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ルガール大陸統一戦争終結から29年。
大陸北西部に位置するグラース国に、2人の勇者が召喚された。
勇者にふさわしき力を持つ兄と、心を持つ妹。
少女はグラース国の若王と心を通わせ、男はグラース城に隠れた悪意を暴きだし、強大な悪意に立ち向かった。
2人の功績は、グラース国の歴史に名を連ねるものとなっただろう。
だがしかし。
「うええん、ひまりいいーーっっ!! お兄ちゃんは寂しいいいいっ!!」
「勇者が乱心したぞーっ!」
「妹様がおつかいに行ってくるだけでいちいち騒がないでください!」
「取り押さえろーっ!!」
「やっちまえーーっ!!」
兄の問題行動が、その功績が帳消しになるくらい上書きされている。
□□□□
グラース国王城、執務室。
赤の宰相の反乱で粉砕されたその部屋は、城の者達の尽力によって新しく作り替えられた。
そこには齢10歳ほどの少女が1人。
艶やかなプラチナブロンドと、草原を切り取ったような鮮やかな緑の猫目。
人形のような美少女は、黙々と書類に目を通していた。大人でも顔をしかめるびっしりとした文字の羅列を追い、金細工の印を押していく。
彼女はアイヴィー・グラース。
父母が病で亡くなった昨年王位を継ぎ、齢10歳にしてこの国を統べる最高権力者だ。
ついこの間までは大人用の作業机に、クッションを重ねた椅子を使って仕事をしていた彼女だが、今は自分の背丈に合わせた特注品の業務机を使用している。
亡き両親の形見を手放せず使っていたが、先日の騒動で壊れてしまったのだ。
新しい机と椅子は、お腹に力を入れてバランスを取らなくても椅子に座れるし、降りる時に踏み台もいらない。
とても快適で、少し寂しい。
控えめに扉をノックする音が聞こえた。「入れ」と短く許可すると、青の宰相が部屋に入ってくる。
「王。魔術の報せが入りました。今日の夕方には勇者ヒマリがウィルドン山から帰ってくるかと」
「そうか」
短く返答する。青の宰相は新しくなった部屋の内観を見渡す。
「……新しくなった部屋に、なにか不便はありませんか」
「いや、問題ない」
「そうですか」
そこで会話は途切れた。
いつもならここで「2人とも元気がないですよお」とのんびりとした口調で入ってくる赤い肩布をかけた老人がいた。
けれど、その人は今地下の牢獄に繋がれている。
2人の間に流れる重たい沈黙。それを打ち破るがごとく、豪快に扉が開かれた。
「おい王! いー加減あいつをなんとかしろ!」
荒々しく飛び込んできたのはグラース国騎士団長のレージュ。
「騎士団長、不敬ですよ」
「そんなこと言ってる場合じゃねえんですよ。それより勇者だ、勇者ヨータロー!」
いつもよりも雑に応えるあたり、相当ストレスが溜まっているのだろう。団長は苦情を吐き出した。
「ヒマリがウィルドン山に行ってから毎日何かにつけて泣き出すわ暴れるわ。しまいにゃ、夜中に城のてっぺんで弦楽器引き鳴らして謎のポエムを読み出すわ! その度に騎士団が駆り出されてんだよ、もー嫌」
怒りに燃える目の下は、よく見るとくっきりクマができている。
アイヴィーと青の宰相がひそひそと話す。
(最近夜に聞こえてくるポロンペロンって音、あいつだったのか……)
(城の幽霊の類かと思ってましたね)
なんとかしろ、と全身で訴えてくる騎士団長の視線を受けて、青の宰相はこほんと咳払いした。
「騎士団長。ヒマリ様が帰るまであと1日といったところでしょう。がんばってください」
「そうだ、がんばれ。城の警備は騎士団長の仕事だろ」
「……ほっほーう。都合のいい時だけ肩書きだす気だな。んじゃあ王様」
業務机を叩いて、団長がずいと顔を近づけた。徹夜続きのおっさんの迫力に、アイヴィーはじゃっかん気圧される。
「ヨータローの気を紛らわすために、一緒に城下町に出かけてきてください」
「はあ!? な、なんで私が!!」
アイヴィーは眉を吊り上げた。
「勇者を召喚したのはあんたでしょう。慣れない場所に不安な勇者サマを落ち着けるのは、王様の役目だと思いますけど?」
文句ないだろ、と騎士団長は青の宰相を睨む。青の宰相は少し考えて頷いた。
「……まあ、一理ありますね」
「あっ、裏切ったな青の宰相!」
「異世界から拾ってきたんだから、最後までめんどうみなさい。大人任せはいけません」
勇者というより捨て犬を拾ってきたときの親御さんの対応で諭された。
「う、うう、ぐぐぐー」
自分は王なのに、王様なのに。
アイヴィーはとても嫌そうに歯ぎしりしたが、やがてがっくりとうなだれ観念したのだった。
□□□□
それから1時間後。
青の宰相は執務室の窓から外を眺めていた。
視線の先には、葉太郎を引きずって外に連れ出すアイヴィーがいる。
「そんなに心配しなくても、山ほど見張りがついてますって」
騎士団長はくああ、と大きなあくびをした。数日分の疲れが詰まった大あくびだ。
青の宰相はようやく窓から身を離し、騎士団長に視線を移した。
「で。あんな理由をつけて、王をわざわざ執務室から引き離した目的はなんですか」
「ただの気分転換ですよ。赤の宰相のことがあって以来、執務室にこもり切りでしょう。外の空気を吸わせた方がいいと思って。俺もいい加減寝たかったし」
赤の宰相の事件以降、アイヴィーは仕事に打ち込み続けた。
身を削るようなハードワーク。騎士団長の目には、それが王としての責務というより、嫌なことを考えないように必死な子どもにしか見えなかった。
「あと青の宰相様も。最近王に対してぎこちないですよ」
「……私は王に合わせる顔がないんですよ。本来なら、首を飛ばされてもおかしくない」
青の宰相はまだ鮮明に覚えている。
赤の宰相に襲われたあの日。
アイヴィーがさらわれた瞬間のことを。
前王に託された幼い命。自分の首が飛ぼうが、腕がもげようが、決してあの手を離してはいけなかったのに。
「王様は助かったんだからいいじゃないですか」
「結果論でしょう。勇者がいなければ今ごろ」
「その勇者様がいたんだからいいんすよ。納得しましょうよ。世の中は結果論。生きてれば勝ちでしょ」
だから戦争を終えて自分たちはここにいるのだと、騎士団長はそう思っている。
「じゃー俺は5日分寝ますんで。王様が帰ってきたら、ちゃんと話し合ってくださいね」
言いたいことだけ言って、騎士団長は扉を閉める。なんだかんだ言って、本当に限界が近かったのかもしれない。
それくらいひまりがいない葉太郎はエネルギッシュではた迷惑だった。
執務室に取り残された青の宰相は、なんとはなしに周りを見回した。新鮮な風を求めて窓を開けると、少し暖かいさわやかな風が流れ込んでくる。
言われてみれば、王はここ数日、まともに窓の外も見ていなかった。青の宰相は自己嫌悪に捉われる。
(王の健康を気遣うこともできていなかったな、私は)
なんのためにここにいるのだと自問自答し、大きくため息をついたのだった。




