#7 超悪魔
「やっと食事じゃぁ! さあ、食うぞ!」
黒いマウスカーソルのような先っちょの尾をふりふりさせながら、目の前の食材に手を伸ばす自称最恐大悪魔が、まさに目の前の食べ物を口に放り込もうとしていた。
「ゆっくり食え。熱いぞ」
「何をいうのじゃ、妾が熱いなどと感ずるわけが……あっちゃちゃ!」
今、この悪魔が食べようとしているのは、チキンカレーだ。そしてその悪魔が掴みかかっているのは、ナンという白く薄いパン生地状の食べ物。熱さに耐えつつ、その白いナンをちぎってその薄茶色のチキンカレーに突っ込んでいる。そしてカレー色に浸されたナンを口に運び、食らいつく。
どうやらこの悪魔、こうした手掴み系の食べ物が好みのようだ。さらにいえば、濃い味、特に辛口の食べ物を好む。このナンとカレーの組み合わせは、その両方を満たすメニューとして、この悪魔が最も好む。
すでに9隻の僚艦との合流を果たした駆逐艦0020号艦は、一路、小惑星帯へと向かう。そこでデルフィーノ中尉は駆逐艦0020号艦を降りて、艦隊旗艦である戦艦パレストロへ移乗することになっている。
「はぁ……」
「なんじゃ、元気ないな」
「それはそうだ、艦隊旗艦なんぞに乗らなきゃいけないんだ。憂鬱になるのは、当然だろう」
それを聞いたカトリーヌは、手と尻尾を震わせる。
「ま、まさか、その旗艦とやらには食堂がないと申すか……?」
「そんなわけがないだろう。それどころか、ここよりも遥かに良い食事環境だ」
「な、なんじゃ……心配したではないか。デルフィーノがあまりに落ち込んどるから、美味いものが食えぬのかと思うではないか」
つくづくこの悪魔は堕落したものだと感じている。いや、確かに悪魔とは堕落の象徴ではあるのだが、それは人を堕落させる存在ということであり、自身が堕落することではなかった気がする。
それほどまでに、思考の中心が「欲望」に注がれている。中尉の魂を奪うという目的は、どこにいったか。
「あのなぁ、俺は食い物のことで悩んでいるわけではないぞ」
「なんじゃ、では、何に悩んでおるんじゃ?」
「お前に言っても、仕方のないことだが……いや、お前も顔を合わせる相手だからな、一応、話しておく」
食器を置き、腕を組み、一呼吸置き、押し出すように声を発するデルフィーノ中尉。
「実はな……そう、戦艦パレストロには『悪魔』がいるんだ」
それを聞いたカトリーヌは、持っていたナンを落とす。
「な、なんじゃと!? 妾以外にも、悪魔がいると申すか!」
それを聞いた食堂内にいる乗員数名が、一斉に振り向く。
「あ、いや、本当の悪魔ではない。れっきとした人間だ。だが、その方の所業は、まさしく悪魔そのもの。お前など、相手にもならない程の大悪魔だ」
「な、なんじゃと……人のくせに、悪魔のようじゃと……? 何をやらかしたんじゃ、そやつは」
「うむ……」
デルフィーノ中尉は少し前のめりに身体を乗り出し、周りに聞こえぬようカトリーヌに小声で、呟くように語り始める。
「……1年前のことだ。今向かっている白色矮星域で、連盟軍との一個艦隊同士の会戦があった」
「か、かいせん? それは戦のことか」
「そうだ。ただし、この駆逐艦1万隻同士、敵味方で総勢2万の船が繰り広げる総力戦だ」
「に、2万……? おい、こんな大きな船が、2万じゃと?」
「その戦は、我々の側から見れば、要するにその勢力圏を維持できればよい戦闘であり、一定時間の撃ち合いの末に連盟艦隊を後退させることができればそれで勝利という、そういう戦いだった。で、実際にあと少しで、そうなりかけた」
「そうなのか……戦のことはよう分からぬが、まさかその戦、負けたと申すか?」
「いや、勝つには勝った。が、最後の最後で余計なことをしでかした奴がいた」
「……余計なこと? なんじゃそれは」
「そいつは、最左翼の1000隻に、前進を命じたんだ」
「ということはそやつは、身分の高い奴か?」
「高いも高い、最上位だ。我らが艦隊司令長官である、サパティーニ大将閣下だ」
「た、大将? それはつまり、将軍のことか?」
「まあ、こちらの軍組織ではそういうことになるな。ともかくその大将閣下が敵の後退を始めた追撃戦の最中に、何を思ったか艦隊の一部を前進させた」
「何がまずいのか、妾にはさっぱり分からぬが……」
「追撃戦とは、敵が全力で後退している状態だ。射程ギリギリのところを互いに撃ち合っているその最中に、一部だけが前に出たら、どうなると思う?」
「……うむ、飛び出したやつが、狙い撃ちされるとかか?」
「その通りだ。実際、その1000隻は格好の的になった。前進した最左翼は敵の集中砲火を浴びて、わずか10分のうちに130隻が失われた」
「妾にはその悲惨さが分からぬが、それはとんでもない数なのか?」
「それまでの3時間の砲撃戦で、双方が失った艦艇はそれぞれ約100隻ほど。そのまま撃ち合っていれば、そこにせいぜい10隻程度の損害が上乗せされただけで済んだであろうその艦隊戦に、余計な策略でわざわざ十倍もの損害を計上した。その短時間に失われた人命は1万3千人。本来ならば、失われる必要のなかった兵員たちだ」
それを聞いた悪魔は、カレーの付いたナンを頬張りながら、こう尋ねる。
「で、そやつはどうなったのじゃ?」
「大将閣下のことか。未だに、司令長官としてその座にいる」
「なんじゃと? 人を、1万人以上の人間を殺めたのであろう。それがどうしてお咎めなしでいられるんじゃ」
「突出した小艦隊指揮官の運用ミスとして、小艦隊司令を務めていた少将閣下が更迭され、この一件は片付けられてしまった。艦隊損耗率も3パーセントを超えなかったことから、致命的な作戦ミスとはされなかったこともある。ともかく、この件はそれで落着となった」
ナンはすっかり食べ尽くされ、後に少しだけカレーが残っていた。それをスプーンですくい口に運びながら、カトリーヌは呆れるように返す。
「……まったく、なんと人間どもの愚かなことよ。わざわざ悪魔の手など下さぬとも、自ら滅びの道を選ぶとは、実に痛快極まる話じゃな」
「悪魔のお前が悦ぶのだから、やはり人としては間違っているという証左なのだろう。だが、今我々が向かっているその船に、その大悪魔がいる。そういうことだ」
「だ、だがまさか、そなたがその将軍と会うわけではなかろう」
「いや、俺は司令本部付き参謀の一人だから、まったく会わないというわけにはいかない。となれば当然、お前もその悪魔と接することになる。悪魔が、悪魔と対面だ。不愉快だが、面白い組み合わせだ。まあ、覚悟だけはするんだな」
それを聞いて、カトリーヌは顔は平静さを保ちながらも、その尻尾を小刻みに震わせる。さすがに1万人以上も無駄死にさせておきながら、平然としていられる将軍と顔を合わせなければならないと聞いては、悪魔とはいえ、心穏やかではいられないだろう。
だが、そんな悪魔と軍人を乗せたまま、駆逐艦0020号艦を含む10隻の駆逐艦からなる第2戦隊は、順調に予定の航路を消化する。
それから5時間ほどで、デルフィーノ中尉らを乗せた駆逐艦0020号艦は、小惑星帯に到達する。再び、ここは艦橋だ。
眼前には灰色の巨大な岩の塊、その表面には大きな穴や人工物が多数、そして何隻かの駆逐艦が繋留されている。
真っ暗な宇宙空間に、突如現れたこの岩の塊を窓際でまじまじと眺める悪魔。
「こ、これが、戦艦というものか? どうみても、岩山にしか見えぬが……」
この駆逐艦の10数倍はあろうかという船幅に圧倒される悪魔。そんな悪魔など構わず、駆逐艦内では戦艦パレストロへの入港準備に入る。
「パレストロ管制より入港許可了承、第2ドックよりビーコン捕捉!」
「進路微調整、取り舵0.3! 両舷前進最微速!」
悪魔が最も混乱しているのは「戦艦に入港する」という言葉の意味だ。船が船に入港、地上では考えられないこのキーワード、だが駆逐艦の乗員にとっては常識である。
戦艦パレストロは、全長5200メートル、質量1900億トン。主砲34門、収容艦艇数38で、地球035遠征艦隊旗艦として建造された、船歴30年程度と比較的新しい戦艦だ。
その戦艦に、デルフィーノ中尉を乗せた駆逐艦0020号艦が入港しようとしている。
「繋留ロックまで400! 相対速度60!」
「両舷停止! 繋留用意!」
「200……180……160……」
船体はゆっくりと、2本のタワーの間をめがけて滑り込む。長い船体の先端がその2本のタワーの間に突っ込むと、ガシャンという大きな音を立てて、駆逐艦は止まる。
「機関停止! 繋留ロック確認!」
「前後ロックよし! 船体固定確認!」
「よし、入港完了。戦艦パレストロ管制へ、乗艦許可を申請せよ」
「はっ!」
艦長のこの言葉で、入港が完了したことを知る。おもむろに、艦長はマイクを取り出す。
「達する。艦長のナルディーニだ。これより本艦乗員には、戦艦パレストロへの24時間の乗艦許可が下りた。各自準備でき次第、下艦せよ。なお、出発は艦隊標準時で翌1700。30分前までには全員乗艦するよう。以上だ」
艦内放送にて、戦艦パレストロへの乗艦許可を伝える艦長。それを聞いた艦橋内の乗員は、次々と立ち上がり、出入り口に向かう。
「さて、我々も行くか」
「行くとは……どこにじゃ?」
「決まっている。戦艦パレストロに、だ」
ポカンとした表情で、デルフィーノ中尉の顔を伺う悪魔カトリーヌ。そして、窓の外を再び見る。
あれに行くというのか……どう見ても、不毛な岩の塊にしか見えないあそこに向かうことに、悪魔ながら不安を覚える。もしや自分は、あそこに封印されるために連れてこられたのではないか、と。
そんな心配をよそに、中尉はエレベーターへと向かう。すでにたくさんの乗員が並ぶエレベーター前の列の最後尾で待つ軍人と、それに取り憑いた悪魔。
エレベーターの中はすし詰め状態。だが悪魔は、そのぎゅうぎゅう詰めのエレベーター内の天井付近にて浮いていられるため、その混沌に巻き込まれずに済むものの、下から見上げる乗員らの目に晒される羽目になる。
「うー……なんか嫌じゃ……」
「何がだ。エレベーターで、奇異の目で見られることがか?」
「いや、何というか……今から、あの岩の塊に向かうのであろう?」
「そうだ」
「そこには、人の皮を被った悪魔もおると言うておったではないか」
「そうだな」
「と、言うことはじゃ。妾はあの岩に閉じ込められるのではないのか?」
一旦、荷物を取りに行くため自室に戻った際に、カトリーヌがそんな不安を漏らす。それを聞いたデルフィーノ中尉が応える。
「そうか、その手もあったな」
「なっ!」
「……と言いたいところだが、それは無理だな」
「な、なぜじゃ?」
「考えてもみろ。お前の封印方法を我々は知らない。第一、地球035の遠征艦隊旗艦に本物の悪魔を封印したとあっては、それ自体が大問題になる」
「そ、そうなのか……」
「少なくとも、ここでは大人しくさえしていれば、誰も封印などしようとは思わない。俺が言えることは、それだけだ」
少し小ぶりな荷物を持ち、部屋を出る。そのまま通路の奥にあるポストへと立ち寄り、部屋の鍵をその中に放り込むと、またエレベーターへと戻っていく。
すでに多くの乗員らの姿はなく、さっきよりもまばらなエレベーターに乗り込む。乗っている2、3人の乗員を見ると、軍服姿ではない。おまけに、カバンなど持ってはいない。
「な、なあ、なぜそなただけ、そんなカバンを持っておるのじゃ?」
「ああ、ここの乗員は一時下艦で、俺らは戦艦パレストロに移乗するからだ。」
「い、移乗?」
「あの戦艦でしばらく過ごすんだ。2週間はいることになるぞ」
「は!? あそこで過ごせと申すか!」
「そうだ。さ、着いたぞ」
驚く悪魔をよそに、1階に到着したエレベーターを降りるデルフィーノ中尉。ふわふわと風船のように後ろをついてくる悪魔とともに、彼は駆逐艦の艦底部側面に開いた大きな穴へと向かう。
そこを潜ると、少しうねった四角い通路に出る。その中をしばらく歩くと、広い場所へと出る。
そばにある窓からは、先端部を二本の塔に、後端部を大きな爪のようなもので掴まれた駆逐艦の姿が見える。その駆逐艦が、丸々すっぽり入りそうなほどの大きな空間。その空間をまっすぐ奥へと向かう中尉。
何か尋ねたいが、何を尋ねれば良いかと迷っているうちに、奥の壁にある扉にたどり着く。その扉から中に入ると、今度は3つのエレベーターが現れる。デルフィーノ中尉は、そのエレベーターのボタンを押す。
「……どこへ向かっておるのじゃ?」
「まずは、ホテルだ。チェックインして荷物を置き、それから司令部のある艦橋へと向かう。」
「ほ、ほてる?」
「宿泊する場所だ。行けばわかる」
相変わらず、この中尉は詳細な説明をするつもりがない。悪魔の抱える不安などに、付き合う気が毛頭ないのだろう。この1週間あまりの付き合いで随分と互いを知るものの、やはり悪魔と人間とは敵同士であり、それほど友好的になれないのは当然だろう。
そのエレベーターは、下へと降る。ただしそれは、随分長い。いつまで下に降り続けるのか……とうんざりし始めた頃に、ようやくドアが開く。
目の前に現れたのは、先ほどの空間ほどではないが、やや広い場所。奥にはホテルのロビーとフロントがあって、従業員らしき人物が数人、軍服を着た人物らとそれぞれ何かをやりとりしているのが見える。
そのフロントに向かって歩き始める中尉、その後ろをついてゆく悪魔。この漆黒の宙に浮いた怪しげな存在に、周囲の者は一斉に注視するが、そういうものに慣れてしまった中尉はもはや気に留めることなく、歩みを進める。
が、後ろが妙に明るい。悪魔はふと、背後を振り向く。そして、叫ぶ。
「お、おい、なんじゃあれは!?」
この悪魔の大声に、デルフィーノ中尉は歩みを止める。そして振り返る、先ほど降りたエレベーターの両側にある窓の方へと向かう。
「ここか。ここはこの戦艦の街だ」
眼前には、いくつもの照明が取り付けられた天井、その直ぐ下には、碁盤目上に仕切られた歩道とその内側に立てられた4階建ほどのビル群。歩道の間には隙間があり、さらにその下にビル群が見える。一番下にはアスファルト路面があって、そこには車がなんだか走っているのが見える。
「ま、街とは……」
「見ての通りだ。この戦艦パレストロには、軍民あわせて2万人がいる。そして補給のためにこの戦艦に寄港した駆逐艦の乗員らも、憩いを求めてここにやってくる。そのための街だ」
よく見れば、眼下に見えるすべてのビルの1階部分には、店のようなものが見える。中にはその外で食事ができるようになっている店もある。さらに奥には、公園のような広場もあって、そこには帝都の広場で見たような露店がいくつも並んでいる。
300年もの眠りから覚めたばかりの悪魔には、あまりにも明るすぎる街。そこは24時間、常に昼間の街。常昼のこの街ではそれぞれの住人、乗員、来訪者らは、自身の時計を基に行動し、常にどこかで誰かが活動を続けている。
あの岩肌からは、全く想像できない場所だ。しばらく窓ガラスにへばりついて眺める悪魔に、デルフィーノ中尉は言う。
「どうせ後で立ち寄る。まずはフロントでチェックイン、そしてすぐに仕事だ。街へはその後だ。行くぞ」
「あそこに行けるのか!? って、おい、ちょっと待て!」
中尉は構わず、再びフロントへと歩みを進める。それに引き寄せられるように、窓ガラスからひっぺがされる悪魔。
そしてその悪魔を引き摺るように、フロントへとたどり着く。
「司令部付き参謀士官の、デルフィーノ中尉だ。本日より2週間の宿泊をしたい」
「はい、お待ちください……確かに、司令部より宿泊許可が下りております。ところで……」
「なんだ?」
「その……あのお連れ様は、いかがなさいますか?」
「こいつは取り憑いて離れない悪魔だ。当然、同じ部屋で」
「で、ですが、中尉の部屋は一人部屋となっておりまして……」
「構わまい。どうせ宙に浮かんでいるだけの存在だ。考慮に入れなくていい」
「か、かしこまりました。では、少々お待ちください」
受付嬢はデルフィーノ中尉の宿泊手続きをこなす。が、あの宙に浮かんだ得体の知れない黒い人型の物体が気になって仕方がないらしい。ましてや、悪魔などと言われればなおさらだ。手続き処理の合間に、チラチラとカトリーヌの方を見ている。
「おい、デルフィーノ! あれはなんじゃ!?」
「あれか、あれはロビーだ」
「違う違う! そのロビーとやらにあるテーブルで、あの男が手に持って飲んでいるものじゃ。おまけに、ケーキのようなものがあるぞ」
「待ち合わせの時間潰しに注文した、コーヒーとケーキだろう」
「こ、コーヒー?」
「いずれ飲ませてやるが、あれは苦いぞ。おまけに、お前のように黒い」
「なんじゃ、苦いじゃと!? ならばなおのこと、手を出さねばなるまいな!」
そんな受付の不安などそっちのけで、自身の好奇心を満たそうと躍起な悪魔は、そのホテルのロビー内を物色している。手続きを待つデルフィーノ中尉の頭上で、ふらふらと左右を行ったり来たりして落ち着かない。
「おい、悪魔。少しは落ち着け」
「な、なんじゃ、妾に指図するか!?」
「もうすぐ終わる。少しの間くらい、じっとしていられないのか?」
「これほど面白いものばかりに囲まれていて、どうして落ち着いてなどいられるんじゃ!」
受付嬢の前で、お構いなしに痴話喧嘩を始める作戦参謀と悪魔。当初は不信と畏怖の念しか抱いていなかったが、その会話の内容のあまりの低俗さに、受付嬢は笑いをこらえながら手続きを進める。そのやりとりは、受付嬢が部屋のキーを渡すまで続いた。
で、ようやくキーとなるカードを受け取ると、今度はフロントのすぐ脇に見える通路に入り、その突き当たりにあるエレベーターへと向かう。エレベーターの前にはホテルマンが一人、客を案内しているのが見える。そのホテルマンの視線が一瞬、中尉の頭上に向くが、あらゆる客人を迎え入れる接客のプロだけに、表情一つ変えずに2人を出迎える。
「ようこそ、我がホテル・インペリアーレへお越し頂きました。お客様は、客室へ向かわれますか?」
「ああ、まずは荷物を置きたい」
「左様でございますか。では、こちらのエレベーターをご利用ください」
そのホテルマンを見た悪魔が一言。
「おおっ、このホテルとやらは、侍従もおるのか!」
相変わらず、好奇心が抑えられない悪魔だ。が、そんな悪魔の驚愕を無視して、エレベーターに乗り込むデルフィーノ中尉。中に乗り込むと、出迎えたホテルマンが会釈をしているのが見える。それを見た中尉は、反射的に右手を額に添えつつ敬礼で返す。
エレベーターのドアが閉まり、エレベーターが動き出す。そのエレベーター内で、デルフィーノ中尉はカトリーヌに尋ねる。
「おい、悪魔」
「なんじゃ?」
「お前、やはり元は王族か貴族だろ」
それを聞いたカトリーヌは動揺する。緩やかになびいていた尻尾が一瞬、ピクッと固まる。
「な、なんで左様なことを聞くのじゃ!?」
「いや、ホテルマンを見て『侍従』と言っていたからな。だいたい、口調が貴族や王族のそれだ。それなりの身分の者でないと、そういう表現はしないだろう」
だが、そのデルフィーノ中尉の問いに、この悪魔は答えない。しばらく沈黙したまま、エレベーターは指定の階に到着する。
「ついたぞ。さ、行くか」
エレベーターを降りるデルフィーノ中尉とカトリーヌ。そこはずらりと、同じドアが並ぶ場所。ドアには番号が書かれており、中尉はカードキーの表面に書かれた番号と一致するドアを一つ一つ探る。
目的のドアを見つけたようで、そのカードキーをドアノブのすぐ下にあるセンサー部に当てる。ピッと音がして、ドアが開く。
「うわぁ……何じゃこの部屋は!?」
ワンルームの部屋だが、駆逐艦の部屋はもちろん、宿舎の寝室よりも広い。大きなダブルベッドが一つ、部屋の真ん中に置かれている。そのベッドを見るなり、飛び込む悪魔。どうやらこの連れの悪魔を見て、受付嬢が2人用の部屋を手配したようだ。それを察した中尉は、ありがたいやら迷惑やら、やや複雑な表情でその悪魔の様子を見つめる。
「おい、荷物を置いたらすぐに出るぞ」
「は? この部屋におるのではないのか?」
「すぐに仕事があると言っただろう。荷物を置いてすぐに、艦隊司令部のあるこの艦の艦橋に向かう。さ、行くぞ」
「お、おい! ちょっと待て!」
ズカズカとドアに向かう中尉は、入り口付近にあるカード入れからカードキーを取り出す。すると、パチっと音がして部屋の電気が一斉に消える。そのままドアを開け、通路に出る。それを慌てて追いかける悪魔。
「着いたばかりだというのに、まだ仕事をせにゃならんのか!?」
「当たり前だ。俺はここに作戦参謀として来ているんだ。観光客ではないのだからな」
いつも通り冷たく返すデルフィーノ中尉だが、少し視線が前を見据えたまま、表情も暗い。ほんのわずかな変化だが、悪魔は見逃さない。
「おい、デルフィーノ。そなた、何かいつもと違うぞ」
「そうか?」
「そうじゃ。なんというか……柄にもなく、緊張しとるんじゃないのか?」
「いや、そんなことはない。いや、そんなことはあるかもな……正直、気は進まない」
「なぜじゃ?」
「言っただろう。ここには、大悪魔がいると。今から、その大悪魔と会うのだからな」
それを聞いたカトリーヌは思い出す。ここに到着する直前の食事中に、そんな話を中尉から聞いた。だが、いきなりその「悪魔」と対面するというのか?
「ちょうど今から、幕僚会議が開かれる。それに出席するのだが、その場には当然、サパティーニ大将もいらっしゃる」
まだ心の準備ができていない悪魔。悪魔が、悪魔のような人物に対面する。前代未聞というか、中尉にも悪魔にとっても頭の痛い展開だ。だが、仕事できている以上、拒否権はない。
エレベーターを上り、再びロビーに出る。そこで4階層の街の見える窓の横にあるエレベーターに乗り換え、上へと戻る。
ホテルと比べると、随分と殺風景な通路に出る。通路の奥にあるゲートで身分証を当て、中尉はゲートを通過する。そしてその通路の先にある大きな扉の前に立つ。ドアマン代わりの軍人が一人立っているが、中尉を見るや一瞬、表情を曇らせる。宙に浮くあの悪魔を見ての反応だろうが、デルフィーノ中尉はそんな彼にかまわず敬礼し、扉を開けさせる。
中に入ると、そこにはずらりと並んだテーブルに、大勢の士官らがまさに座席についているところだった。そして奥には、明らかに周りとは異なる飾緒付きの軍服をきた人物が見えた。
その人物は、デルフィーノ中尉が入るや、いきなり怒鳴りつけてきた。
「おい、デルフィーノ中尉!」
カトリーヌは、察する。あれがこの戦艦に棲むという「悪魔」だと。




