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この家が滅ぶ日を、わたしは知っている。だから歴史は変えず、ただ一人を救うと決めた  作者: ヲワ・おわり


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14/30

第14話 わたしの計画は、なぜか、いつも先回りされていた

異変は、城へ戻った翌日から、始まった。


明日香と佐吉が、逃がしの段取りを、少しずつ進めはじめた矢先のことだった。炭焼き道へ通じる、城の裏手の小門。そこの警固が、なぜか、急に厳しくなった。これまで、昼のあいだは形ばかりだった見張りが、二人、三人と増やされ、出入りする者を、いちいち検めるようになったのだ。


偶然だと、初めは思った。


だが、それだけでは、なかった。佐吉が城下との連絡に使っていた、洗濯物を運ぶ道。そこにも、新たに人の目が置かれた。明日香が、志乃の居室へ近づこうと工夫した経路。そのことごとくが、まるで先を読まれていたように、塞がれていく。


一つや二つなら、戦支度の一環と、片づけられた。関白の大軍が迫っているのだ。城の警固が厳しくなるのは、当たり前のことだった。だが、明日香たちが手をつけようとした場所ばかりが、まるで狙いすましたように、次々と封じられていく。この符合を、ただの偶然で片づけるには、あまりにも、できすぎていた。


背筋に、冷たいものが走った。


これは、偶然ではない。誰かが、こちらの動きを、読んでいる。あるいは――こちらの企てそのものを、誰かが、城の内から、外に、あるいは上に、漏らしている。


その考えに行き当たったとき、明日香は、蔵の暗がりで、思わず身震いした。


滅びは、外から来るものだとばかり思っていた。豊臣の大軍、時代の非情さ。抗いようのない、大きな流れ。だが、それとは別の、もっと生々しい悪意が、この城の内側に、潜んでいる。誰かが、自分たちのすぐ隣で、この城を、敵に売ろうとしている。


「……妙だ」


その夜、蔵で落ち合った佐吉も、顔を曇らせていた。


「おれの動きが、いちいち筒抜けだ。まるで、こっちの手の内を、誰かが逐一、注進してるみてえに。……桔梗さん、これは、まずいぞ」


「誰が、漏らしているの」


「分からねえ。分からねえから、恐ろしいんだ」


佐吉の声が、震えていた。


内通者が、いる。それが、誰なのか、分からない。台所の誰かかもしれない。奥の女中の誰かかもしれない。あるいは、もっと上の。分からぬからこそ、迂闊に動けなかった。下手に段取りを進めれば、その一挙一動が、見えない敵の耳に入る。そして、志乃と千代を逃がそうとしていることまで、露見してしまう。


そうなれば、母子は、逃げるどころか、監視の下に置かれる。明日香も佐吉も、城を売ろうとした咎で、命はない。


計画は、動かせなくなった。


何より恐ろしいのは、敵の顔が、見えないことだった。豊臣の大軍なら、まだいい。それは、遠くにある、抗いようのない大きな力だ。恨む相手ですら、ない。だが、内通者は違う。今日すれ違った女中の誰か、今朝、井戸端で世間話をした誰かが、その正体かもしれない。人の好い笑顔の下で、この城を、そして自分たちの企てを、こっそりと売り渡しているのかもしれない。誰も、信じられなくなる。その疑心こそが、内通者が城にもたらす、いちばんの毒だった。


進めば露見し、退けば刻限が来る。明日香は、身動きの取れぬ袋小路に、追い詰められていた。せっかく、道を見つけたのに。志乃の心も、開きかけたのに。すべてが、正体の知れぬ何者かの手で、静かに、凍りつかせられていく。


焦りと無力感が、また、胸に戻ってきた。


だが、今度は、以前とは違った。ただ打ちのめされているわけには、いかない。誰が、内通しているのか。その正体さえ掴めれば、動きようもある。明日香は、看護師の目で人を観察してきたように、城の中の人々を、注意深く、見はじめた。誰が、この滅びゆく城で、不自然な振る舞いをしているのか。


やがて、ある一人に、目が留まった。


弥兵衛。あの、家老格の重臣だ。


五十がらみの、弁の立つ男だった。家中では、古株の実力者として、一目置かれている。その男が、なぜ、明日香のような下女を、あのとき、わざわざ値踏みするように見たのか。今にして思えば、あれは、自分の隠しごとを嗅ぎつけられはしないかと、警戒する目だったのかもしれない。


以前、明日香が偽の警報で騒ぎを起こしたとき、ただ一人、叱るでもなく、値踏みするようにこちらを見ていた男。皆が城の危機に浮き足立つ中で、一人だけ、他人事のように醒めていた男。


その弥兵衛の動きが、近ごろ、どうにも、不自然だった。


軍議の席では、家中の誰よりも勇ましく、徹底抗戦を説いていると聞く。だが、その一方で、夜半、供も連れずに、城の裏手へ人目を忍んで出ていく姿を、明日香は、二度、見かけた。城下の者とも、旅の商人ともつかぬ男と、闇の中で、短く何かを交わしている。一度など、その男が去ったあと、弥兵衛は、袂から小さな包みを取り出して、確かめるように検めていた。金子のようにも、見えた。徹底抗戦を声高に説く重臣が、なぜ、夜陰にまぎれて、素性の知れぬ者と会うのか。なぜ、金を受け取るのか。表の顔と、裏の顔が、あまりにも食い違っていた。


確証は、何もない。ただの思い過ごしかもしれない。


けれど、あの日、去りぎわに男が呟いた言葉が、耳に、こびりついて離れなかった。


「これも、家のためよ。余計なことを嗅ぎ回る鼠は、はよう片づけるに限る」


家のため。その言葉の、底の知れない冷たさ。もし、あの人が。もし、あの重臣が、自分と一族の助命と引き換えに、この城を――。


想像しかけて、明日香は、ぞっとした。


もし、そうだとしたら。敵は、遠い大軍だけではない。すぐ近くに、笑いながら城を沈めようとしている者が、いる。そんな相手に、下女ひとりが、どう抗えばいい。


武力で立ち向かえるわけもない。訴え出ようにも、確証は何ひとつなく、名のある重臣を告発する下女の言葉など、いったい誰が信じよう。かつて偽の警報で信を失った、あの二の舞だ。動けば、たちどころに握り潰される。それどころか、こちらの企ての一切を、逆に暴かれてしまう。


逃がし計画は、内通の影で、完全に凍りついた。動けば露見し、動かねば刻限が来る。八方塞がりの闇の中で、明日香は、ただ一人、立ち尽くしていた。


その窮地を破る鍵が、まさか、これまで最大の壁だった、あの老女の手に握られているとは――このときの明日香は、まだ、知る由もなかった。

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