#14 悪魔的追撃
大気圏を離脱した駆逐艦0020号艦は、主機関である重力子エンジンを高出力を維持したまま、虚空の暗闇を進んでいた。
地上での騒がしいテロ騒ぎや、あの一時の穏やかなカフェの記憶は、すでに遥か後方へと追いやられている。窓の外に広がるのは、ただ冷徹に煌めく星々と、行く手を阻むように横たわる小惑星帯の無数の岩塊群だった。
ここには艦隊主力が集結していたが、連盟軍接近の報を受けて、全艦が引き払っていた。
「宇宙というところは、いつ見ても退屈な場所じゃのう。暗い闇と、岩ばかりではないか」
「その岩ばかりというのが問題だ。ここにはついこの間まで、我が艦隊が集結していたのだぞ。お前も覚えているだろう」
「うむ……あの時は、妙なやつにいろいろといじられていたような記憶があるが」
艦橋の端で、相変わらずデルフィーノ中尉の頭上をぷかぷかと風船のように浮遊しているカトリーヌは、退屈そうに尻尾の先をパタパタと揺らしていた。中尉は彼女の言葉を聞き流し、手元の作戦端末に映し出される航路図を睨みつけている。
駆逐艦0020号艦は、およそ半日をかけてこの危険な岩の海を走破し、ワープポイントである「ワームホール帯」へとたどり着く。
「各員、これよりワームホールへ突入、白色矮星域へとワープする! 砲撃準備に備え!」
「超空間ドライブ作動、ワープ、開始します!」
艦長のナルディーニ大佐の号令が響き渡る。ワープ直後に、敵と遭遇し交戦状態になることが稀にある。このため、ワープの際には砲撃態勢で突入するのが慣例だ。そんな中、ワープが開始された。
次の瞬間、目の前が真っ黒に塗りつぶされた。次元の狭間を強引に突破する特異な空間を、しばらくの間、進む。
「おい、星が消えたぞ、どうなっておる!?」
カトリーヌにとっては、初めてのワープだ。漆黒の身体をしているくせに、ワープ空間である漆黒の闇に恐怖を覚え、デルフィーノ中尉の頭にしがみつく。中尉はその重みを感じながらも、寸分も視線を動かさずに正面のメインモニターを見据え続けた。
「ワープ、完了! 白色矮星域に到達!」
航海長の号令と共に暗闇が消え、無数の星が散らばる通常空間が再び姿を現した。目の前には、弱弱しい光を放つ白色矮星が見える。と同時に、レーダー手が叫ぶ。
「レーダーに感! 艦影多数、およそ一万! 距離、32万キロ!」
「光学観測はどうか!?」
「光学観測、艦色視認、赤褐色、連盟艦隊です!」
なんということか、すでに敵の艦隊は目前まで迫っていた。射程距離である30万キロまで、あと4分という距離にまで迫っていた。
艦隊主力と合流し、戦列に加わる。横一文字の横陣形を取りつつ、敵の接近に備えつつあった。
そこでデルフィーノ中尉は気づく。
やつらは、ただ2000隻で挑発を繰り返していただけではない。その陽動の裏では、一個艦隊を編成しつつ、一気にこちらの支配域に迫るための準備を進めていた。
こちらがテロリスト対策にうつつを抜かしている間に、敵はちゃっかりと艦隊戦の準備を進めていた。
なんという、間の悪さか。
「ワープアウトから戦闘開始まで、猶予はわずか4分だ。このまま、戦闘態勢を維持」
艦長は号令をかける。まもなく、戦闘に入る。
こちらの遠征艦隊一万隻も集結しつつあるが、まだ完全な戦闘陣形を組み終えていない。この最初4分間で先手を打たれれば、数で互角であっても、敵の方が万全の態勢だ。奇襲効果によって、場合によっては我が艦隊は壊滅的な大損害を被ることになる。
なんとしてでも、この最初の4分を防ぎ、味方が陣形を整える時間を稼がねばならない。
「通信士、戦艦パレストロのタルデッリ少将閣下へ暗号電文!」
デルフィーノ中尉は叫ぶ。これは、作戦参謀として与えられた権限の一つだ。通常ならば艦長の許可が必要だが、司令部付きの士官には、自身の上官への直接通信を行う権限が付与されている。
「中尉、回線接続しました。なんと通信しますか?」
「『意見具申、敵の出鼻を挫くため、戦闘開始と同時に、500隻の駆逐艦からなる攪乱部隊を急進させ、敵陣の側面に突入させるべき』と送れ」
中尉の発案は、戦術的には極めて危険な強襲作戦だった。だが、ただ手をこまねいていれば確実に被害甚大だ。
戦艦パレストロのタルデッリ少将へ送られた中尉の意見具申に対し、少将の苦渋に満ちた、しかし決断に満ちた返信がくる。
「『総司令部より、デルフィーノ中尉の作戦を了承の報あり。ただし、第1から第5駆逐艦戦隊を含む500隻の指揮権を、一時的にデルフィーノ中尉に委ねる。直ちに敵側面に回り込み、敵を攪乱せよ』、以上です!」
それは、前代未聞の作戦だった。500隻もの戦隊を、佐官でもない中尉が、指揮せよというのだ。通常であれば准将、最低でも大佐以上でなければ与えられない任務だ。
だが、考えている余地はない。
「通信士、少将閣下に電文、『 デルフィーノ中尉、直ちに任務を遂行致します』と送れ」
「はっ!」
通信が送信されると同時に、艦橋内が凍りついたような静寂に包まれた。
佐官でもない、ただの一作戦参謀に過ぎない「中尉」という階級の者が、この0020号艦を含む500隻もの分艦隊の指揮を任されることが決定した瞬間だった。連合宇宙軍の歴史上、ほとんど例を見ない事態だった。だが、今のこの劣勢化を前に、デルフィーノ中尉は決断する。
「おい、デルフィーノよ、お前、正気か? たかが500で、一万の軍勢に突っ込むなど、正気の沙汰ではないぞ。妾という最強の悪魔がついていながら、このような場所で犬死にするつもりか?」
カトリーヌがいつになく本気で怯えた声を出し、中尉の心を揺さぶる。しかし中尉はすでに下された命令を前に、覚悟を決めていた。
「総司令官からの命令だ。そうせよと命じられたなら、そうするしかない。それが軍隊というものだ」
中尉は即座に編成された戦隊への全通信網を開放し、500隻の全艦艇へとその声を響かせた。
「総司令部より、一時的に戦隊の指揮を担うことになったデルフィーノ中尉である。全艦、機関最大出力。我が戦隊は、これより敵艦隊右側面、艦隊密度が最も集中する座標X-094、Z-732へと回り込む。全艦、全速前進。全レールガンに、眩光弾を装填せよ!」
500隻の駆逐艦が一斉にその船首を巡らせ、高出力の重力子エンジンの青白い光を激しく噴射しながら、敵の巨大な横っ腹へと急行した。30万キロの距離が、猛烈な速度で縮まってゆく。
その間にも、艦隊主力同士の戦闘が開始された。
「艦隊主力、砲撃戦を開始しました!」
青白い無数の光の筋が、目前を横切るのが見える。ついに、戦いは始まった。
が、こちらもただ手をこまねいているわけではない。敵の右側面に取り憑いた。距離はおよそ、30万キロ。
ここにきて、中尉は叫ぶ。
「全艦、砲撃始め!」
「主砲装填、撃ち―かた始め!」
中尉の鋭い咆哮とともに、500隻の駆逐艦の先端から、眩い高エネルギー砲の充填光が放たれた。と同時に、これは敵に500隻の別動隊の存在を知らせることにもなる。
だが敵艦隊一万隻は、まさかこのタイミングで、しかもわずか500隻の小部隊が自らの側面に突撃してくるとは夢にも思っていなかった。むしろ、主砲装填で敵の右側面は、混乱に陥る。
そんな混乱の最中に、このわずか500隻の戦隊は一斉砲撃を開始する。
側面からの猛烈な不意打ちを受け、連盟軍の右側面の艦艇は大混乱に陥った。シールドの防御方向は前面からの攻撃には強いが、側面に対してはほぼ無力だ。数十隻の敵艦が爆発の炎を上げた。
「な、なんじゃいまのは! なんという激しい音じゃ!」
砲撃音に慣れていない悪魔が何か叫んでいるが、お構いなしに中尉は作戦を続ける。
「敵側面は混乱に陥った。全艦に伝達、あと三発だけ、砲撃を続ける。しかる後に、眩光弾を発射し後退する」
デルフィーノ中尉の計算通りの混乱だった。一万隻という巨体ゆえに、一度側面に生じた混乱はドミノ倒しのように艦隊全体へと波及してゆく。連盟艦隊はこれ以上の前進を維持できず、防衛のため、態勢の立て直しを図る。
それはつまり、こちら側、500隻に向けて砲撃を開始するということだ。
だが、そんなことは想定済みだ。500隻ができることと言えば、一時的な混乱を誘発することくらいだ。数発撃って、すぐに後退せねば今度はこちらがやられる。
数十隻の撃沈を見届けた中尉は、即座に命じる。
「全艦、眩光弾発射! しかる後に反転し、我が艦隊主力一万隻へと合流する!」
眩光弾とは、巨大な光と雑電波を発し、その名の通り、レーダーからこちらを眩ませるための弾だ。駆逐艦両側にあるレールガン発射口から一発づつ、その眩光弾が放たれる。十秒後には、巨大な光の球が現れて、敵艦隊から500隻を隠す。
見事な一撃離脱だった。500隻の分艦隊は損害を出すことなく、堂々と味方の主力艦隊の懐へと帰還を果たす。艦隊主力一万隻は、すでに完全な戦闘陣形を敷き、その無数の砲門を敵へと向けていた。
すでに敵は混乱しており、そこに一万隻の連合艦隊の猛攻が加わる。こうなるともう、後退するしかない。敵の思惑は、見事に挫かれた。
「デルフィーノよ、何か知らんが、勝ったのじゃな!? お前の言う通り、あの不届き者どもを追い出し、我が方の勝利が確定するのじゃな!?」
カトリーヌが嬉しそうに尻尾を振り、艦橋の窓を叩く。確かに、このまま確実な追撃戦に移行し、敵を味方の勢力圏からじわじわと追い出せば、我が遠征艦隊の勝利は完全に確定するはずだった。
が、その時だった。
通信士から、まさに全てを台無しにする総司令官からの命令が読み上げられた。
『総司令官から入電! 『これより潰走する敵を追撃する! タルデッリ少将麾下の分艦隊三千は、直ちに最大戦速で前進し、敵を追い詰め、できる限り多くの敵を壊滅せよ!』、以上です!」
その瞬間、艦橋の空気が完全に凍りついた。ナルディーニ艦長は絶句し、航海士たちは血の気が引いた顔で互いを見合わせた。
「総司令官閣下、その命令、前回の戦いの再来では……!?」
デルフィーノ中尉は、拳を握り締める。そしてそれを机に叩きつけた。
「お、おい、デルフィーノよ、どうしたというのじゃ!?」
悪魔カトリーヌは知らない。だがそれは、悪夢の再来だった。
つい1年近く前、この第23021白色矮星域において、サバティーニ大将が全く同じ状況下で下し、結果的に我が方に一万人以上の無意味な死傷者と大損害を与えた、あの無意味な突出追撃作戦の、完全なる再来だったのだ。
たとえ後退する敵でも、突出すれば狙い撃ちされるのは必然である。何より、敵はその数少ない敵に攻撃を集中すればいい。一万対一万の戦いが、一万対三千となる、ただそれだけのことだ。待っているのは、各個撃破だけだった。
前回もそれで、多くの犠牲を出した。
「総司令官閣下め、また、同じ過ちを繰り返す気か?」
中尉の瞳に、かつてないほどの激しい怒りと、冷徹な殺意が宿る。
「作戦参謀より総司令官閣下に打電! 分艦隊突出は、前回の艦隊同様、多大の犠牲を伴う可能性大、直ちに撤回されたし、と」
だが、通信士が送ったその意見具申に対する回答は、実にそっけないものだった。
いや、正確に言えば、無回答だった。
「総司令官より、返信なし!」
つまりだ、あの大将閣下は、前回の戦いから何も学んでいない無能だと、証明されたようなものだ。
「くそっ、また多大な犠牲を出すつもりか、総司令官閣下!」
それを聞いた悪魔が、中尉に尋ねる。
「おい、デルフィーノ。もしやその大将とやらは、同じ過ちを犯したというのか。まさに人の皮を被った大悪魔とは、よく言ったものじゃな」
両軍の命運を賭けた本当の戦いは、連盟軍ではなく、身内の「悪魔」によって、今まさに始まろうとしていた。




