#2 日常悪魔
「ではこれより、定例会議を始める。今日の議題は、この地球1136より18光年先にある、第23021白色矮星域における連盟軍の動向についてである。皆の率直な意見を聞かせてもらいたい。ところでデルフィーノ中尉」
「はっ! 何でしょう、閣下」
「……頭上に浮かんでいるそれは、何とかならないのかね?」
ここは宇宙艦隊司令部の本部内にある大会議室。50人以上が集まる定例会議で、この若き士官は視線を集める。
いや、彼というより、その頭上に浮かぶ漆黒の存在に、その視線は向けられている。
「はっ。何とかしようと手を尽くしましたが、何ともなりませんでした」
「そうか……だが、一時的に隣の控え室で待っていてもらうこともできないというのか?」
「はっ。当人曰く、それも叶わないそうです。契約が結ばれるまでは、小官を離れられないとか。無理に剥がそうとしたのですが、あらゆるものを突き破り、小官についてきてしまうのです」
「いや、我々の立場では、悪魔と契約せよとはとても言えないな。だが、会議中に支障が出るのはまずい。大丈夫なのか?」
「会議中は騒がぬよう、手を打ってございます。お気になさらず、会議を続けて下さい」
「……そうか。では続ける。さて話を戻すが、この第23021白色矮星域の連盟側支配宙域には現在、2000隻の連盟艦隊の存在が確認されており……」
気にするなというのは、無理がある。昔、この帝都を恐怖のどん底に陥れたという悪魔が、この宇宙艦隊の中枢である司令部内の重要会議に加わっているのだ。気にならないわけがない。
だが、確かにその悪魔は、一言も発することなく、ただ空中に浮かんでいる。腕を組み、不機嫌そうな表情を見せてはいるものの、その会議の進行を妨げる動きを見せてはいない。
これは、この会議を遡ること30分前に、中尉が打ったある策が、功を奏している。
◇◇◇
「おい、悪魔」
「なんじゃ、妾を悪魔呼ばわりか」
「実際、悪魔なのだろう。お前一つ、尋ねたいことがある」
「ほぅ、ようやく契約に応じるつもりになったか?」
「いや、そうではない。もしもお前と俺が契約を結ぶことなく、俺が死んでしまった場合、お前はどうなるのだ?」
「その時は、妾はこの帝都を彷徨うことになるな。魂を得られぬ悪魔は、力を得られぬからな」
「そうか……では、代わりとなる新たな宿主とやらは、すぐに見つかるものなのか?」
「んなわけがなかろう。宿主になるには、妾にその名を告げてもらわねばならぬ。が、妾のこの姿を見て名を名乗る者など、そうはおるまい」
「だろうな。ならばお前に一つ、忠告しておこう」
「なんじゃ、忠告とは偉そうに」
「この後、重要な会議がある。そこでお前はおとなしくしていることだ。この調子で騒がれると、俺にとってもお前にとっても、良い結果を生まない」
「何じゃと? 妾に騒ぐなというのか!」
「そうだ」
「それが一体、妾になんの不利益を生むというのじゃ?」
「重要会議の場で騒がれると、俺はクビになる。そうなれば、食い扶持を失った俺は餓死するほかなくなる。そうなれば、お前は宿主を求めて彷徨う羽目になろう」
「はっはっはっ! そうなればそなたはこの司令部の者達を恨み、妾と契約するだけではないか! むしろ、願ったり叶ったりじゃ! ならば妾はそこで、大いに騒いでやろう!」
「馬鹿か、お前は。クビの原因を作り、俺のキャリア形成の邪魔をしたやつと、どうして契約しようなどと思うか? そうなったら、意地でも契約せず、お前が彷徨う様を思い浮かべながら何も食わずに死んでやる。その方が俺にとって一番望ましい姿だからな」
「う……」
「というわけだ。会議中は一切騒がない方がいい。さもないと、お前は永遠に帝都を彷徨う根無し悪魔になる。それを、肝に命じておけ」
「わ……分かったのじゃ……」
◇◇◇
極短い付き合いだが、デルフィーノ中尉はこの悪魔のことが少し分かってきたようだ。少なくとも、この悪魔はさほど賢くはない。そう見切られた悪魔は、まんまとこの脅しに屈してしまう。
で、不機嫌ながらもこの悪魔は、デルフィーノ中尉の頭上でふわふわと浮かんでいるほかない。彼女にとって、退屈きわまりない会議は続く。
「この2000隻の艦隊の今後の動向次第では、この宙域で戦端が開かれる恐れがある。場合によっては、ここ地球1136への侵攻もありうる。これについてどう思うか、皆の意見を聞きたい。」
バルトローメオ中将が、その議場に集まった将官、士官らに意見を求める。その求めに応じ、1人の人物が挙手する。
「デルフィーノ中尉か。何かあるのか?」
「はっ! 2000隻の艦隊の動向について、意見具申致します!」
「……いいだろう。貴官の意見を述べよ。」
「はっ。結論から言えば、彼らはすぐには動かないでしょう。しばらく静観するのが、得策かと思われます」
「その根拠は?」
「軍事行動の前には、何らかの哨戒活動を行うはずです。まず10から100隻の偵察艦隊が行動を開始する、これが連盟軍の常道であります。今のところ、まだその動きが見えておりません」
「それが私もそう思う。だが、いきなり動くということもありうる。その時は、どう動くべきか?」
「その際は、敵は真っ直ぐ、この地球1136につながるワームホール帯めがけて進軍を開始するはずです」
「確かに、そうだろうな」
「その時は、ワームホール帯周辺に駐留する我が艦隊主力をもって、この方向に向けて進撃し、迎撃することができます」
大型モニターに映る状況図のある部分をポインターで示すデルフィーノ中尉。だがそれを見た中将閣下は、声を荒げて応える。
「おい、どうして敵の進路から大きく外れた、そんな場所に移動する必要があるというのか?」
中尉が示した場所は、敵の予想進路から大きく外れた位置をしめしていた。白色矮星のすぐ脇を通る敵艦隊に対して、中尉はちょうど敵の進路から見て白色矮星とは反対方向である場所を指しているからだ。これでは、敵艦隊の進路を塞げない。
「はっ、その方が我々にとって、有利な位置だからです。」
「……どういうことだ?」
「この位置に進軍すれば、敵はちょうど白色矮星を背後に我々と構えることになります。その時は、我々はただ敵を白色矮星に向けて追い込む。高重力源である白色矮星を背後に抱える敵艦隊は、後退しようにもできない。場合によっては、敵艦隊の何隻かを白色矮星の重力圏に取り込ませ、落とすことができる。単なる砲撃戦よりは、敵に損害を与えられます」
「……なるほどな。だが、背水の陣という言葉もある。追い込まれた敵は、猛反撃してくることになる。そうなれば、かえって厄介ではないか?」
「追い込まれ必死な相手の方が強くなるという状況は、現代の砲撃戦ではあり得ません。必死になったからといって、砲の威力が増すというわけではありません」
「それはそうだが……」
「逆に言えば、敵の狙いも、恐らくはそれではないかと考えられます。彼らは我々を誘い、白色矮星に追い込もうとしている。あからさまに2000隻の艦隊を我々に分かるように配置しているのは、そういうことではないかと、小官は愚考いたします」
「そうだな。言われてみれば、敵の艦隊の動きがあからさま過ぎる。確かに、中尉の言う通りだ」
その後、会議はこの若き中尉の具申した意見に基づいて進められた……
「そなた、意外に賢いのじゃな」
会議が終わり、議場を出たデルフィーノ中尉に切り出す悪魔カトリーヌ。
「なんだ悪魔、褒めても契約などしないぞ」
「べ、別に素直にそう思っただけのことを言葉にしただけじゃ。妾が思ったままのことを、言うてはならぬと申すか?」
「いや、構わない。しかし、悪魔が素直と言ってもな」
「べ、別に生まれた時から、悪魔だったわけではない! いろいろあって、今の姿になったのじゃ」
「そうか、いろいろねぇ……」
「そ、そんなことよりもだ! 今からどこに行くのじゃ?」
「食事だ」
「はぁ!? そなた、また食堂に行くのか!?」
「昼食の時間だ」
「ふふ〜ん……」
「なんだ、妙に嬉しそうだな。俺が食事することが、それほどおかしいことなのか?」
「人間とはなんと不憫なものよ。食事をせねば、先を生きられぬ身体じゃからな」
「何を威張る必要がある。食事を楽しめない方が、俺は嫌だ」
「なんじゃと? 妾を馬鹿にするのか!」
「馬鹿になどしていない。人として、素直に思うことを言ったまでだ」
会議場から出るなり、突っかかる悪魔に受ける軍人。通路を歩く士官らが、その声に振り向く。
で、25階建ての司令本部ビルの10階にある食堂に到着する。壁一面窓ガラスな食堂からは、帝都の風景が一望できる。
司令部の食堂は、いわゆる社食のようなものだ。民間企業と何ら変わりはない。入り口付近には大型モニターが置かれ、そこに表示されたメニューから選択する。あるいは、自身のスマホで予め選んでおき、それをその大型モニターのてっぺんに当てる。すると、注文完了だ。
あとはそのすぐ奥にあるカウンターで待っていると、奥からロボットアームが食事を出してくれる。カウンター奥の厨房では、数体のロボットアームがせっせと注文順に調理を続けている。
そのロボットアームをあの悪魔は、まじまじと眺めている。悪魔でさえ、この人に有らざるものが調理する作業の様子が奇妙に映るようだ。これは、この地球1136に地球035が進出してきたばかりの1年前に、帝都の人々が示した反応そのものである。
「なんだ、気になるのか?」
その様子を見ていたデルフィーノ中尉は、カトリーヌに尋ねる。
「そ、そんなわけないじゃろう! このようなものを毎日、口にせねば生きられぬ不憫な人間どものことを思って、哀れんでおったところじゃ!」
「そうか。そうは見えなかったがな」
「何じゃと!? もういっぺん言ってみよ!」
「ロボットアームが作る、見たことのない料理。現在のこの星の住人ですら、まだ珍しい料理ばかりだ。ましてやお前は300年前から蘇った悪魔、なおのことこれが珍しいのではないか?」
「いや、そんなはずはなかろう!だいたい料理などというものを、妾は……んぐっ!」
「ほれ、いいから、食ってみろ」
頭ほどの高さで浮かぶその悪魔の口に、デルフィーノ中尉はフライドポテトを一本、放り込む。突然、未知の食べ物を放り込まれたカトリーヌは、しかしそれをもぐもぐと食べ始める。
「……どうだ」
「……ぷはぁ! って、何するんじゃいボケェ!」
「何って、フライドポテトを放り込んでみただけだ。」
「放り込んでみたって! ……というか、何じゃこれは?」
「イモだ」
「い、イモ? イモというと、あの土色で、煮てもバサバサした食感の、あの味気ない根っこのことか」
「そうだな、確かにあれは根っこのようなものだな」
「あのようなものが、こんなに美味いわけがないじゃろうが! 何を言うておるか!」
「と、いうことは、これが美味いと認めるわけだな」
「う……」
この悪魔にとってはおそらく、300年ぶりの食事だ。ほんのりと温かく、それでいて塩味の効いた、人が本能的に好む味付けのこの異文化の食材を、思わず美味いと表現してしまう悪魔。
「まあいい、とにかく、食事中に空中に浮かばれるのは迷惑だ。いいから、そこに座れ」
というデルフィーノ中尉の言に、なぜかすんなり従うカトリーヌ。彼女は中尉の座った席の向かいに腰かける。その顔は怪訝そうだが、マウスポインターのようなあの尻尾は、なぜかさっきから落ち着きなく、ひらひらと揺れている。それを見たデルフィーノ中尉は、フライドポテトの入った容器を彼女の前に差し出す。
それを見た瞬間、尻尾が突然、凛と張る。
「な、なにをする」
「お前の分だ。遠慮なく食え」
「何じゃと! 妾が、人間から施しを受けると思っているのか?」
「契約したがっていたくらいじゃないか。施しくらい受けても、問題ないだろう」
「う……た、確かに。そ、それじゃあ仕方がない、そこまで言うなら、食うてやらんでもない……」
と、口では嫌そうに受ける悪魔だが、尻尾は正直だ。ポテトを一本、口に含んだ途端、尻尾がリズミカルに揺れ始める。
「んん〜っ!」
300年ぶりの食事が、200光年彼方から運び込まれたこの星で最先端の食べ物とあっては、その落差に思わず声も上がる。それを見ていたデルフィーノ中尉は一瞬、にやりと微笑むと、自身の昼食に手を伸ばす。
そのポテトを一本一本、確かめるように頬ばる悪魔だが、元々、さほどの量が入っていたわけではなく、あっと言うまに平らげてしまう。すると今度は、デルフィーノ中尉の食べているものに関心が移る。
ちなみにこの時、デルフィーノ中尉が食べていたのは、たくさんのブロック状に切られたビーフにブロッコリが混ざった食べ物。その横にはパスタ。それをフォークでからめ取りながら口に運ぶ。その不思議な食べ物をその悪魔は不思議そうな顔で見つめていた。
「……なんだ、まだ食べ足りないのか?」
「い、いや、そんなわけではない。ただ、何を食べておるのかと気になっただけで……」
「しょうがないな。ほれ」
そういいながら中尉は、空になったポテトの容器に、ビーフ数切れとパスタをよそう。そして、余分にとってきたフォークをその脇に添える。それを見たカトリーヌは、やや顔を硬らせながら応える。
「お、おい、妾は悪魔であって、しょ、食事など必要では……」
「必要かどうかなど、関係ないだろう。食事とは、楽しむものでもあるのだからな」
それを聞いた悪魔は、特に反論することなく、その差し出された食べ物におそるおそる手を伸ばす。が、口に含むや、やはり尻尾が機嫌よく振れる。
「ぷはぁーっ! な、なんという美味か……人間の分際で、このようなものを口にできるとは、まさに悪魔的所業であるな」
悪魔に「悪魔的」と言われたかぁないと思いつつも、中尉はそれを聞き流しつつ食事を終えた。そして中尉はちらりと、周りを見渡す。
明らかに異形なこの悪魔の様子を、皆は食事しながら注目している。その漆黒の異様な風貌に似合わず、さきほどから妙にご機嫌な尻尾を見せびらかすこの悪魔の様子に、思わず見入っている。
300年ぶりの食事を満足のうちに終えたカトリーヌの表情は、心なしかご機嫌だ。それを見たデルフィーノ中尉は立ち上がる。そしておもむろにトレイを持ち上げる。
「おい、悪魔」
「な、なんじゃ」
「後片付けの方法を教えてやる。とりあえず、これを持て」
「はぁ!? わ、妾に片付けよと申すか!」
「人に食事を奢ってもらったのだろう。それくらいするのが礼儀だ」
「悪魔に、礼儀など不要じゃ!」
「じゃあ2度と、食べさせてやらないぞ」
「う……し、仕方ないなぁ、それじゃあ、今回だけじゃぞ……」
この悪魔、根っからの魔物というわけではないらしい。中尉の言葉にいちいち文句を言いながらも、結局はそれに従う。
「で、このトレイをここに置くんだ。すると、あとは勝手に奥でロボットが仕分けてくれる」
「なんじゃ、それだけか。実に簡単じゃのう」
食器を入れたトレイをコンベアの上に置くと、それは奥に運ばれ、そこで待機しているロボットアームが受け取る。それは器用に食器類を仕分けながら、トレイを片付けていく。
「こんなことくらい、妾にやらせなくとも、自分でやればよかったではないか」
「何をいうか、次からは自分で注文して、自分で片付けるんだ。こんなことくらいもできなくてはこの先、食事もできないだろう」
「いや、妾は食事などせずとも……」
真っ黒な顔をやや赤くしながら、口では拒絶気味なこの悪魔も、尻尾だけは正直だ。次からは自分で注文、という言葉を聞いた途端、ひらひらと踊り出す。
これを見たデルフィーノ中尉は、思う。
悪魔とは、人の欲や不安につけ込み、それを巧みに膨らませて、その者を悪事に誘う存在である。
その悪魔の食欲につけ込み、中尉は餌付けすることに成功した。
つまり自分は、悪魔を出し抜いたのだ、と。




