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#6 進宙悪魔

「第23021白色矮星域に現れた連盟艦隊への対処に関する会議、ですか?」

「そうだ」

「あの事件直後ですが、小官が離れてもよろしいのです?」

「貴官の本業は、艦隊司令部付き作戦参謀だ。それにこれは、艦隊司令部直々の命でもある。そちらの任務を優先せよ」

「はっ、承知致しました! デルフィーノ中尉、参謀会議出席のため、直ちに駆逐艦0020号艦へ向かいます!」


 軍人にとって、上の命令は絶対だ。バルトローメオ中将のこの言葉に、デルフィーノ中尉は逆らえない。だが散々テロ事件の調査に駆り出しておきながら、本業も抜かりなく行えとは、とんだブラック職場だ。


「おい、なんじゃ、その白色矮星というのは?」

「宇宙にある星のひとつだ」

「うちゅう? 星? つまり、そなたが以前言っておった、星の世界のことか?」


 司令部の通路を歩きながら、デルフィーノ中尉は取り憑いた悪魔からの質問を受ける。


「そういえば、お前にちょっと尋ねたいのだが……お前はこの世界のことを、どれくらい知っている?」

「この世界とは、どういうことじゃ?」

「この帝国を含む外の国々が存在する、この大地がどうなっているか、ということだ。」

「ああ、そういうことか。そうじゃな……(わらわ)が知っているのは、この大地が丸く、その周りを太陽と月、星々が回っている、ということじゃな。」

「ああ、なるほど、そういう知識レベルか……」

「なんじゃ、(わらわ)は何か、間違ったことを言うたか?」

「そうだな、大地が丸いというのは正しいが、それ以外の天体全てがこの地球(アース)の周りを回っている、と言うのは間違っている。正確には、この大地の方が太陽の周りを回っていて、地球(アース)自体は自転していて、それが太陽が回っていると錯覚させている。」

「なんじゃと? この大地が回っている? そんなわけなかろう、そんなことになれば大地は揺れ、猛烈な風が吹き荒れてしまうではないか」

「いや、そんなことにはならない。それは慣性の法則で……まあいい、実際に宇宙に出れば、この大地のちっぽけさを実感することだろう」


 かなり遅れた世界観を持った悪魔だが、実はこの300年でこの地球(アース)1136の世界観は大して変わってはいない。彼らが訪れるまで、天動説はこの帝国の多くの人々に信じられていたし、そして彼らがやってきた後も、この説を曲げない人々が多い。


 実はこの帝都でのテロ事件の背景には、この天動説派の影響が多分にある。天動説はこの国の宗教とも深く結びついており、神が定めた(ことわり)に楯突く不届な(やから)だと、地球(アース)035の人々を非難する勢力があるのは紛れもない事実だ。その勢力の一部過激な人々が、帝都内で無差別な暴力行為を働いているというのが、今、彼らに課せられた試練である。

 だが、それにしても妙な話だ。

 つまりそれは、宇宙から来た我々を排除するためテロを起こしている、ということになるのだが、そのための手段を、その宇宙から来た我々がもたらした爆発物に頼るというのは、いささか矛盾してはいないか?

 手段と目的が交錯しているように思うこの軍参謀だが、今はそのテロの後始末より、宇宙に出て本来の任務に戻れと命じられたところだ。考えを巡らせても仕方がない。


「で、これからどこに行くのじゃ?」

「まずは宇宙港だ。そこに我々の船がある」

「船とは……この帝都の上を飛び回っている、あの岩でできた雲のようなものか?」

「そうだ」

「あんなものに乗って、本当に大丈夫なのか? (わらわ)にはとても、あのようなものが空に浮かんでおられるなど、信じられないのじゃが」

「だが事実、飛んでいるだろう。我々にとっては、お前が宙に浮いている方が不思議だ」

「な、何を言うか。(わらわ)は、この帝国一の悪魔であるぞ。悪魔が宙に舞うことの、どこが不思議と申すか!」


 とまあ、中尉と悪魔がこの調子で話し込んでいる間に、司令部の外に出る。そしてそのまま、表で待つバスに乗り込んだ。

 しばらくするとバスは動き出す。何人かの軍人が、大きなカバンを抱えて同乗している。それから見れば、ひとまわり小さなカバンしか持たないデルフィーノ中尉の荷物は少ない。そんな中尉の真横で、カトリーヌはちょこんと座席に座り窓の外を眺める。


 窓の外には、建設ラッシュが続くこの宇宙港隣接の街の風景が流れる。司令部から宇宙港ターミナルビルの間には、多くの民間企業が入るビルが立ち並ぶ。やや遠くには、宇宙から持ち込まれたばかりの高層ビルの設置作業が進む。


 ここにきて、すでに一週間となるカトリーヌだが、宇宙港に向かうのは初めてだ。この司令部専用バスは、宇宙港ターミナルビルの脇にある出入り口から敷地内に入り、そのまま宇宙船ドックの間を走る。

 大型の宇宙船が、いくつも並んでいる。そこにあるのは、同じ形の船ばかり。船体の色は灰色で、まるで高層ビルを横倒しにして、その根元に山型の建屋を据え付けたような形のその船は、駆逐艦と呼ばれている。

 全長は300メートル前後で、先端には高エネルギー砲が一門、それ以外には後方側面左右に小さなレールガン発射口が1つづつ。武装と呼べるものは、その程度の船である。

 これはまさに戦闘艦だ。その戦闘とは、彼ら、地球(アース)035が属する宇宙統一連合、通称「連合」と、銀河解放連盟、通称「連盟」という宇宙を二分する組織体が、互いの勢力圏を巡って繰り広げられるものだ。そのための武装を施した(ふね)が、まさにこの宇宙港には整然と並べられている。

 そして、その(ふね)が地面に接する尖った底部には、出入り口が一つ見える。とある船のその出入り口の直ぐ脇で、このバスは止まった。


「さ、降りるぞ」


 真上には、ビルを横倒しにしたような巨大な船体が空を覆っている。前後には、巨大な四本の支柱によって繋留されている。あまりに大きなその船を見上げながら、カトリーヌは中尉のそばをふわふわと浮かびながら、唖然とした表情を浮かべている。


「デルフィーノ中尉殿」


 と、出入り口付近には、一人の女性士官が敬礼しつつ出迎える。


「ご苦労。司令部から聞いている、レオンティーナ少尉だったか」

「はっ、これより当艦内に中尉を案内するよう申し付けられております。以後、お見知りおきを」


 デルフィーノ中尉は返礼で応え、互いに礼を解くと、レオンティーナ少尉は出入り口に向かう。


「ところで中尉、一つ、確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないが、なんだ?」

「はい、その中尉の傍らに浮かんでいるその、悪魔のことなのですが……」


 やはりここでも、この悪魔のことは気になるらしい。いや、気にならない方がおかしいだろうな。中尉は思いつつ、答える。


「ああ、1週間くらい前から俺に取り憑いて離れない悪魔だ。気にしないでくれ」

「それは存じておりますが、一つだけどうしても気がかりなことがございます」

「なんだそれは?」

「はっ、中尉がこの女悪魔とともに、風呂に入っているという噂です。それは、本当なのですか?」


 エレベーターのボタンを押し、それがくるまでの間、この女性士官はいきなり直球な質問を投げかけてきた。その目は、幾分かきつい。


「ああ、本当だ。」


それに対して、何ら臆することなく応えるデルフィーノ中尉。だが、これがこの女性士官の語気を強める。


「宇宙軍士官とあろうお方が、悪魔とはいえ女性を男性風呂に同行させるなど、風紀的道徳的に許されざる行為ではありませんか!?」


 当然の意見具申だろう。少なくともデルフィーノ中尉はこれまでも、同様の意見を聞かされ続けてきた。


「言いたいことはわかる。だが、こいつは俺から3メートル以上離れることができない。それゆえ、風呂に入ると連れて行かざるを得ないのだ」

「ですが、せめて何らかの配慮をなさるべきではありませんか!」

「どのような配慮ができるというのか? まさか、俺が女性風呂に行くわけにもいくまい」

「い、いえ、そういう話ではなく……」

「だいたい、こいつは悪魔だ。その悪魔に情をかけて人間が妥協するようなことがあっては、それは悪に屈することになる。それこそ、我ら宇宙軍士官にあってはならないことではないのか?」

「うっ……さ、左様です、中尉殿」


 さすがは司令部付きの若きエリートだ。この女性士官の苦言を、あっさりとねじ伏せた。その脇でそれを聞いていたカトリーヌは、レオンティーナ少尉にこう告げる。


「大丈夫じゃ、なんだかんだと、もう慣れてしまったからな。それに、風呂場の方がこやつは油断しておる。あの場の方が、魂を奪う機会もあろう。となれば、むしろ好都合じゃ」


 この悪魔、かつてはあれほど男性風呂に入るのを嫌がっていたというのに、どういうわけか、今はむしろ余裕を見せるほどにまでの変わりようだ。というのも実はこの悪魔、司令部の風呂場で熱烈歓迎を受けている。全身は真っ黒だが、見た目は可愛らしいこの悪魔は、男性士官らからちやほやされるため、それがこの悪魔にとっては心地よいらしい。


 悪魔とは、人の欲や恐怖心につけ込み、惑わす性分を持つ。そう考えれば、この状況は悪魔的には都合がいいようだ。


 そういう事情があって、この悪魔はいつの間にか風呂好きになってしまった。それがこの余裕の根拠である。


 さて、その少尉と共に、居住区のある7階に到着する。エレベーターを降りるや、通路沿いにずらりと並ぶ扉が見える。エレベーターを降りて直ぐのところにある部屋の前で、レオンティーナ少尉は立ち止まり、振り返ってデルフィーノ中尉に何かを差し出す。


「ここが中尉の部屋です。荷物等をこちらに置いて、すぐに艦橋に向かってください。では、私はこれで」


 そう告げるとレオンティーナ少尉は敬礼し、その場を離れて再びエレベーターに乗り込む。後には、中尉と悪魔だけが残された。


「……なんじゃ、ここは。なんだか妙に狭いの」

「寝るためだけの部屋だ。これで十分だろう」

「台所はないが、朝食はどうするんじゃ?」

「それは艦内にある食堂に行けばいい。別に、部屋にわざわざ台所を備える必要性はない。」

「なんじゃと!? ここにも食堂があるのか!」

「それはそうだ。司令部の食堂よりは小さいが、同じようなものだ」


 それを聞いたこの悪魔は、尻尾がぴょんぴょんと踊り出す。わかりやすい悪魔だ。


「な、ならば直ぐに参ろうぞ、その食堂へ!」

「いや、だめだ。俺には仕事がある」

「なんじゃ、仕事とは。そんなものは後で良いではないか」

「今、レオンティーナ少尉が言っていただろう。すぐに艦橋へ向かえ、と。行くぞ」

「いやじゃーっ!」


 中尉は小さな荷物を部屋の片隅に置くと、不満げな表情の悪魔を半ば強引に引き連れ、エレベーターへと向かう。


「艦長のナルディーニ大佐だ。貴官の乗艦を歓迎する。で……噂通り、貴官には本当に悪魔が取り憑いているのだな」

「はっ。ですが見た目通り、大して凶悪でもありません。軍帽に引っかかった、黒い綿毛くらいに見ていただければ幸いです」

「綿毛、か。それにしては、おおきすぎる綿毛だな」


 自称、帝国史上最恐の悪魔を、帽子に引っかかったゴミ同然だと表現するデルフィーノ中尉だが、肝心のその悪魔は、その艦橋内にあるあらゆるものに興味津々だ。


「おい、なにやらテレビのようなものがたくさんあるぞ! しかも窓の外に見えるあれは、帝都ではないか!?」


 窓に張り付いて外を見たいのだろうが、中尉から3メートル以上離れられないという謎ルールにより、興奮しながら中尉の周りをクルクルと回っている。


 そんな悪魔を乗せて、駆逐艦0020号艦は動き出す。


「これより艦隊合流のため、本艦は当星域内、小惑星帯(アステロイドベルト)に向け発進する。機関始動、繋留ロック解除」

「機関始動! 繋留ロック解除よし!」


 ガコンという鈍く重い音が響く。一瞬、船体が揺れる。


「両舷微速上昇、駆逐艦0020号艦、発進!」

「機関出力10パーセント、両舷、微速上昇!」


 艦長の号令と、航海長の復唱と同時に、やや甲高い機関音が響く。そして、船体が浮き上がり始めた。その様子を、不安げに見つめる悪魔カトリーヌ。


「まさか怖いのか? 悪魔のくせに」


 それを見ていたデルフィーノ中尉は、カトリーヌへ挑発気味な一言を放つ。


「こ、怖くはないわ! (わらわ)は帝都における恐怖の象徴、大悪魔じゃぞ!」

「そうか。ならいい」


 いきり立つ悪魔を見て、笑みを浮かべるデルフィーノ中尉。船体は上昇を続け、すでに雲の上にいた。

 いくら悪魔といえど、これほど高い場所に来たことはない。だが、駆逐艦はまだ上昇を続けており、通り過ぎた雲ですら離れていく。それからしばらくこの艦は、垂直上昇を続ける。


「そ、空が暗いぞ……どうなっとるんじゃ、ここは?」


 高度2万メートルを超えたあたりから、空は徐々に暗くなる。無論、今は昼間だが、薄い大気は光を撹乱させることができず、宇宙空間の色を徐々にさらけ出す。

 そこはまさに、宇宙と大気の境界を思わせる。そのさらに上には、無限に広がる漆黒の空間だ。その雄大さを、さすがの大悪魔も知る由はない。


 地上は明るく照らされており、遠くには真っ青な海に白い雲、緑と茶色の陸地が広がる。帝都はすでに遥か遠くにあって、まるで小さな積み木が並ぶ子供部屋の片隅のようだ。


「まもなく規定高度4万メートルに到達します!」

「そうか、では本艦は大気圏離脱準備に入る。僚艦は?」

「はっ! 0011から0019号艦はすでに大気圏を離脱し、第4惑星方向へ進行中です!」

「ならばこちらも直ちに離脱し、地球(アース)スイングバイで加速して合流を果たすことにする。各員、離脱前点検!」

「中距離レーダーに反応なし! 進路上、300万キロ先まで船影なし!」

「左右核融合炉、及び重力子エンジン正常!」

「モンテ・リマール宇宙港管制より、離脱許可承諾の回答あり!」


 まだ上昇を続ける艦内が慌ただしくなる。ここに詰める20人の乗員からは、次々と報告が上がる。


「規定高度、4万メートルに到達!」


 そして、航海長が最後に叫ぶ。それを聞いた艦長は、大気圏離脱を指示する。


「大気圏離脱開始! 両舷前進いっぱい、最大船速!」

「両舷前進いっぱーい!」


 このときはまだあの悪魔には、これから何が起こるのか分からないままだ。ただでさえ異様な空に気を取られ、これから起こる喧騒の大気圏離脱の儀式など、想像だにしていない。

 本来ならば、この素人に起こるべき事態の説明をするべきなのだろうが、デルフィーノ中尉という男は、この悪魔にそこまでの配慮などするつもりもない。

 だからこの帝都最恐を自称する悪魔は、いきなり唸り出したこの艦のもつ強力な機関の音に恐怖することとなる。


 ゴォーッと唸る艦橋内、バリバリと音を立てて震え出す床や天井、滑るように流れ出す周囲の景色。


「な、なんじゃ!? 大地が滑り出したぞ! それにこの船も……ど、どうなっとるんじゃぁ!?」


 だが、傍らにいるデルフィーノ中尉は、意に介することもなく、涼しい顔で艦長席の後ろに立つ。やがて、正面は真っ暗闇に覆われる。

 昼間だというのに、外には星が見える。その代わり大地が見えない。人々を不安に陥れるはずの悪魔が、不安のどん底に堕とされて、デルフィーノ中尉の頭にしがみついて、辺りを見渡している。

 すると、デルフィーノ中尉は窓の方へと歩み始める。悪魔カトリーヌは、その中尉の頭にしがみついたまま、窓際へと連れて行かれる。艦橋正面の窓の前に立ち、そこでじっと待つ中尉。


 星空が、左上に流れていく。無論これは、船が大きく向きを変えているためだ。中尉は、その窓の外、正面を指差す。


「おい悪魔、短時間だが、窓の外にお前のいた地球(アース)が現れる」

「あ、あーす? なんじゃそれは?」

「丸い大地のことだ」


 そう言われて、カトリーヌはその中尉の指先の方を向く。すると左側から、青い物体が現れる。


 真っ青な表面に、白い筋。ところどころに緑や茶色。ラピスラズリの宝玉のような球体が、正面に浮かんでいる。

 それはゆっくりと接近し、やがて窓いっぱいに見える。が、あっという間に脇を通り過ぎ、やがて真っ暗な星空に戻る。


 あまりに一瞬の出来事で、その悪魔はただそれを見過ごす以外になかった。窓の外が再び漆黒の闇に戻るや、ようやくデルフィーノ中尉に尋ねる。


「あ、あれがまさか……」

「そうだ。あれがお前が300年以上を過ごしていた、丸い大地。我々は人の住む惑星を、地球(アース)と呼んでいる」


 まだ、けたたましい機関音がこの艦橋内に響いている。窓ガラスの表面も、ビリビリと震えている。


 自称、帝都を混乱と恐怖に陥れた悪魔カトリーヌ。だがその帝都は、この漆黒の闇の大海に浮かぶ、ほんの一粒の星屑の上の片隅にすぎないことを、言葉ではなくその(まなこ)で思い知ることとなった。

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