45.孫堅、皇帝になる (地図あり)
初平5年(194年)3月 司隷 河南尹 洛陽
漢の皇帝 劉協から禅譲の申し出があってから、俺は仲間たちとの相談を経て、それを受諾した。
当然、宮廷は大騒ぎになったが、劉協の固い意志と、俺の実績。
そして鳳凰の祝福という、これ以上ない瑞兆の存在を受けて、禅譲に動きだした。
まず194年1月に俺は、呉公に昇格した。
さらに2月には呉王となり、3月には劉協から禅譲の打診があった。
ここで徳の深さを示すため、3度それを断ってから受諾するという手順を踏む。
ま、あくまで形だけなんだけどな。
みんな分かったうえで、こんな茶番劇を演じるのが、馬鹿馬鹿しくて仕方なかった。
そんな手続きを経て、俺はとうとう呉王朝の創設を宣言し、その構想を発表する。
まず首都を揚州 丹陽郡の秣稜に遷し、そこを建業と改名する。
名前の由来は、新たな王朝を開く大事業を建てるためとしておいた。
たぶん史実もそんなもんじゃないかな。
そして洛陽はそのまま副都として残し、華北統治の中心にするとした。
また要所には皇族を王として配置し、各地域を守護・統括する予定だ。
法律や制度については、基本的に後漢を踏襲する。
まずは極力、混乱を回避して、国内の安定と開発を優先するという方針だ。
この方針はおおむね好意的に受けとめられ、新たな王朝の誕生に向け、民意は高揚していった。
ちなみに漢帝国最後の皇帝となった劉協は、山陽公となって静かに余生を送ることとなる。
そして洛陽から移動する直前、俺は例の男と会っていた。
「たぶん、これで最後でしょうね。董卓さん」
「ああ、俺は田舎に帰って、のんびりするつもりだからな」
「いいなぁ。俺ものんびりしたいですよ」
「馬鹿、お前。人前でそんなこと言うなよ」
「言いませんよ。でもちょっとぐらい、愚痴ったっていいじゃないですか」
「まったく、お前らしいな」
そう言って苦笑する董卓は快復したものの、以前のような毒が抜けていた。
そんな彼が、ちょっと改まって口を開く。
「なあ、孫堅。お前は失敗するんじゃねえぞ。思えば俺は権力を握って、それに酔ってたんだ。俺なら国を変えられると勘違いして、そして裏切られた」
「そうですね。権力は人の欲望を掻き立てるから、理想どおりにはいかない」
「だな。これからお前も、かなり苦労するだろう。だけどくじけずに、この国を導いてやってくれ。俺は涼州から、それを見てるぜ」
「ええ、こうなったからには、やってやりますよ。応援してください」
「おう、達者でな」
「董卓さんも」
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黄龍元年(194年)5月 揚州 丹陽郡 建業
ハロー、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
あれから年号を黄龍と改元し、俺は建業へ居を移した。
そして新たな首都造りを進める一方で、呉王朝の方針を家臣とすり合わせた。
「それでは今後の方針のすり合わせを始めます。まずは程普どのから」
「ゴホン、それでは国内の軍事方針について、我らの方針を相談したい。まず基本的に各地の警備については、従来どおりとなるだろう。しかし問題は北辺の遊牧民族と、揚州の山越族への対応だ」
今回、丞相となった張紘が、太尉の程普に話を振った。
すかさず程普が最大の問題点を提示すれば、司徒の張昭が問いを放つ。
「ふむ、遊牧民への備えはわかるとして、山越への備えは必要かな? さほど急ぐことでもないと思うが」
すると司空の賈詡が、理由を補足した。
「いえ、それはこの江東の開発のために欠かせません。なにしろ今後、江東には多くの民が移住し、大々的に開発を進める予定です。すると領民と山越との接触が増え、諍いが増えることは必定ですから」
「なるほど。事前に手を打っておけば、後々楽になるか。しかしその方策はいかがされる?」
その張昭の問いに、黄蓋が強硬論を唱えた。
「そこはやはり、ひとつひとつ潰していくしかあるまい。なあに、我ら孫軍団に掛かれば、いかほどのこともあるまい」
「いや、それについては武力だけでなく、話し合いも含めて進めたい」
「陛下、そのようなこと、できるとは思えませんぞ。なにしろ反抗的な連中が、多いらしいではないですか」
俺の言葉に、黄蓋が強く反対する。
彼なりに山越族について、調べたのだろう。
たしかに彼の言い分には、それなりの根拠があった。
そもそも山越族とは長江南岸に住んでいた、越族という異民族を祖とする連中だ。
しかし北から流れてきた流民や犯罪者が加わり、王朝に敵対するようになってきた。
こいつらは体制に対する敵愾心だけでなく、漢民族の知識や技術も併せ持つため、厄介な存在になりつつあった。
普段は山岳地帯で焼き畑農業などをしているが、たまに平地に降りてきては、戦闘や略奪を繰り返す。
揚州では特に敵対的な連中が多いことから、山越賊とも呼ばれるほどだ。
それを知る者たちが、話し合いを求める俺に、怪訝そうな目を向けてきた。
しかし俺も、何の方策も持たずに発言したわけではない。
「たしかに単純に話し合いを求めるだけでは、難しいだろうな。だから硬軟をおり混ぜて交渉するんだ」
「ほう、具体的にはどのような?」
「まず手近な部族を選んで、使者を送る。とはいえ、危険だろうからな。それなりの護衛をつけて、場合によっては武力を示すのもいいだろう」
「フハハッ、それでは軍を出すのと変わりませんぞ」
「いや、武力を示すのは、最低限にとどめるんだ。そのうえで話の分かりそうな責任者を見つけ、交渉をする。その内容は、こんなものだな」
そう言って、交渉内容の素案を書いた紙を、皆に見せる。
1.山越とは不可侵条約を結び、彼らが山岳地帯に住むことを認める
ただし血の気が多い者は、半強制的に平地へ移住してもらう
2.平地に住む者には、仕事を斡旋する
3.適当な場所に交易所を設け、山の産物と穀物などを交換する
4.部族の責任者には、他の部族との交渉の仲立ちをしてもらう
すると黄蓋や朱治が文句をつけてきた。
「……陛下。このような要求、奴らが聞くはずありませんぞ」
「そうですな。特に強制的に平地に移住させるなど、怒らせるだけでしょう」
しかし俺は辛抱づよく、その意図を説いた。
「当然、ただ言うことを聞かせようとすれば、反発するだろう。だから俺はこれを彼らとの、対等な交渉として進めたいんだ。そのためなら俺が、山越のところへ出ばってもいい」
「なりませんぞ、陛下。この中華を統べるお方が、異民族の本拠地に乗りこむなどと」
すかさず張昭から止められたが、俺はなおも説得を続ける。
「まあ、話を聞け。俺が直接いくからこそ、効果があるんだ。そんなこと普通じゃあ、あり得ないからな」
「しかし異民族と対等の交渉などしては、陛下の沽券に関わります」
「その辺は言い方しだいさ。慈悲ぶかき皇帝が直々におもむき、凶暴な異民族を心服させたとでも言えば、そう外聞も悪くないだろう」
「むう……それはそうかもしれませんが」
張昭が渋い顔をする横で、今度は賈詡が口を開いた。
「なるほど、他の誰でもなく、陛下自身がおもむくからこそ、山越の信頼を得られる。そうお考えなのですね?」
「ああ、そんなとこだ。もっとも、さすがに俺がおもむくのは、最初だけだぞ。それ以上は、権威の安売りになっちまうからな。次からは名代を出すか、向こうから会いに来させることになるだろう」
「私もそれがよろしいかと。しかしそうなると、最初はそれなりに大きな部族でないといけませんね」
「そうだな。手近なところで大きくて、そして話の分かるヤツがいる部族。それを探す必要がある」
「かしこまりました。至急、条件に合う部族を探しましょう」
すると周瑜が思案顔で、俺に問う。
「たしかに陛下が行けば、それなりに話を聞いてくれるかもしれませんが、それだけで山越がおとなしくなるとは思えませんね」
「当然だ。まずはこの協定を結んでから、徐々に統制を強めるんだ」
「それは具体的には、どのように?」
「とりあえず血の気の多いヤツを平地に移すだけでも、だいぶ弱体化するだろう。さらに残った者は部族の有力者に管理させ、従属集団としてまとめるんだ。あまり上手くいかないようなら、こちらで多少の後押しはする。そして彼らの血縁化、従属化を進めつつ、統治体制を固めるんだ。これが上手くいけば、山越の脅威は激減するだろう」
そこまで話すと、周囲が静まりかえっていることに気づく。
周りを見回してみると、あきれた顔、おもしろそうな顔、苦笑いする顔と、いろいろだ。
「さすがは陛下。悪辣じゃのう」
「いやいや、この広い中華を治めるのだ。これぐらいの方が、頼もしくてよい」
「フフフ、よもや陛下からそのような考えを聞かされるとは。この張紘、感服いたしました」
「ええ、まったく頼もしいことです」
「しかし少々、外聞が悪くはないかな?」
「そんなもの、我らがかぶればよいのです」
いろいろと言われてるが、有効性は認めてもらえたようだ。
実はこの懐柔策、諸葛亮の南蛮西南夷への対策を参考にしている。
劉備の死後、諸葛亮が北伐の準備を整えるため、南征で実行した施策である。
これによって蜀漢は後背を気にすることなく、戦争を続ける資源を手に入れることができた。
やはり諸葛亮ってのは、すごい政治家だったんだなと思う。
結局その後、俺の案を叩き台にして、山越への対策は進められることとなった。




