表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/16

#1 未契約悪魔

 帝都の外れ、倒壊寸前のこの教会の壁際に、蝋燭の灯がともされている。


 荒削りの黒曜石で作られた祭壇の左右には、銅製の香炉が2つ、祭壇の手前には3つの鏡台、そしてその祭壇の向こうの壁には、円形の幾何学模様と無数の古文字。3つの鏡台の前にはそれぞれ、黒い法衣を纏った男が3人立っている。

中央の1人が、短剣を片手に持ち、手に持った香をその短剣で削り出しては、左右の香炉に焚べる。真っ黒な煙が上がると、中央の男は何やら呪文めいた言葉を呟く。


「……ウムダイモニ、ウテア、ウブオヴァソアネ、ワファガマヤ、イビオベド ナイムギガヤ ウムリロ カンヴァリラテガ ウブオヴァ アヴァンツベンシキウィア。ウビザウムハマガロ、ウァニザヌイズカ ザンガ……」

(……疫病、地震、火災、飢饉を呼び寄せ、かつて地上で数多の人々を恐怖に陥れた最恐の悪魔よ。我の呼びかけに応じ、我が魂と引き換えに……)


 こんな真夜中の廃屋での異様な儀式は、その壁に描かれた魔法陣のような紋様に向けて粛々と進められ、この静かな廃教会の中で、やや熱を帯び始めた男の詠唱がこだまする。


 人目を忍んで夜更けに行われているあたり、およそ真っ当な目的であろうはずがない。やがて蝋燭の炎が隙間風により大きく揺れ、その紋様に触れた。と、途端に壁の紋様に火が回り、壁が一面、青白い炎に包まれる。


「おおーっ!」


  それを目の当たりにした3人の男達は、一斉に声を上げる。やがて炎は消え、黒焦げの壁がひび割れ、そしてその奥から突然、真っ黒な腕のようなものが飛び出す。その腕は中央の男の首を掴む。そしてさらに壁からはバリバリと音を立てて、真っ黒な身体が飛び出す。

 頭には水牛の角、炭のようなつや消しの黒い肌を持つそれは、まだ埋もれた下半身を引き出さんと、左腕を壁に突き立てて押し出す。そしてついにその全身が、壁の奥から現れる。


「……(わらわ)の封印を解き、永き眠りを呼び覚ますは、(なんじ)の仕業か……」


 首根っこを掴んだまま、その漆黒の異形の者は、男に問う。


「いかにも、あなた様を300年もの眠りより呼び覚ますは、我が本懐なり」

「では問う、(なんじ)、その魂を(わらわ)に捧げ、大難を起こすと望む者か?」

「左様、我が命と引き換えに、腑抜けた帝都の貴賎の者どもに鉄槌を食らわし、再び帝国に威光と繁栄を取り戻すべく、そなたを復活させた」

「ならば(わらわ)と契約し、その魂と引き換えに、(なんじ)の願いを聞き入れよう」


 その呼びかけに、男は黙ってうなづく。


「よかろう! (わらわ)は大悪魔カトリーヌ・バートリー! かつてこの国に4つの災難をもたらし、国中を死の淵に追いやった悪魔! (なんじ)の名と、その願いを述べよ。それにより、(わらわ)と契約し……」


 いよいよこの儀式もクライマックスとなり、カトリーヌと名乗る悪魔はこの男の首元にもう一方の手も伸ばし、両手で首根っこを掴んだ。そして、まさに力を込めた、その時だ。

 突然、後ろのドアがバンと音を立てて吹き飛ぶ。


 現れたのは、黒づくめの服に、黒いヘルメット、右手には銃を持った男が2人。このボロ教会のドアを蹴破ると同時に、ものも言わず祭壇前の3人の男に素早く迫る。


 一瞬の出来事だった。3人は事態の把握もままならないまま、振り向きざまにその2人の男らに殴られ、失神し倒れていく。その2人は手に持った懐中電灯で倒れた3人の男達を確認し、その掌にスマホのようなものをあてると、リーダーらしき男が無線機を取り、告げる。


「デルフィーノより作戦本部! テロリストのアジトに潜入、手配中の男3人の身柄を確保! 送れ!」

『こちら作戦本部。転送された指紋情報を照合、手配中の3人と確認』

「了解、これより回収班に引き継ぎ、撤収す……」

『……どうした中尉、応答せよ!』

「誰だ、こいつは……?」


◇◇◇


「おいっ! さっさと(わらわ)と契約せよ!」


 ドンと机を叩く音が響く。だがその向かい側にいる男はその悪魔からの抗議にまったく耳を貸さず、別の人物からあるものを受け取っていた。


「そうかお札か……だが、正直言ってこれも、あまり効果があるようには見えないな」

「それを売っていた神殿によると、本来これは悪魔祓いではなく、霊避けの類いらしいですからね」

「まあいい、やれるだけのことはやろう」


 受け取ったそれを手に持つと、その人物は振り向きざまに、先ほど抗議してきた相手の方を向く。


「おう、やっと契約するつもりになったか! ではその魂を……って、痛ぁっ!」


 男は振り向きざまに、その相手の額めがけて、先ほど受け取った札のようなものを勢いよく貼り付ける。張られた相手は、思い切り引っ叩かれたその額を抱えて、テーブルの上で悶えている。


 その悪魔の姿は、どう見ても異様だ。

 肌が全身、真っ黒。それも、まるで炭のような艶消しの黒。おまけに着ている服まで黒い。

 長い黒髪で覆われた頭部には、水牛の角のようなものが見える。そしてお尻のあたりからは、まるでマウスポインターのようなヤジリ型の先端を持ち、電気コードのような細長いものが生えている。今それは、ピクピクと痙攣したかのように震えている。


「……どうだ?」

「どうだ、ではないわ! 何するんじゃボケェ! 痛いじゃろうが!」

「なんだ。やはり今回もダメか」

「こんなもの貼られたくらいで、(わらわ)が消えるわけないだろうが! (わらわ)を誰だと思っている! 大悪魔じゃぞ、大・悪・魔!」


 怒り狂ったその黒い相手は、額に張られた魔除けの札をひっぺがすと、床に叩きつけてげしげしと踏みつけている。


「困ったな。こんなサキュバスのようなやつにいつまでも取り憑かれていたら、軍務に支障が出る。何とかしないとな」

「そうですね。昨日のあの作戦以来、ついてきちゃったんですよね」

「まさか、手配中のテロリストが悪魔復活の儀式をしてる最中とは思わなかったからな。おまけに、本当に悪魔が現れるとは。もう少し早く踏み込んでいれば……」

「おいっ! さっきから聞いていれば、(わらわ)は厄介者か!?」

「ああ、厄介極まりない存在だ。どこへ行ってもまとわりついてくる。突き放そうとしても、扉や壁を破壊してついてきてしまう。これではもはや、強制ストーカーだろう」

「サキュバスだのストーカーだの、何を言っておるんじゃ! (わらわ)はかつてこの帝都を絶望の淵に陥れた、伝説の大悪魔なのじゃぞ!」


 ぷんすか怒りつつ宙に浮き、まだ痛む額を摩りながら、デルフィーノ中尉の顔の前で抗議を続けるその自称悪魔を、中尉は冷めた目で見つめながら、テーブルの上にある紙コップに入った紅茶を飲む。


「……では聞くが、そんなすごい悪魔が、なんだって倒壊寸前の教会の壁なんぞに閉じ込められていたんだ?」

「そ、それは、帝国教会の大司教に騙されたんじゃ。教会内に入ると突然、天井が剥がれてきて(わらわ)を壁に叩きつけて……そこから、あの3人の男らが(わらわ)を呼び起こすまでの間、ずっと眠らされておったのじゃ」

「なるほど、そうか。つまり土壁でプレスすれば、お前を再び封じ込められるわけか」

「そんなわけがなかろう! あの壁にはおそらく、封印のための紋様か何かが書かれておったのじゃ! でなければ、(わらわ)が土壁ごときに封じられるわけがなかろうが!」

「そうなのか。では、その紋様とやらがどういうものか、教えてくれないか?」

「知るかボケェ! 知ってても、教えるわけがなかろうが!」

「はぁ……困ったな……」


 腕を組み、怪訝な表情でその黒い悪魔を見つめる若き中尉は、自身に降りかかった事態に困惑している。自らが立てた作戦の陣頭指揮を行い、突入したテロリスト犯のアジトに突入してみれば、そこには未契約の悪魔がおり、目を合わせて以来、執拗に契約を迫ってくる。当惑しないほうが、どうかしている。


 しかもこの悪魔、女だ。口調からして「(わらわ)」といっているし、髪の毛も長く、顔もどことなく可愛らしくみえる。


 だが最初、デルフィーノ中尉にはこの悪魔が女には見えなかった。口は悪いし、なによりも絶望的なほどに胸がない。声変わり前の少年だと、初めは思っていたようだ。


「なぁ、よく考えてみよ……(わらわ)の力を手にすれば、あらゆることが叶うのじゃぞ?」

「だが、それと引き換えに、俺の魂を奪うのであろう?」

「当たり前だ。悪魔との契約じゃぞ。魂と引き換えるのは当然であろう」

「ならば、その命と引き換えにするほどの価値のあることが、お前にはできるというのか?」

「そうだな……例えば、この帝都中に黒死病を流行らせることができる。(わらわ)はかつて、この帝都に黒死病を蔓延させ、人々に死の恐怖を植えつけたことがあるのじゃ」

「黒死病……それってつまり、ペストのことか。」

「かかれば全身が真っ黒になり、決して癒ることのない死の病じゃぞ? どうじゃ、恐ろしかろう」

「残念だが、ペストならばすでにワクチンが存在する。我々にとって、別に怖い病気でもなんでもない」

「うっ……ならば、火災はどうじゃ? (わらわ)の力で、貴族街を火の海に変えることができるぞ」

「貴族街には、庭木や木造の小屋が多いからな、確かに、火災には弱い。だが我々は、海水を20万キロリットル輸送できる消火専用船を数隻保有している。仮に帝都中が火事になっても、たちまち沈火することが可能だ」

「うっ……」


 悪魔が軍人の反論に押されている。


「だいたい、さっきから聞いていればなんだ。人々を混乱と恐怖に陥れる事案ばかりじゃないか」

「それはそうじゃ。(わらわ)は大悪魔なのじゃからな」

「そんなことを、人々を守るべき立場にある、宇宙艦隊司令部所属の作戦参謀が望むわけがないだろう。だから、お前との契約などするはずがない」


 この調子だ。この2人、まるで妥協点を見いだせそうにない。当然といえば当然だろう。方や、人々の生命と安全を保証するために存在する組織の一員で、方や人々の生命と安全を揺るがす存在。相入れられるはずがない。


「なあ、俺がいうのは変だが、いくら俺に付き纏ったところで、お前と契約するはずがない。さっさと見切りをつけて、他の誰かの元に行こうとは思わないのか?」

「何を言うか。目覚めて最初に聞いた名が、そなたの名前だったのだ。それゆえに、そなたと契約せねばならぬ身になったのだ。責任を取れ!」

「いや、知るかよ、そんなルール」


 司令部内の食堂の片隅で、悪魔と作戦参謀との痴話喧嘩が繰り広げられる。


 ちなみにこの男の名は、ブリス・デルフィーノ。24歳。地球(アース)035遠征艦隊司令部付きの作戦参謀。階級は中尉。


 そしてもう一方は、地球(アース)1136で最大の国家であるスヴェラン帝国の帝都モンテ・リマールの郊外の廃教会で、300年の眠りから覚めたばかりの、カトリーヌ・バートリーという名の悪魔。自称、300と19歳。


 この若き作戦参謀にとって、波乱は始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ヒロインがまさかの悪魔。面白くなりそう!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ