、暴くつもりか?」
「いや、お前と行動を共にせざるを得ないゆえに、把握しておきたいと思ったまでだ。それ以上の詮索は、するつもりはない」
こうして豪華で夢のような、それでいて少しカトリーヌの心の奥の何かを揺さぶる食事は終わる。
店を出て再びタクシーに乗り、ホテルの前に着く。ここは常に昼間だが、彼らの時間はすでに夜の9時ごろとなっていた。後は部屋に戻り、明日に備えて休むだけ……
と、ちょうどその時、デルフィーノ中尉のスマホに通知が入る。それを開く中尉。
一瞬、曇ったような表情を浮かべる中尉だったが、すぐにいつもの顔に戻ると、スマホをポケットに仕舞う。だが、その一瞬の心の乱れを、悪魔は見逃さなかった。
「なんじゃ、まさかまた、あの大悪魔の将軍にでも呼ばれたのか?」
「いや、違う。タルデッリ少将からの連絡だ」
「あの温厚そうな男からか?ならばなぜ今、そなたは顔が曇ったのじゃ?」
するとデルフィーノ中尉はスマホを取り出し、それを悪魔に見せる。
「……そのようなもの、見せられても妾には読めぬぞ」
「そうだったな。ここには、こう書かれている。『明朝、艦内射撃場に来られたし。その悪魔の身体実験を行う』とな。」
それを聞いたカトリーヌの心は、中尉以上に揺れ動いた。




