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#5 活躍悪魔

 何が、起こったのか?

 周りは何も見えない。状況を理解できないまま、カトリーヌはデルフィーノ中尉の腕の中にいた。が、しばらくすると周りが急に明るくなる。


「おい! いきなり何をするん……」


 いきなり抱き抱えられて地面に伏せられたこの悪魔は、立ち上がってこの軍人に抗議しかける。が、周囲が目に入るや、言葉を失った。

 いや、正確にいえば、周囲がまったく見えない。白いモヤに視界が阻まれて、その先に何があるのかまるで見えない。

 だが、それが只事でないことは、さすがの悪魔でも理解できる。


 目の前には、木材と布切れのようなものが散乱している。これが上に覆いかぶさっており、それで周囲が見えなかったわけだが、明らかにそれは、ついさっきまでアイスクリームを売っていた露店の屋根だ。それが、見るも無惨に引き裂かれ、地面に散乱している。


「あ、あわわ……何が、何が起こったんじゃ……?」


 状況を理解できない悪魔の横で、身をかがめたままのデルフィーノ中尉が、何かを取り出す。


「デルフィーノ中尉だ! 現在、帝都中央広場の北側にて、爆破事件に遭遇! 視界不良のため、現状把握困難! 司令部で把握している事実を送れ!」

『司令部より中尉へ。爆破の衝撃波をこちらでも観測。現在、状況を把握中。しばし待機を』


 軍用スマホの無線機能により、司令部に状況確認を行うデルフィーノ中尉。だが、起きた直後の爆破事故を、現場から離れた司令部はまだ察知しきれていない。


「おい、一体、何が起きたというのじゃ!?」

「おそらく、爆破テロだ」

「て、てろ? なんじゃそれは」

「言っただろう。この帝都を混乱させようとしている輩がいると。その連中が、お前を復活させようとしたが失敗した。そこでついに、別の手段で実力行使に出たということだ」


 周囲の視界が、徐々に開けてくる。そこに現れたのは、一瞬で変わり果てた帝都中央広場の姿だ。


 その名の通り帝都の中央部にあるこの広場は、円形の敷地に石畳みが敷かれただけの場所。そこにたくさんの露店が集まり、人々で賑わっている場所だ。

 デルフィーノ中尉は辺りを見回す。そこにあった露店のほとんどは吹き飛ばされ、売り物の果実や野菜、そしてアイスを入れた容器などが散乱する。大勢の人々がいるが、ショックでまだ動けない人がほとんど。ただ、幸いにも重傷者は多くはいないようだ。

 だがそれは、ここが爆心地から幾分か離れていたからであって、爆発物の置かれていた場所の周辺は、こんなものでは済まないと想像される。中尉は吹き飛ばされた露店の残骸を注視し、爆破現場の位置を推測する。

 残骸は全て、広場中央を中心に、外に向いている。そこから推察するに、どうやらこの広場の中央が爆発の中心だったようだ。そこにあったはずの女神像が、半身を残して吹き飛んでいる。高らかに壺のようなものを掲げていたはずのその女神の姿は、今はもうない。


 それを見て中尉は察する。爆発物は、その女神の壺の中に仕掛けられていたのだ、と。

 サイレン音を出しながら、上空から数機の消防、救急機が舞い降りてくる。と同時に、カーキ色の小型空挺船も現れた。地上スレスレのところで停止し、10人ほどの隊員を降ろした後に再び上昇する。軍もこれを人災だと察知し、行動に出たようだ。


「なんてことじゃ……広場が、店が、吹き飛ばされておるじゃないか。なんと酷いことを……」


 悪魔のくせに、この惨状を酷いと評する。それを聞いたデルフィーノ中尉は内心、お前に言われたくはないと感じたことだろうが……それはともかく、悪魔すらも驚愕するその事態に、中尉も行動を起こす。


 といっても、向かう先は広場の外。この通りのすぐ近くに、帝都内における宇宙軍の拠点がある。表向きは、兵士募集の事務所だが、その裏では対テロ防止活動を主導している。

 もっとも、その拠点の目の前で、テロが起きてしまったわけだが。軍としても面目が立たない。


「あ、デルフィーノ中尉殿。その姿、どうされたのです? まさか……」

「そのまさか、だ。あの爆風に巻き込まれた。幸い、露店の幕が破片から身を守ってくれたが……」

「すぐに着替えを用意します。それから、奥にシャワー室があります。お使いください」

「助かる」


 しばらくして、シャワー室で身を清め出てきたデルフィーノ中尉は、その事務所に備え付けの軍服に身を包んで現れる。

 が、その横では、黒い悪魔がその尻尾を痙攣させて、何かぶつぶつ呟きながら宙に浮かんでいる。


「脱がされた……また、脱がされた……」


 本来ならば、この異様な悪魔は注目の的となるところだが、今この事務所は、この爆発騒ぎでそれどころではない。ここでは今、帝都内周辺の防犯カメラの記録を分析しているところだった。


「……女神像ですか。それは考えてもいませんでしたね」

「あの周辺で、直前に何か変わった動きがないか、調べるんだ」


 このデルフィーノ中尉の忠告で、すぐに女神像周辺にあった防犯カメラの解析が行われる。場所が絞り込めたことは大きく、あっという間に不審人物が割り出される。


「……あからさまに怪しいな」

「ええ、この一団が、明らかに怪しいです」

「見るからに、素人の仕業としか見えないが……本当にこいつか?」

「そうですね。ですが、間違いないでしょう。女神像にこれほど接近している人物は、ここに写っている者たちだけです」


 その映像には、ローブを被った男たちが、女神像の掲げる壺の中に何かを投げ入れている瞬間が写っていた。時間は、爆破事件の起こる10分前。

 そして、その男が広場の端の建物の影で待機し、事件が起きた直後に帝都の中に入っていくところがカメラ画像から辿られた。

 その男は、その広場の南へ200メートルほど離れた場所にある、石造りの古い建物の中へと消えていった。


「すぐに追撃隊を組織する。特務部隊に連絡、この建物を包囲し、この男を捕縛する。指揮は、私が行う」

「はっ!」

「貴官らは、ここであの建物周辺のカメラ映像の監視を続けろ。この男の動きを捉えたなら、すぐに連絡せよ!」

「了解しました!」


 そう言い残すと、デルフィーノ中尉は事務所を飛び出す。そして、混乱続く広場を迂回しつつ、南側へと向かう。


「お、おい! どこに行くんじゃ!?」


 早足で歩くデルフィーノ中尉を追う悪魔。いや、追うというより、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、悪魔が引き寄せられているようにも見える。


「おい! (わらわ)の話を……って、痛ぁ!」


 男の逃げた建物に早足で向かうデルフィーノ中尉だが、急に立ち止まる。その背中目掛けて、カトリーヌがぶつかった。


「いきなり止まるなボケェ! 痛いじゃろうが!」


 急に立ち止まったデルフィーノ中尉に、鼻をさすりながら抗議する悪魔。だが、彼女の声など聞こえないようで、その場で考え込むデルフィーノ中尉。


「……なんか、妙だな」


 広場はまだ、爆破の混乱が続いている。救急機がひっきりなしに降りてきては、怪我人を乗せて病院に向かう。発生した火の手と舞い上がる粉塵を抑えるため、上空から消防艇が霧吹きのように水を撒き散らしているのが見える。


「……何が、妙なのじゃ?」

「いや、これほどの被害をもたらしたわりには、あまりにあっさりと犯人が割り出せたからな。どうにも話がうますぎる」

「何を勘ぐっておるのか知らぬが、悪さをする奴が、そこまで深く考えて行動などするわけがなかろう」


 悪魔がそういうのだから、その通りなのだろうと思いたいところだが、中尉には何か違和感を感じずにはいられないようだ。そんな中尉の元に、迷彩服をまとった隊員が数名、中尉の元に駆け寄ってくる。


「デルフィーノ中尉! 我が第6小隊は司令部より命を受け、これより中尉の指揮下に入ります! 直ちに、次の行動の指示を!」


 それを聞いたデルフィーノ中尉は、顔を上げて呟く。


「ここで考えていても仕方がないな。まずは、目の前の事態を収拾せねば」

「は?」

「いや、なんでもない。ではこれより、このテロ事件の容疑者の捕縛作戦を行う」

「はっ! 了解しました! ところで中尉殿」

「何だ」

「あの……その脇で浮かんでいる、黒いそれは一体……」


 事態収拾のため、中尉の元に集まった数名の隊員だが、やはり中尉の傍らに浮かぶ、あの黒い悪魔は異様に映るようだ。だが、中尉はこう返す。


「俺に取り憑いた悪魔だ、気にするな。それよりも、ここで作戦の概要を伝える。現地に着いたらまず、建物をスキャンし、その後……」


 気にするなと言われても、気にならざるを得ない言い方だと思ったであろう隊員らだが、大事な作戦を前に、中尉のこの言を受け入れてしまう。その場にて中尉の作戦が伝えられ、例の犯人が逃げ込んだとされる建物にたどり着く。

 そこは、石造りの古い建物。築100年は経っているであろうその建物には、表と裏の二箇所、出入口がある。数人の迷彩服の男らが、その出入口を固める。

が、ここで問題が起きる。


「だ、ダメです。電波が、通りません」

「なんだと? たかが石造りの建物だろう」

「いえ、この反応、明らかに建物内に電波吸収剤が塗布されております」

「で、電波吸収剤だと? なぜそのようなものが……」


 想定外の事態だ。電波を使って建物内をスキャンする機器が、電波吸収剤のおかげで使い物にならない。中の構造や人の存在が把握できなければ、隊員の安全を確保できない。だが、考えてもみれば、広場一帯を吹き飛ばすほどの爆発物を仕掛けられる相手だ。この程度のハイテク装備を所持していても不思議はない。

 しかし、これほどの装備は軍でなければ揃えられないはず。なにゆえ、そのような装備をテロリストたちは手に入れられたのか?


「困ったな。せめて、中に何人いるかだけでも分かるといいのだが……他に何か、使えそうな装備はないか?」

「はっ、あとは音源センサーくらいですが、これで位置を特定するには、ある程度の音を発するものでないと……」

「そうか」


 デルフィーノ中尉は困り果てる。ステルス対応の高性能スキャナーもあるが、それは今の司令部内にはない。遠く小惑星帯(アステロイドベルト)に展開する艦隊主力の旗艦にはあるが、今から取り寄せれば丸一日はかかる。とてもそれを取り寄せている暇はない。

 だが、傍らにいる黒い物体を見て、デルフィーノ中尉はふと思いつく。


「おい、悪魔」

「な、なんじゃ」

「お前、今、力は使えるか?」

「つ、使えぬことはないが……それが、どうしたんじゃ」

「そうか、ならば都合がいい」


 それを聞いたデルフィーノ中尉は、隊員の1人に指示を出す。


「音源センサーを稼働! これより一瞬だけ、人の居場所を特定する技を使う!その場所を把握すると同時に、前後から突入だ!」

「りょ、了解!」


 隊員らは、これから中尉が何をしようとしているのか分かっていない。そんな彼らの前で、デルフィーノ中尉はカトリーヌに言う。


「悪魔、出番だ。お前の、あの疫病の技を使え」


 だがこの悪魔、人間の言うことをすんなり受け入れるほど素直ではない。


(わらわ)に命じるなど笑止! せめて、そなたの魂ほどのものと引き換えねば、左様な要求には応えら……」

「例の溶岩焼きステーキと引き換えだ。まずはそれで十分だろう」


 それを聞いた悪魔カトリーヌは、不敵な笑みを浮かべながら扉の前に立ち、そして叫ぶ。


「わっはっはっ! (わらわ)は帝都最恐の悪魔にして、人間どもの恐怖の上に君臨する者!いざ、その力、見せてくれようぞ!」


 そう宣言する悪魔は、その扉に向けて手をかざし、そして力を込める。

 その次の瞬間、建物内から音が聞こえる。


「ハックション!」


 数人のくしゃみが、ほぼ同時に響く。デルフィーノ中尉のすぐ横にいる隊員が抱えるモニターには、いくつかの光点が表示された。


「反応、4! テロリストの位置を特定!」

「よし、全員突入!」


 それを見た瞬間、デルフィーノ中尉はその扉を銃で撃ち、蹴破る。

 それから、3分後。

 突入した隊員らが、中にいた4人の人物の身柄を確保する。内、1人はあの女神像の壺の中に爆発物を放り投げた人物であり、そしてこの建物内にいた彼らは全員、銃を所持していた。

 もし彼らの場所と人数を把握せずに突入していれば、犠牲者が出たであろうことは、間違いないだろう。


「へぇ、それであの事件の犯人は全員、捕まったのかい」

「実行犯はな」


 それから1時間後。デルフィーノ中尉は、あの悪魔とともに、ショッピングモールの中にあるあのステーキの店にいた。


「んで、この悪魔娘が活躍したってわけだ」

「いや、活躍と言うほどのことをしたわけではない。悪魔とハサミは使いよう、ということだ」

「おい! 誰がハサミじゃ!」

「おい嬢ちゃん、黙って食べないと、せっかくのステーキが冷めるぞ」

「なんだと!? それは勿体無い……はふはふ……」


 横でガツガツとステーキを食べるその悪魔を眺めながら、店主と中尉は会話を続ける。


「……で、3人が死亡、7人が重症、けが人多数。そんな事件に巻き込まれて、挙句に突入隊の指揮までやらされた。とんだ休日だったよ」

「まったくだな。でもまあ、テロリストが捕まって、よかったじゃねえか」

「いや、よくない。彼らはこの帝都の住人だ。そんな彼らがなぜ、どうやってあの爆発物や電波吸収剤などというものを入手できたのか。明らかにあれらは軍事物資であり、普通の民間人では手に入れられないものばかりだ。謎はのこったままだ」

「うーん、そうだなぁ。だけどまずはこの一件をすぐに解決できただけでも、良しとしなきゃな」


 悪魔のくせに活躍し、幸せそうにご褒美のステーキを頬張るカトリーヌを横目に、デルフィーノ中尉は考える。

 この事件だけではない。この帝都では、すでに3件のテロ、テロ未遂が起きている。特に今回は初めて、彼らの持ち込んだハイテク技術が使われた。


 この事実は一体、何を意味するのか?


 手に持った、琥珀色のバーボンの入ったグラスを眺めながら、デルフィーノ中尉は一人、不安な思いを抱えていた。

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