#11 悪魔的内通
「中尉、爆弾の入手ルートが判明しました」
デルフィーノ中尉のもとに、一報がもたらされる。
「よく分かったな。で、どこからもたらされたんだ?」
「司令部内、第二倉庫。その奥にある採掘用の爆薬の一部が紛失していることが判明しました。今回の爆発の規模といい、中尉が目撃された爆発の様子からも、この爆薬が使われたことは間違いありません」
「だが……それはそれで大きな疑問があるぞ」
「そうです。なぜ、司令部内にあったものが持ち出されたのか。そして、それがこれまで見逃されていたのか、ですよね」
調査にあたっていたシェルビーノ少尉が、中尉が当然抱くであろう具体的な疑問点を上げる。そして、一冊の報告書をデルフィーノ中尉の前に差し出す。
「まだ、証拠不十分なため、憶測と未確定情報が混じった報告書です。その前提で、お読みください」
そう少尉が言うので、デルフィーノ中尉はその冊子を受け取り、中を開く。
「うむ、ちんぷんかんぷんじゃのう」
背後に浮かぶ悪魔にとっては、未知の文字で書かれた報告書を見てもこんな感想しか言えない。が、その内容をみたデルフィーノ中尉の顔色が変わる。
「……おい、この報告書に書かれた内容だが、確証はあるんだろうな」
「まだ証拠不十分、ですが、ただ一つだけ言えることがあります」
「なんだ、そのただ一つ、というのは?」
「そこに主犯と書かれた人物ですが、軍の暗号電文の一つに、テロ組織向けに放たれたものがあったのです。たまたまその暗号文を解読するキーコードが判明し、それを解読した結果、その名が現れたのです」
「おい、それが本当だとしたら、司令部の根幹をも揺るがすほどの大事だぞ」
「その通りです、とんでもなく大事になりかけている、というのが今の状況です」
この見えない会話に、カトリーヌが叫ぶ。
「おい、もっとわかるように説明せよ。何をしゃべっとるのか、さっぱり分からんぞ」
「いや、お前は知らない方がいい」
「はぁ? 何ゆえじゃ」
「間違って、お前の口からぽろっとその名が漏れれば、大変なことになる。それほどの重職の名が、この冊子には載せられているということだ」
「それゆえに問題なのは、それほどのお方を主犯と決定づけるための証拠と動機が必要だということです」
「その通りだ。ともかく、この冊子は極秘文書として、厳重保管を命じる。ところで」
「はっ!」
「この内容、どのあたりまで知られている?」
デルフィーノ中尉が知っているということは、当然だがその上官の誰かも知っているということになる。特に、暗号電文が解読されたということならば、それが誰によって行われたか、ということが重要になる。
もしもだ、それがサバティーニ大将だと厄介なことになる。あのお方は総司令長官ではあるが、気が短すぎる。証拠不十分なまま、ここに書かれた人物を処分しかねない。下手をすると、証拠不十分ということで見逃されてしまう可能性もある。
が、中尉が懸念した人物は、まだこのことを知らないと、シェルビーノ少尉からの言葉で知ることとなる。
「この件を御存知なのは、タルデッリ少将とごく一部の士官のみです。その他の人物はまだ、そのような陰謀があることすら知らない状況です」
「つまり、司令部の倉庫内の帳簿すらもいじられていることに、誰も気づいていないということか?」
「それほど巧妙に隠蔽されているということです。当然、協力者が何人かいると考えられます」
相変わらず、悪魔そっちのけで話が進む。頭上で浮かぶ悪魔にとっては、見えない話をされていらいらが募っている。
「ところで、ここに書かれた主犯とされるお方の名前だが、それは確証があるのか?」
「はい、実際にその行動の足跡をたどると、空白の時間があります。この電文が打たれた時刻と一致するその時間、そのお方は司令部内のどこにいたかがまったく分からなくなっております」
「そうか……となれば、ほぼ間違いないな」
「はい、ですが、総司令部に報告するには、まだ証拠十分とは言い難い状況です」
「そうだな。慎重に捜査を進めよ」
「はっ!」
シェルビーノ少尉は敬礼し、部屋を出る。その後姿を見送りながら、悪魔がしゃべり出す。
「おい」
「なんだ」
「結局、何が起こっとるんじゃ」
「早い話がだ、この司令部内に、裏切り者がいることが分かった。そういうことだ」
「な、なんじゃと!? 妾以外にも、悪いやつがおるのか!」
自分が「悪いやつ」だという自覚はあるらしい。悪魔にとっては、むしろ褒め言葉か。
「昨日の爆破テロを起こすために用いられた爆薬は、鉱山の採掘用ではあるが、軍事転用可能なため、軍司令部で管理されている。それが痕跡もなく持ち出されていたことが判明した。これは明確な反逆行為だ」
「なんじゃ、人間のくせに、随分と悪いことを考えるものじゃのう」
「むしろ人間の方が、悪魔以上のことをする場合がある。表向きは善人の面をして、その心の奥底は悪魔なのだからな」
悪魔以上の悪魔、とも言えなくもない。ここにいる悪魔は、誰がどう見ても危ないやつだと認識されているし、そういう姿格好をしている。が、司令部内の裏切り者は、表向きは軍功を立て皆から尊敬されている、そんなやつだ。
だがその裏の姿は、帝都にいる不平分子を使ってテロを誘発するような人物だというのだ。にわかには信じがたいが、いくつか証拠も揃っている。が、核心部分ともいえる証拠がない。
つまり、だ。軍功を立て、それなりの地位を得ている軍人が、どうして帝都の不平分子と手を組んでテロを先導しているのか?
その動機が分からぬ限り、罪には問えない。あるいはその人物が直接、テロリストらと接触している現場を抑えることしか、その人物を罪に問うことができない。それほど、厄介な相手ということだ。
厄介な事実を知り、デルフィーノ中尉は頭を抱える。自身よりも遥かに上の立場にいる者の罪を暴くのだ。ただ事ではない。
「おお、悩んどるのう。こういう時こそ、契約するとその願い、叶うやもしれぬぞ」
などと、文字通り悪魔のささやきが聞こえる。が、さすがに一命を賭けるほどの案件でもない。着実に証拠を集めさえすれば、確実に追い込める目処はある。
「お前との契約は、いざという時に使わせてもらう。もっとも、そんな時が来るかどうかすら分からんがな」
デルフィーノ中尉は、そう答えるにとどめた。
さて、それから3日の間、何ら進展はない。
無論、シェルビーノ少尉ら数名の部下は、よく働いてくれているし、地道な作業を続けてくれている。が、相手は軍の中でも大物だ。そう簡単に、尻尾を出すとは思えない。中尉に、焦りの様子が現れ始める。
そんなデルフィーノ中尉を見てほくそ笑む、頭上の悪魔。カトリーヌにとっては、自らの力を発揮できるチャンスくらいに思っていたのかもしれない。
その一方でこの軍人は、契約などするはずもないとも思い始めていた。だからこそ、より挑発的になる。
「あーあ、妾と契約すれば、さっさと事が進むであろうになぁ、いやあ、残念残念」
そんな挑発的な悪魔のささやき、いや、罵りに沈黙を守り続ける中尉だが、正直言えば、そろそろ限界かと思い始めていた。
が、そんなときに、中尉の居室のドアが勢いよく開く。
「大変です、中尉!」
現れたのは、シェルビーノ少尉だ。まさか、決定的な証拠をつかんだのか?
「どうした!?」
「はっ! テロ集団が、会合するとの情報を得ました!」
なんだ、決定的証拠ではなかったのか。半ば拍子抜けしてしまうが、どちらにせよ有用な情報には違いない。
テロを未然に防止できる、すなわち、これまで二度続けて起きたテロのように、罪もない人々の命が奪われることを阻止できるのだ。
「場所は!?」
「帝都の北外れにある貧民街、その一角に『憂いの園』という場末の酒場があります。その地下庫にて、次の爆破テロを行うとの話をキャッチしました」
「よくそんな情報が手に入ったな。何をやった?」
「いえ、単に以前よりマークしていた人物の会話を盗聴しただけです。明確に、次の攻撃目標を告げていました」
「次の、攻撃目標? どこだ、それは」
「ショッピングモールです」
それを聞いたデルフィーノ中尉は戦慄する。あの中は、先日の公園の比ではないほどの人々が密集している。おまけに、閉鎖空間だ。被害は前回以上になるだろう。
「直ちに討伐隊を編成、タルデッリ少将にも極秘に報告しておく。で、その会合の時間は?」
「本夕刻、七つ目の教会の鐘が鳴った時だとのことです」
ここは日昇時刻の午前6時ごろから、だいたい2時間おきに鐘が鳴る。ということはつまり、午後6時頃ということになる。
6時「頃」と回りくどい言い方だが、これは日の出から日没までを6つに分けて鳴らすためで、鐘が鳴る間隔の長さは夏の日では2時間以上となり、冬は逆に短くなる。今は春分の日を過ぎた辺りであるため、おおよそ2時間おきに鳴る。が、日の出がぴったり午前6時というわけではないため、7つ目の鐘が鳴るのもおおよそ午後6時、という言い方になる。
そんな大雑把な時間感覚な街ではあるが、教会の鐘の音という明確な合図がある。それと共に突入すれば、そのテロリストたちを捕まえられる。
それから30分後に、タルデッリ少将より突入命令が出された。これで心置きなく、彼らを捕まえることができる。仮にそれが冤罪であったとしても、予防行為として責任を被ることなく処理することができる。悪い言い方になるが、帝都において貧民街にいる者たちの人権は軽い。仮に問題が起きたとしても、うやむやにできてしまう。
なぜ、わざわざテロリストらは、そんな無法地帯で会合などするのだろうか? いや、むしろ無法地帯だからこそ、だろう。そんな陰謀を、治安の比較的良い平民街の真ん中でやろうものなら、すぐに怪しまれるし、密告されてしまう。
それ以上にデルフィーノ中尉には、今回の報告が冤罪などとは思っていない。かつて、それこそカトリーヌという悪魔を復活させようという情報を得て、復活した悪魔の力による大規模テロを未然に防ぐことができたのは、まさしくシェルビーノ少尉らの地道な諜報活動によるものだった。だからこそ、今回も間違いないと信じている。
「各自、装備を確認。人体探知機は?」
「はっ、正常に動作」
「前回のようなこともある。音声探知機、および携帯シールドの動作チェックも再度、チェックだ」
「はっ! ……各探知機、およびシールド、動作よし!」
「では、出発する」
8人の兵士が集まった。全員、黒づくめの戦闘服に、ビーム反射材を帯びたジャケットを身に着けて、彼の地まで向かう。哨戒機が近くに降り立つと、そこからは走って現場へと向かう。
例の「憂いの園」と呼ばれる酒場に到着した時、七つ目の鐘が鳴り響いた。これは、戦闘開始の合図でもある。
しかし、場末の酒場とはよく言ったものだ。扉が古びており、一見すると廃墟だ。が、少なからず客の出入りがある。が、ターゲットはそこではない。
その店のすぐ脇に、地下へと続く細い階段がある。拳銃を構えつつ、まずは人体探知機を用いる。
「……ダメですね、やはり、内部に反射材をつけられているようです」
「そうか。と、なれば……」
そういって、デルフィーノ中尉は悪魔の方を見る。
「な、なんじゃ」
「お前の力がまた、必要だと思ってな」
「し、仕方ないのう。本来ならば、契約が条件なのじゃが」
そう言いながら、カトリーヌは扉の向こうに力をこめる。
「はっくしょん!」
扉の向こう側から、くしゃみの音が響く。が、かなりの人数だ。
「十人以上いる、ということしかわかりません。数が、多すぎます」
「くそっ、やむを得ない。こうなったら突入するぞ」
中尉は扉の鍵を狙い撃つ。鍵が砕かれ、扉が蹴破られる。狭い階段で、入り口の両側から二人が銃を構える。
が、予想外のことが起きた。
中から一斉に、ビームが放たれた。一撃目はジャケット表面のビーム反射材で防がれる。が、二発目以降は無効となる。
咄嗟に、シールドを張って攻撃を耐え忍ぶ。が、何発もの銃声が先頭の二人に集中する。
デルフィーノ中尉は手招きし、一旦、後退することにする。このままでは押されっぱなしだ。中尉は、だらんとぶら下がるその扉を眺めつつ、その先にいる敵にどう対処するかを考えた。
そして、ポケットからあるものを取り出すと、それを悪魔カトリーヌに渡す。
「……おい、なんじゃ、これは」
「見ればわかるだろう、栄養食品だ」
「そんなものを渡して、どうするつもりだ」
「もう一度、いや、二度、お前の力を使わせてもらう」
「はぁ? 二度も使えと申すか」
「まずは、炎だ。こちらの存在に気付き、やつらは灯火管制しやがった。おそらくは暗視スコープを使ってくるはずだ。それを眩ませるために、炎を投げ込む」
「それはよいが、二度目は何じゃ」
「もう一度、やつらに寒気を与える」
「それはさっきも使ったであろう」
「いや、もう一度使う。今度は、銃を撃たせないためだ」
そう、デルフィーノ中尉は暗視スコープを光によって封じ、さらにくしゃみをさせることで銃の狙いを外させる。その間に突入し、シールドを展開しつつ中の人物らを捕らえる。
しかしだ、テロリストにしては妙に軍事訓練された動きだ。まるで、同じ軍人を相手にしているような感触だ。
となれば、あちらにはなく、こちらにはある力が、その勝敗を分ける。
「今だ!」
デルフィーノ中尉の合図と共に、頭上の悪魔は炎の玉を作り出した。それを、開いた扉の奥に投げ入れる。
と同時に、再びあの音が響き渡る。
「はっくしょん!」
この音を合図に、8人は一斉に飛び込んだ。内、3人がシールドを展開して防御し、残りの5人が銃を構える。
一瞬の出来事だった。彼らは足元目掛けて銃を放つ。反撃は、3人がシールドで受け止める。中にいたのは、十二人。驚いたことに、その内の半数が黒づくめの戦闘服、すなわち、地球035の軍人たちだ。
そして、その場にはありえない人物もいた。いや、正確には、証拠不十分のため、おおっぴらに訴えられない人物が、そのテロリストたちに混じってその場にいたのである。
そう、司令部の重鎮で、分艦隊司令官である、トラエッタ少将の姿がそこにあったのだ。




