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#16 奇跡悪魔

 その全裸のカトリーヌを両手で抱え、デルフィーノ中尉は叫ぶ。


「医務室、並びに主計科に連絡! 人命救助、急げ!」


 何が起きたのかは、よく分かっていない。ただ、分かっていることが二つある。

 一つは、デルフィーノ中尉の魂は抜かれていないこと。そして、カトリーヌが「悪魔」ではなくなったことだ。


「倒れた者がいると聞いて参りました……って、ええーっ! なんで全裸の女の人を、中尉が抱えているんですか!」


 先に現れたのは、主計科の女性士官、レオンティーナ少尉だった。


「こいつはカトリーヌだ。先ほど、悪魔契約を結んだ。その結果、敵に大損害を与えたのだが……」

「そ、それじゃあ中尉、まさか魂を……」

「そうだ。俺の魂と引き換えに、分艦隊の危機を救ってもらったつもりが、逆にこいつが悪魔ではなくなってしまった」


 そう、あの漆黒の肌ではなくなったものの、顔形はカトリーヌだと分かる。


「ともかくだ、悪魔の力を使い果たした途端、こいつは床に落下した。医務室に連れて行く。が、この通りの状態だ。何か、掛ける物はないか?」

「ええと……そういえば、艦長のこれ、借りてもよろしいですか!?」

「えっ? あ、ああ、構わない」

「では、お借りします!」


 そう、艦長席にはひざ掛けの毛布が置かれていた。それをレオンティーナ少尉は奪い取るように艦長の膝の上にあったそれを引っ張ると、カトリーヌの身体に巻き付けた。


「医務室へ向かいます!」

「あ、ああ、そうしてくれ」


 デルフィーノ中尉は艦長にそう告げると、レオンティーナ少尉と共に艦橋を出る。と、そこには担架を抱えた看護師が二人、いた。

 その担架に乗せられたカトリーヌは、すぐに医務室へと運ばれる。そこで医師が診察する。


「……気を失っとるようだが、生きてはいるよ。大きな怪我もないし、内蔵も骨も異常なしだ。ただ、血糖値が相当低い。今、ブドウ糖注射をした。これで回復するだろう」


 カトリーヌは、どうやら全身の力を使い果たしたようだ。無理もない。4000隻もの敵艦艇を消し去るほどの威力を放出したのだから。

 だが、どうにもおかしい。

 悪魔との契約によれば、契約した者の魂が抜き取られ、それが力に変換されるはずだ。

 しかし今、中尉の目の前にいるのは、どう見ても人間に戻ったカトリーヌだ。奇妙な話もあったものだ、悪魔と契約して、結果的に悪魔が悪魔でなくなった。

 当初、出会った時は319歳だと言っていた。300年ほど眠りについていたから、実質的には19歳、いや、復活して日も経つ。そろそろ20歳を超えてるくらいか?

 だが、見た目はこちらの星の誰よりも若く見える。背が低いからだろう。しかし、確実に心臓は脈打ち、肌の血色が戻りつつある。が、意識が戻らない。

 その最中、艦内放送が鳴り響く。


『達する、艦長のナルディーニだ。敵艦隊は潰走し、すでに我が連合側支配圏より離脱した。これを受けて艦隊総司令部より、戦闘終結宣言が成された。戦闘用具、納め。戦闘態勢を解除せよ』


 戦闘終結を知らせる艦長の言葉が、ここ医務室にも響いた。が、艦内放送は続く。


『なお、デルフィーノ中尉は直ちに艦橋へ戻れ。タルデッリ少将閣下より、直接通信が入っている。以上だ』


 なんと、タルデッリ少将より通信が来たと聞いた。デルフィーノ中尉としては、木を失っているカトリーヌのことが気がかりだが、上官からの通信だ、戻るしかない。


「レオンティーナ少尉、すまないが、俺は少将閣下との通信に出るため、艦橋へ向かう。後のことは、頼んだ」

「はい、承知しました」


 患者衣を着せられ、すっかり人間に戻ってしまったカトリーヌを横目で見つつも、デルフィーノ中尉は軍帽を被り、医務室を出た。そして、艦橋の通信機に向かう。

 再び、直接通信で顔を合わせる両者だが、切り出したのはタルデッリ少将の方だった。


『思った通り、貴官が悪魔と契約して事態の打開を図ろうとしたと聞いた。が、なぜか命を失わず、逆にあの悪魔の方が人間に戻ったと聞いたが?』

「はい、おっしゃる通りです。何が何だか……」

『そうか……まあいい、無事で何よりだ。いずれにせよ、敵艦隊は4300隻もの損害を受け、撤退していった。半数近くを失い、しばらくの間は戦う力も気力もなくしたことだろう』

「よ、4300隻、でありますか?」

『敵にしても、何が起きたのかまったく理解できていないであろうな。それは、味方も同様だ。ともかく一度、小惑星帯(アステロイドベルト)まで後退した後、戦艦パレストロへ入港せよ』

「はっ、了解いたしました」

『ともかく、これより戦闘報告だ。あの戦果を、なんと報告すればよいのやら……信じてはもらえぬだろうが、一応、正直に報告するつもりだ』


 空前の大勝利だというのに、頭を抱える羽目になったタルデッリ少将との通信は、これで切れた。サバティーニ大将に、悪魔の力だと話して果たして通じるものだろうか? しかしだ、サバティーニ大将自身、悪魔カトリーヌの姿を見ているし、そもそも今回の戦闘記録では、通常の砲撃では説明のつかない強力な攻撃だった。

 さすがの大将閣下も、納得せざるを得ないだろう。

 そんなことよりもだ、デルフィーノ中尉にとっては心配なことがある。

 そう、カトリーヌだ。気絶したまま、目覚めないのではないか? 嫌な思考が頭をよぎりながらも、中尉は再び医務室へと戻る。


「か、身体が、重い……」


 ところがだ、戻ってみれば、カトリーヌは目を覚ましていた。


「なんだ、カトリーヌ。目を覚ましていたのか」

「目が覚めた途端、身体が重くてちっとも宙に浮かぬ。(わらわ)は、どうなっとるんじゃ?」

「理由は分からないが、お前、悪魔ではなくなったようだぞ」

「なっ!」


 震える手を持ち上げつつ、それを眺める。漆黒の肌が、ごく普通の褐色肌に戻っている。

 カトリーヌの故郷は、南国だ。そこではごく普通の肌の色に、彼女の身体は染まっていた。つまりこれは、カトリーヌが人間に戻ったことを示している。


「うう、(わらわ)は悪魔ではなくなったと申すか。この先、何のためにこの世におればよいのじゃ」

「何を言っている。今まで通り、溶岩焼きステーキやらパフェやらを食べて、動画サイトでも見ていればいいだろう」

「おお、そうであった! ステーキが食いたい! が、身体がいう事をきかないのじゃが」

「長い間、筋力を使ってなかったツケが来たのだろう。なあに、生きていれば、いずれ動かせるようになる」

「簡単に申すな。にしてもなぜ、デルフィーノは生きておるのじゃ?」

「それも分からん。はっきりしていることは、俺の魂の代わりに、お前の悪魔の力が失われた、ということくらいだ」

「うむー……少し、人間になじみ過ぎたのが悪かったのじゃろうか。食事や睡眠、それに風呂に娯楽、悪魔が堕落されたおかげで、人間になってしもうたと、そう申すか?」

「さあな。どちらにせよ、はっきりしているのは、再びお前と会話できるようになった、ということだけだな」

「そ、そうじゃな……」

「なんだ、嬉しくないのか?」

「嬉しいなどという以前に、身体がいうことをきかん」

「300年分の怠惰が招いた報いだ。リハビリして、治すんだな」

「はぁ!?」

「まあ、声がこれだけ元気なら、すぐに人並みに動けるようになるはずだ」

「くそっ、人間風情が、言いたい放題言いおってからに!」

「そういうお前も、人間風情になったんだぞ」


 デルフィーノ中尉が、元・悪魔の前で笑い飛ばす。それを気に入らないとばかりに怒り散らすカトリーヌ。

 だが、そんな二人だが、決して心底嫌いあっているわけではない。

 むしろ、互いに生き残れたことを、心の奥では喜んですらいた。


◇◇◇


「やはり、前回も今回も、あの総司令官の仕業だったのか」


 第23021白色矮星域会戦の報告書が、本星の軍司令本部に届いた。

 前回も、嫌疑はあった。が、遠征艦隊総司令官という地位で押し切られた。

 が、今度ばかりはそうはいかない。

 明確に、あの総司令官が追撃戦の際に、艦隊の一部を前進させるという暴挙に出ていたことが記録されていたからだ。それは、前回の戦闘記録の不十分さを補うべく、極秘に取り付けられた、二重の記録装置があったからだ。

 一方は、あの総司令官によって不都合な部分は消されていた。が、そのコピーが戦闘時の全記録を温存していたことなど、知る由もなかった。

 その記録を受けて、サバティーニ大将は本星にて軍の最高機関、および地球(アース)035軍務大臣による軍事裁判にかけられた。


「タルデリッタ少将は見事、敵を壊滅させたではないか! その作戦を実行した私がなぜ、このような裁判にかけられるのか!?」

「結果的に、というだけで、一つ間違えれば壊滅的打撃を受けることになった杜撰な作戦だ。現に前回、多数の犠牲者を出している。戦いの結果だけをもって、今回の作戦行動の責任を判断するわけにはいかない」


 前回のことも含めて、この大将閣下は裁かれる羽目になった。そして、裁可が下される。


「サバティーニ大将の更迭、および軍法会議にて罪状を決めるものとする。なお前回、更迭されたアンブロ―ジオ少将の、遠征艦隊復帰を命じる」


 こうして、サバティーニ大将の不用意な采配による軍の損失について、公の場で裁かれることとなった。

 が、一方でこの裁判の場では、あの不可思議な現象についても議論された。


「にしてもだ、突出した艦隊から放たれたあの異次元レベルの砲撃は、なんだったのか?」


 その質問に対し、タルデッリ少将の報告書が読み上げられる。


「その分艦隊司令官であるタルデッリ少将が、たった一言ですが、奇妙な報告をしております。『300年前に帝都モンテ・リマールで人々を恐怖に陥れた悪魔の力が復活し、我が軍に甚大なる勝利をもたらした』と」


 それを聞いた議場は、にわかに騒がしくなった。


「悪魔……だと? そんな非科学的なものが、存在するのか?」

「それについては、戦艦パレストロの射撃場での詳細な実験データがあります。なんでも、ワームホールを作り出すことができるほどの、底知れぬ力を有した悪魔だったとか」


 その実験風景の映像も、この議場に映し出された。


「信じられん……だが、ワームホールを作り出せるくらいならば、あの程度の力は当然、というべきか」

「恐るべき力だ。しかしこれは、この先も我が艦隊の切り札になりうるかもしれん」


 軍上層部が、その実験結果と映像を見つつ、口々に意見を述べる。

 が、そんな彼らを落胆させる知らせが、直後にもたらされる。

 それは、まさにその悪魔の実験を行い、今回、特別にこの場に招致されたドゥルベッコ技術大尉の言葉だった。


「報告申し上げますぅ。その悪魔ですが、残念ながらこの攻撃を最後にすべての力を使い果たしてしまい、人間になってしまいましたのですわぁ」


 緊張感のない言葉遣いのこの技術士官からの報告を受けて、一同は一気に落胆した。

 そう、世の中はうまくいくものではないという、ごく当たり前の真実を彼らは叩きつけられる。自らの失策を他人に押し付けようとする責任逃れがいつまでもバレないわけがないということ、そして都合のよい力がそうそう簡単に手に入るものではないということを。

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