40.決戦前夜(地図あり)
初平4年(193年)5月下旬 兗州 陳留郡 酸棗
酸棗を攻略し、次の戦に備えていると、後方から嫌な知らせが届いた。
「益州で出兵の気配があるだと?」
「はい、漢中にひそませている密偵から、報告が届いたそうです。それによると、劉焉は南鄭に兵を集め、侵攻の準備を始めているとか」
「くそ、おとなしくしていればいいものを」
「おおかた、関東士人に泣きつかれたのでしょう」
俺の愚痴に応えるように、周瑜が推測を口にするが、たぶんそれは当たっているだろう。
劉焉は益州の独立を宣言したはいいが、州内の統治に手間どっているはずだ。
なので州外への出兵どころではないはずで、実害は少ないと見ていた。
しかし最近の反乱軍は負けつづけで、劉焉に応援を求めても不思議じゃない。
おそらく矢のような催促に根負けして、渋々と出兵を決めたんじゃなかろうか。
「出兵の規模は?」
「まだ不明ですが、数千の単位であるのは間違いなさそうです」
「まあ、そうだろうな。船で漢水を下って、南陽の西部を荒らすつもりだろう。呉景で対応できるかな?」
張紘に訊ねると、彼は難しい顔をする。
「決して不可能ではないでしょうが、こちらへの支援がおろそかになる恐れがあります。ここは私が戻って――」
「う~ん、張紘には前線の兵站を仕切ってほしいんだよな。そうなると……」
ここで黄忠に顔を向けると、彼は心得たとばかりに進み出る。
「その任、儂が引き受けましょう。幸いにもこちらは手が足りているようですし、南陽は儂の庭みたいなものです」
「助かる。すぐに宛に向かって、迎撃部隊を編成してくれ」
「承知いたしました」
黄忠なら安心して任せられるから、俺は目の前の戦に集中するとしよう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
初平4年(193年)6月下旬 兗州 東郡 濮陽
劉焉への手当てをすませると、俺たちは軍を再編して侵攻を再開した。
俺の主力軍は兗州を制圧する予定で、公孫瓚には并州を任せてある。
さらに程普の揚州軍には豫州を任せ、3州を同時に攻略した。
なぜそんなことが可能だったかというと、反乱軍の主力が冀州に引き、各地の防備が手薄になったからだ。
それに加え、官軍は各地の兵力を吸収して、さらに膨れあがっていた。
具体的にいうと、俺の主力軍は11万、公孫瓚が4万、程普軍も4万になっていた。
こうなるとそれぞれが複数の部隊を運用できるようになり、攻略の効率も上がっていく。
結果、1ヶ月ほどで兗州の西過半を制圧でき、ひと息ついていた。
「敵は鄴に陣地を築いているのか?」
「はい、かなり大掛かりにやっているらしく、多くの土壁や櫓が築かれているようです」
「ふむ、敵の兵力は?」
「おおよそですが、20万に届くかと」
「また20万ですか?」
周瑜の報告に、賈詡が驚きの声を上げた。
その数には俺も驚きだった。
すでに兗州、并州、豫州の大半を失っているはずなのに、そこまで動員できるとは。
「それは大したものだが、かなり無理をしていそうだな」
「ええ、支配領域の民を、強引に徴兵しているのでしょうね。食料だって、もう余裕はないでしょう」
「だろうな。こちらも野戦陣地を築いてにらみ合えば、向こうから音を上げるかもしれんな」
「そうでしょうね。それでは――」
周瑜が結論を急ごうとするが、俺は首を横に振った。
「いや、それをやって苦しむのは民だ。だから野戦でとどめを刺す」
「……さすがは孫堅さま。しかし楽に勝つ方法があるのに、それを自ら放棄されるのですか?」
「後々のことまで考えれば、持久戦は愚策だってことさ。俺たちは早急に戦乱を鎮め、新たな秩序を築くべきなんだ」
すると様子を見ていた賈詡が、俺に賛同した。
「私も孫堅さまに賛成します。長引く戦乱に民は疲弊し、漢朝の屋台骨は細るばかり。このままではいくら勝ったとしても、動揺はなかなか収まりません。この場合は、早期の決着が正解かと」
「それはそうかもしれませんが……」
周瑜がなおも躊躇していると、それを孫策がなだめた。
「大丈夫だって、周瑜。俺たちなら勝てる。そしてこの国を、早く建て直すんだ」
「……フッ、君は単純でいいね。だけどこの場合は、それが正しいのかもしれない。分かりました。早期の決戦を前提にして、準備を進めましょう」
「ああ、頼んだぞ、みんな」
「「「ははっ」」」
こうして俺たちは、冀州での決戦に向けて、準備を始めたのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
初平4年(193年)7月中旬 司隷 河内郡 蕩陰
ハロー、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
反乱軍が冀州の鄴に戦力を集めているとの情報から、我々も主力を移動した。
そこへ程普たちも合流し、鄴の南側の蕩陰に陣取って、敵の動きを探る。
「敵に動きはないか?」
「はい、ひたすら鄴に兵を集めて、陣地を固めています」
「そうか、まあ、動けないだろうがな」
「まあ、そうでしょうね」
俺たちの蕩陰への移動と同時に、并州から公孫瓚が冀州を牽制していた。
下手に打って出れば、後背を脅かされるような状況となり、奴らは守りに入ったのだ。
こうなると、反乱軍の支配地域を荒らし回る手もあったが、民のためにもそんなことはしない。
早々に蕩陰を出発すると、鄴の手前で敵軍とにらみ合った。
「土壁の建造、完了しました」
「見張り櫓の設置が終わりました」
「投石機の組み立てが完了しました」
幸いにも敵は陣地にこもったままなので、こちらもしっかりと準備を整えることができた。
続々ともたらされる報告によって、戦機の高まりを感じる。
「さて、敵の動きをどう見る?」
「そうですね……かなり慎重になっているように見受けられます」
「ええ、それは私も感じます。ちょっと臆病なほどですね」
周瑜と賈詡の指摘に、程普と黄蓋が笑い声を立てる。
「クハハッ、おおかた我らの勢いに脅え、引っ込んでおるのだろう。なにしろ向こうには、まともな武将は残っておらんからな」
「然り。反乱軍、恐るるに足らずよ。ワハハッ」
それには俺も賛成だったが、過度な楽観を戒めた。
「あまり敵を侮りすぎても、不覚を取るぞ。なにしろ敵の方が、数は多いんだからな」
「おっと、軽口が過ぎましたかな。これ以上は戦場の働きでもって、語るとしましょう。ところで、黄忠の姿が見えませんが、彼はどこへ?」
「ああ、黄忠には南陽の守りを任せてある。漢中から賊軍が出てきたからな」
「ほほう、彼だけで大丈夫ですかな?」
「幸いにも賊軍は大して多くないそうだ。待ち伏せできたおかげで、優勢らしいぞ」
「ほう、さすがは黄忠ですな」
密偵からの情報どおり、漢中から漢水を下って、反乱軍が押し寄せた。
その数は5千にもなったらしいが、事前に備えていた黄忠は、南陽で迎え撃った。
おかげで初戦で大打撃を与えたらしく、今はその掃討戦をしているそうだ。
わざわざ黄忠を出した甲斐があったというものだ。
おそらく鄴に集結している反乱軍は、益州からの侵攻で動揺を誘うつもりだったのだろう。
しかしそれがすでに瓦解しつつあると知れば、どんな顔をするのだろうか。
いずれにしろ中原の討伐戦も、佳境を迎えていた。




