47.孫堅の願い
黄龍元年(194年)11月 揚州 丹陽郡 建業
ハロー、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
建業に首都を遷して、早くも半年が経った。
その間、俺は様々な仕事に忙殺された。
組織の編成から開発の指示、有力者からのあいさつ対応など、目が回るような忙しさだ。
しかしそれもようやく一段落し、少しは余裕が持てるようになってきた。
それというのも、華北で孫策への権力移譲が進んだのが大きい。
今、彼は洛陽で俺の名代として、華北の統治に取り組んでいる。
当然、あっちの仕事は彼に回っていくので、多少は楽になる。
補佐として張昭と周瑜もついてるし、洛陽には人材が豊富だからな。
まあ、なんとか回ってるようだ。
もっとも孫策は、あまりの忙しさに愚痴をこぼしてるらしいがな。
これも統治が安定するまでの辛抱だといって、慰めてる。
しかし完全に自由にやらせるのも不安なので、洛陽と建業の間の通信網、物流網は、最優先で強化した。
具体的には伝書バトを使った通信網の整備と、水路の拡充だ。
伝書バトを緊急事態の連絡に使うのは、言うまでもない。
そして水路の整備だが、これは既存の河を使う。
実はこの時代すでに、潁川から建業まで水路が通じているのだ。
具体的には潁水、淮水、肥水、施水という川をたどれば、潁川から合肥へたどり着く。
合肥といえば、曹魏と孫呉の戦いが何度もあった場所だ。
ここは許都(潁川郡)や譙(沛国)と水路でつながっていて、兵を送りやすかったから、曹魏の拠点に選ばれたわけだ。
そして合肥からは巣湖と濡須水を経て長江に出られ、そこから建業はそう遠くない。
潁川と洛陽はすぐ近くといってもいいから、そこは陸路でも支障ない。
洛陽と建業の間には、700キロ以上もの距離があるのに、その大部分が水路でつながっているのなら、旅程も大幅に短縮されるというものだ。
そのため建業から潁川までの水路を整備して、さらに途中の補給や休憩をする港を増やした。
さらに潁川から洛陽までの陸路も整備することで、建業までの物流機能が飛躍的に向上したのだ。
今後、華南の開発が進めば、その効果はさらに増していくだろう。
北辺の遊牧民対策も順調だ。
涼州軍閥の韓遂と馬騰、旧董卓閥の李傕や郭汜たち、そして幽州勢の公孫瓚、劉備、関羽、張飛、趙雲が、涼州、并州、幽州で防備を固めている。
兵士たちにもそれなりの給料を払い、そして駐屯地の近くに街を造ることで、貨幣経済を回すことも意図している。
その辺を運営しているのは、主に曹操だ。
さすが、治世の能臣と言われるだけあって、行政能力に優れている。
もちろん監視はつけているが、今は汚名を晴らすのに懸命なようで、特に問題はない。
これに合わせて街道も整備しているので、物流が盛んになり、北辺もいくらか賑わうようになった。
そのうえで、北部3州に住む遊牧民には仕事を斡旋し、羊や馬などとの取り引きも進めている。
おかげで彼らとの親和度が上がり、定住する者が増えていた。
そして彼らを仲介にして、国外にいる遊牧民とも接触を試みている。
北辺ではほんの15年ほど前まで、鮮卑族という遊牧民が猛威を振るっていた。
今はリーダーを失っておとなしくしているが、また強力なリーダーや、別の部族が勢力を伸ばすかもしれない。
そんな時のために援助をちらつかせ、友好的な雰囲気を作りながら、動向を監視するようにした。
それはそれで金が掛かるが、人道援助みたいな感覚で、続けていきたいと思う。
それから山越族との交渉も進んだ。
まずは手頃な部族を見つけるとこから始め、使者を派遣した。
そして話ができそうだと分かった時点で、俺が会いにいった。
皇帝がじかに会いにきたと知った時の、驚きぶりときたら傑作だったぜ。
本当に俺が皇帝だって信じさせるのには、ちょっと苦労したけどな。
それが理解されると、ようやく交渉ができるようになって、こちらの提案を呑ませた。
今はその部族の無力化と、他の部族との交渉を進めてるとこだ。
最初は優しいふりで近づいて、いずれは牙を抜いていくつもりである。
これは焦らないよう、じっくり進めよう。
こうして新王朝の建国にも目処がついてきたところで、俺は親類の子供たちを集めた。
その顔ぶれはこんな感じである。
孫権:13歳(孫堅の嫡子)
孫翊:11歳(孫堅の嫡子)
孫匡:9歳(孫堅の嫡子)
孫輔:15歳(孫羌の子、孫賁の弟)
孫暠:20歳(孫静の子)
孫瑜:18歳(孫静の子)
孫皎:17歳(孫静の子)
「父上、今日はどのようなお話でしょうか?」
「うむ、今日はお前たちに、皇族としての心構えについて、話しておきたくてな」
「皇族の心構え、ですか?」
孫権の質問に答えると、最年長の孫暠がかしこまった態度で言う。
「もちろん私たちは、陛下に絶対の忠誠を誓っております」
「フッ、そんなにかしこまらずともよいぞ、暠。ここでは伯父上と呼んでくれ」
「は、はい、伯父上」
「うむ、それとな。別に忠誠だなんだも、要求するつもりはない。それよりもお前たちには、孫一族としての自覚を持って、国を盛り立てていって欲しいんだ。場合によっては、皇帝の暴走を諌めるぐらいの気概を持ってな」
するとほとんどの者が、戸惑ったような顔をする。
そんな中、一番下の孫匡が無邪気な声を上げた。
「うん、僕、大きくなったら、父上を助ける」
「ハハハッ、そうか、助けてくれるか。匡はいい子だな。こちらへ来なさい」
そう言って彼を呼び寄せると、膝の上に座らせて、頭をなでる。
「もちろん俺も助けて欲しいんだが、より助けが必要になるのは、策だろう」
「ほえ~、なんで~?」
「今のところ、俺には頼もしい仲間や兄弟が、たくさんいるからな。程普や黄蓋、韓当に黄忠、朱治や祖茂、それに賈詡とかな。当然、孫静や呉景は頼りにしている」
「うん、僕も叔父さんたちのこと、好き~」
孫匡は無邪気そうに笑った。
俺はそんな彼の頭をなでながら、先を続ける。
「そうかそうか。しかし俺と程普たちのような関係は、策にはあまりない。今は周瑜ぐらいだな。いずれもっと多くの配下や友が、必要になる。その時には、お前たちが率先して、策を盛り立ててやって欲しいんだ」
「うん、いいよ~」
するといまだに戸惑いながらも、孫暠たちが協力を口にする。
「え~と、要は私たちが次世代の幹部の中核になれ、ってことですよね」
「たしかに兄上や周瑜さんだけでは、国なんて動かせないですからね。分かりました。兄上の力になれるよう、心がけておきます」
「ぼ、ぼくも!」
「俺も」
「承知しました」
「分かりました」
みんなの言葉に大きくうなずくと、俺は本音を漏らす。
「ああ、みんな頼むぞ。ぶっちゃけ皇帝なんて、大変な仕事なんだ。本当は俺も、やりたくなかったんだけどな」
「え、そうだったんですか?」
「普通なら、とても誇らしいと思うんですけど」
孫暠や孫瑜の言葉に苦笑しながら、さらにぶっちゃける。
「例の瑞兆が起きるまではな、俺は適当に荊州牧を務めてから、田舎に帰ってのんびりするつもりだったんだ。それが瑞兆のせいで、先の天子から禅譲したいって言われたんだぞ。さすがに断りづらかったし、この国のためにも受けた方がいいと思って、仕方なくだ」
するとすでにその話を聞いていた孫権や孫翊が、呆れたような声を出す。
「父上は変わり者ですからね」
「だけどそれも、父上らしいです」
「僕は好き~」
いまだに驚きを隠せない甥っ子たちに、俺はしみじみとぼやいた。
「皇帝なんて、そんないいもんじゃないぞ。責任は重いし、威厳は保たなきゃいけないしで、息が詰まりそうだ。だけど俺がやらなきゃ、また国は荒れるだろう。それは嫌だからな」
「鳳凰に選ばれた人がそんな……」
「伯父上って、冷めてるな~」
「ああ、なんか夢が……」
彼らの呆れたような声が聴こえるが、それを無視して結論を伝える。
「ま、結論を言うとだ、策はこれから苦労するだろうから、お前らで支えてやってくれ。そして少しでも長く呉王朝を存続させ、少しでも多くの民を、幸せにしてやってほしいんだ。それが俺の願いだ」
「「「分かりました」」」
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そんな孫堅の願いが届いたのか、呉王朝はその後、300年の永きにわたって、繁栄を謳歌したという。
【完】
以上で”それゆけ孫堅クン! 改”の本編は終了です。
この後に人物紹介と後日談、そして解説を投稿して完結処理とします。
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