#17 人間的日常
連盟艦隊との戦闘後、サバティーニ大将が総司令官の職を解かれて本星に連れ戻されることになって、早半年が過ぎようとしていた。
あれ以降、連盟艦隊に大きな動きは見られない。時折、偵察艦が遠めに連合側の支配域を観測することがあるくらいで、中規模艦隊による挑発行為などは影を潜めている。
よほど、前回の戦いでの損害が効いたらしい。おかげで、デルフィーノ中尉の職務は時折、接近してくる偵察艦に関する考察を行うくらいで、退屈な日々を過ごしていた。
いや、一つ、訂正がある。
今は、デルフィーノ「中尉」ではなく、デルフィーノ「少佐」だ。軍司令部では彼の命がけの「功績」に応え、来月にも「中佐」への昇進が決まっている。
実際、死んだわけではない。が、まさに自らの命を顧みず、悪魔に魂をささげて軍の危機を救おうとしたその功績に対し、まさに戦死した者に与えられる「三階級特進」を生きながらにして受けることとなった。
いや、無論、それだけで特進が決まったわけではない。サバティーニ大将によって押し付けられた500隻もの艦隊指揮を、中尉でありながら見事にこなした手腕、そして冷静沈着な作戦参謀としての判断力、これらも考慮されての昇進でもある。
「おうおう、昇進したおかげで給料が増えたばかりか、住まいまで広くなったのう」
それを嬉々として喜んでいるのは、悪魔……ではない、元・悪魔のカトリーヌだ。
「おう、元悪魔の嬢ちゃん、人間になってからも、言い食いっぷりだな」
「当たり前じゃ。妾を誰だと思っておるか」
「誰だって……もう悪魔でも何でもないから、デルフィーノ少佐の奥様、ってことくらいか」
「うぐっ……」
かつてはバートリー王国の王女であり、その時に国を滅ぼされた恨みで悪魔になり、300年も封じ込められた挙句によみがえった途端、対テロ対策に当たっていたデルフィーノに取り憑いた未契約の悪魔。そして、契約を履行するや、人間に戻ってしまったカトリーヌは今、溶岩焼きステーキの店で分厚い肉をナイフでゴリゴリと切りつけているところだ。
その向かい側には、すでに肉を食べ終えてワインを片手に元・悪魔の様子を笑みを浮かべながらじーっと見つめる男がいた。そう、デルフィーノ少佐である。
「おい、ブリスよ」
「なんだ」
「あまりこちらを、じろじろと見るでない」
「なぜだ? 幸せそうに肉を食らっている自分の妻を、眺めて何が悪い」
「わ、悪いとは言っておらぬ! ただ、恥ずかしいだけじゃ」
「ほう、元・悪魔が、恥ずかしいと?」
「うるさいわ! にしてもブリス、お前、小食過ぎではないか?」
「お前が食い過ぎなだけだ」
とまあ、相変わらず遠慮の欠片もない会話を繰り広げるこの二人。実はリハビリを終えた後に、そのままの流れで夫婦となってしまった。
人間になったとはいえ、さすがは元・悪魔である。驚異的な勢いでリハビリに励み、なんと一週間ほどで退院し、杖なしでも歩けるほどになっていた。が、家族どころか国も失い、帝都に行っても住むあてもないカトリーヌは、結局、デルフィーノ少佐のもとで暮らすほかなかった。
無論、二人を縛り付けていた3メートルの縛りはもう存在しない。カトリーヌは自由を得て、一人でショッピングモールに出向くこともあるほどだ。が、ひと月以上も寝食を共にしていたこともあり、結局はこの二人、共に人生を歩む決断をあっさりと下してしまう。
そして、週末ともなればおのずと3メートル以上離れようとしない、おしどり夫婦となっていた。
「ところで、良いのか、ブリス」
「何がだ」
「お前、今度は艦長になるというではないか。それも、10隻を率いる指揮官も兼ねると聞いたぞ」
「それはその通りだが、誰から聞いた?」
「あの男じゃ。いや、男か女か分からんしゃべり方をする、ドゥルベッコというやつじゃ」
「なんだお前、あの技術大尉とまだつながりがあるのか?」
「なんでも、妾には完全に悪魔の力が失われたわけではないらしく、それを調べたいとしつこいのじゃ。先日、戦艦パレストロに立ち寄った際に検査を承知してしまったのが失敗じゃった。わずかに漏れる重力子とやらを検知されてしまい、何やら興味津々で妾につきまとってくるのじゃ」
「そんなこと、あったな。意外にもまだお前は『悪魔』なのだな」
「何を言うとるか。食うもんも食わねば生きられぬし、おまけに歳をとるようになってしもうた。今はさしずめ、20歳になったところかのう」
「320歳だがな」
「……その言い方、気に障るのう。300年は封じ込められ、眠りについておった。その分はなしじゃろう」
「とはいえ、生まれは今から320年前なのだから、320歳であることは事実だろう」
「ほれ、だから心配しとるんじゃ。お前のようなクソ真面目で融通の利かぬものが、10隻もの指揮官になってよいのか、とな」
「500隻を指揮したこともある。何とかなるだろう」
「よう言うわ。妾がおらなんだら、今ごろはあの宇宙の果てで消されておったかもしれんのに」
「お前も、俺に取り憑いていなければ、今ごろはこんな料理に出会えなかっただろうがな」
「ゔる゙ざい゙! よくも妾を堕落させてくれたな!」
「お前が勝手に堕落したんだろうが」
互いに罵り合っているようだが、言い換えればこれは、互いを信頼している証でもある。
「そんなお前に、さらに堕落させるあるものを持ってきたぞ」
そう言いながら、少佐はポケットからあるものを取り出す。
「なんじゃ!? 新手の食い物か? それとも、最新のスマホか?」
「そんな品のないものじゃない。お前にはもったいない、やや上品なものだ」
そういって、取り出した箱を開く。そこには、赤い色の宝石の付いた指輪が、納められていた。
その赤い光に、カトリーヌは見とれてしまう。
「はぁ~、なんだかきれいな石じゃのう」
「ルビーだ。お前たしか、夏生まれだと言っていたから、誕生石としてもふさわしいと思ってな」
「誕生石? そんな風習が、ここにはあるのか」
「まあいいから、付けてみろ」
そう言って、デルフィーノ少佐、いや、ブリスは妻であるカトリーヌ・デルフィーノの左手の薬指に、それをはめた。
「おお、なかなかよいではないか!」
「どうだ、悪くないだろう」
だが、ここでカトリーヌの表情が変わる。
「ふっふっふっ……この石のおかげで、妾も悪魔の力を取り戻すやもしれぬぞ。いや、いいものを手に入れたものじゃ」
「行っておくが、ルビーにそんな力はないぞ」
「分からぬぞ? なんでも赤い石は、魔力が込められているという話もあるぞ」
「迷信だな、それは。にしてもお前、そこまでして悪魔の力を取り戻し、さらに悪事を積み重ねたいのか? ますます地獄行きは免れんぞ」
「ブリス、お前も同罪じゃろう。なにせお前は、4300隻、43万もの敵兵を倒した極悪人じゃ。夫婦そろって、地獄行きじゃな」
「違いないな。しかも俺は悪魔を堕落させるという、ある種、さらに重篤な罪をも犯しているからな」
奥では溶岩プレートの上で焼かれる肉が、香ばしい匂いを漂わせている。その下では炭による炎がプレートを熱し続けている。だがそれは、いずれこの二人が堕ちるであろう地獄の業火と同じ炎をまとっているのかもしれない。
だがこの夫婦ならば、たとえ地獄の業火の中でも、互いに笑いながら歩みそうだ。
(完)




