喝采
宿屋の主人は、依頼主の護衛隊に、トリフェインの専属護衛ということでヘレンとアヤカを加えた。
トリフェイン、ヘレン、アヤカの三人は、女と子どもという異質さをごまかすために、家族のために神殿を抜けた異質なヒーラーと、その護衛ということで皆に紹介された。
周りの護衛たちは、トリフェインが偽物のヒーラーだと知っているらしい。
とはいえ、ヒーラーがいるだけで報酬のランクが上がるので、文句など言わない。
三人は、依頼主である商隊主の近くに配置されていた。
トリフェインは護衛の仕事が初めてではない。
しかし、今までは先頭に位置していたので、中央付近にいることは居心地が悪かった。
しかも、数少ない馬の上に乗せられていた。
商隊主の馬車を例外とすると、馬に乗っているのは、護衛隊長と伝令係の二名だけだった。
ヒーラーは特別待遇であった。
「ちゃんと背筋を伸ばせ。トリフェインは護衛隊の顔だぞ」
とヘレンが小さな声で言ってくる。
小さなアヤカを一緒に乗せようとしたが、
「駄目だ。そんな、弓で狙ってくださいと言っているようなところにアヤカはやれん」
と答えられ、トリフェインは複雑な思いをした。
朝日と共に出発したので、明日の日の入りまでには着くらしい。
一日目の日の入りが近く、行程も半分終わろうとしていた。
「何事もなく終わりそうだ」
とトリフェインが呟いた。
ヘレンが言う。
「トリフェインは、魔獣との戦闘を生業としてきたのだろう」
「そうだな。対人戦闘の経験は、ほとんどない」
トリフェインが答えると、ヘレンは続けた。
「対人戦闘は、対魔獣戦闘に比べ、直接の戦闘で死ぬことは少ない。しかし、最終的には多くの犠牲者が出る。分かるかい」
「聞いたことがある。罠や策略によって死ぬ者が多いと聞いている」
「そう。戦闘そのものではなく、火に取り囲まれたり、水に流されたり、岩を落とされたりするからだ。対人戦では、今からが本番だ。
商隊を襲って、逃げ去る。辺りはすぐ暗くなる。逃げた者を追いかけることは、すぐにはできなくなる」
「ヘレンは、対人戦の経験が多いようだな」
「私もアヤカも望んではいないが、対人戦には事欠かなかったからな」
この時間が危ないと護衛隊も分かっているのか、緊迫感を帯びた伝令が飛んだ。
しかし、何事もなく中継地になっている小さな街が見えてきた。
皆が安堵したとき、街の中から別の商隊が現れた。
護衛隊長から、戦闘準備の伝令が飛んだ。
トリフェインは呟く。
「こんな時間に、出発する商隊があるわけがないか」
ヘレンも言った。
「少しでも油断してくれれば、ということでしょうよ。護衛隊長が間抜けでなくて良かった。アヤカ、荷から弓を出しなさい」
アヤカが持ってきていた袋の中には、クロスボウが入っていた。
犬狼の臭いがすると、アヤカが言う。
「犬狼を使う盗賊か。厄介だね。だの獣じゃない。人の指示を聞く。陣の弱いところを狙ってくるぞ」
ヘレンは舌打ちし、
「門から出てきたということは、すでに、あの街は盗賊の支配下というわけか。援軍は無理だね」
そう言うと、ヘレンは背負っていた盾を左手に持った。
護衛隊は、戦闘員を前面に移動させた。
先頭は、大きな盾を持ったディフェンダーたちだ。
商隊は弓の届かない範囲に留めた。
商隊には、荷を前面にして円を描くように配置をさせた。
「セオリー通りだ。いい陣だ。護衛も数人つけている。ちゃんと人数に金を掛けたね。悪くない」
とヘレンが言っている。
ヘレンとアヤカは、商隊の近くにいた。
トリフェインも馬から降りている。
護衛隊長のよく通る声が響く。
「敵は馬の機動力を活かし、攪乱してくる。慌てるな。陣形を崩すな。セオリー通りだ。突撃にはディフェンダーが弾き返せ。アーチャーは一射、二射目は正面。三射目は、回り込みをしてくるものを狙え。矢を潜ってきたものはアタッカーで潰す。それだけだ。慌てなければ勝てる」
「隊長は犬狼に気づいていない」
ヘレンが言ったときだった。
門から出てきた商隊も、相手が油断なく戦闘態勢を取っていく様を見て、時間を与えているだけだと判断した。
剣を抜き、走って向かってきた。
「左右から、犬狼が来る。商隊の真ん中に食いついてくるみたい」
とアヤカが言った。
いつの間にか、アヤカは商隊主が乗る屋根付きの馬車の上に乗り、腹ばいになってクロスボウで、人の背丈ほどもある犬狼に狙いをつけていた。
「アヤカ、どっちが早い?」
とヘレンが聞く。
「右! だけど、そっちは護衛隊が抑えそう。左が注意」
とアヤカが答える。
「馬を借りるぞ、トリフェイン」
そう言いながら、ヘレンはすでに馬上にいた。
隊の左側へ、人を避けながら馬を駆けさせるヘレン。
あっという間に速度を出していく。
「上手い! あんたの奥さん、騎士なのかい」
商隊主の馬番が、トリフェインに声をかけた。
一人の護衛が、犬狼を迎え撃とうと身構えている。
「下がれ! 犬狼を一人で相手にするな。無駄死にだ!」
とヘレンが叫んだ。
その声を聞いて、護衛は走って下がる。
犬狼が吠えた。
ヘレンが乗っていた馬が怯え、言うことをきかなくなった。
ヘレンは馬から降りた。
馬はどこかへ走り出した。
「そこだ! そこで迎え撃つぞ!」
ヘレンは走って、護衛の一人に追いついた。
二人が剣を構えると、犬狼が止まった。
その瞬間、犬狼の左目に矢が刺さった。
犬狼が一瞬ひるみ、一歩下がったとき、ヘレンは踏み込んでいた。
犬狼の下から剣を一閃。
犬狼の喉を斬った。
ヘレンはすぐに退避する。
犬狼も下がって、威嚇を止めなかったが、息ができず、その場に倒れた。
ヘレンは叫んだ。
「アヤカ! 見事だ! こちらは大丈夫だ。右の犬狼はどうなった。狙えるか」
「狙う!」
とアヤカが答えた。
右側を狙ってきた犬狼は、護衛隊の三人が対峙していた。
護衛たちは、無理に倒すのではなく、追い返そうとしていた。
犬狼は焦れてきていた。
犬狼も足や首から血を流していた。
護衛の一人も、足を怪我しているのが分かった。
犬狼と護衛隊がにらみ合いをしているとき、怪我をしている者が膝から崩れた。
犬狼はそれを見逃さなかった。
そこから陣の奥深くへ入り込もうと、飛び越えるために頭を上げたとき――。
眉間に矢が刺さった。
犬狼は硬直し、その場にうずくまるように倒れた。
アヤカは、馬車の上でクロスボウに次の矢を装填していた。
片足では力が足りないのだろう、両足を使っている。
装填が完了すると、うつ伏せになり、敵に備えていた。
一瞬の静寂のあと。
商隊の中から、喝采が地響きのように起こった。
戸惑ったのはアヤカだった。
護衛隊のみならず、商隊からもアヤカに喝采が上がったからである。
アヤカは、皆から子どもがいるということで目立っていた。
その子どもが、クロスボウの一射目で犬狼の目を射抜き、二射目で犬狼の眉間を射抜き、打ち倒してしまったのだ。
ヘレンも戻ってくると、喝采は一段と盛り上がった。
一瞬で馬に飛び乗り、犬狼を一撃で屠った動きは鮮やかであったのだ。
「今、戦闘中だぞ。なんだ、この浮かれ具合は」
ヘレンは困惑した。
前方で盗賊団と対峙している護衛隊長は、その喝采の原因が分からなかった。
だが、後方の敵がいなくなったことは確信できた。
「さあ、今だ。私たちが勝利を決めるときだ。前へ!」
盗賊団は、喝采の意味が分かった。
犬狼がやられたのだ。
おそらく二頭とも。
それは、後方にそれほどの戦士が残っていることを意味し、自分たちは大きな戦力を失ったことを意味した。
盗賊団は護衛隊が前面に出てきたとき、勝機がないと感じ、散り散りに逃走した。
護衛隊長は叫んだ。
「門に、この勢いで飛び込むぞ。門の中の盗賊を追い出すぞ」
護衛隊は、街の中で多少の抵抗を受けた。
だが、犬狼がいないと分かると、街の者たちも一斉に蜂起した。
街を支配していた盗賊は、あっさり討ち取られた。
すべてが落ち着いたのは、真夜中になってからだった。




