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俺のかわいい妹がハッピーエンドをお望みだ~勇者志望の妹のため、兄は全力で裏方に徹する!なお、周囲の被害は気にしない~  作者: 結丸
エピローグ

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 グラース王国城下町。

 アイヴィーは葉太郎の手を引っ張って舗装された土の道を歩いていた。

 魔術で髪の色を亜麻色に変えて、あまり目立たないように気をつけている。


「おい。いいかげん自力で歩け」


 普段の尊大さはどこへやら、地面に落ちた果物のようにぺしゃりと落ち込んだ葉太郎が、のろのろと顔を上げた。

 彼らの横を、子ども達が笑いながら駆けて行く。そんな様子を見て、葉太郎の目に再び涙が溜まった。


「うおおん、ひまり…」


 子どもを見て自分の妹を思いだしたのだろう。ここで泣かれてはめんどうだ。なんとか気を逸らさなくては。


「おい、あれを見ろ」


 葉太郎が鼻をすすりながら指を指された方向を見る。

 道なりに沿って並んだ木の枝の間に、小さな小箱が挟まっている。


「グラース国は緑豊かな国だ。この城下町も、昔はツリーハウスだったんだ。今は外交もあって石造りの家になったが、郊外に行けばまだツリーハウスも多い。あの小箱はそのときの名残でな。鳥用の巣箱なんだ」

「……そうなのか」


 葉太郎が少し珍しそうに呟いた。意識が巣箱に向いたのか、涙が止まる。

 アイヴィーがほっと胸を撫でおろした。


「そういえば昔ひまりの夏休みの工作で、あんな巣箱を作ったなあ…ううっ!」


 だめだった。余計センチメンタルになった。


「よ、よし。食べ歩きをするぞ。果実を割ってそのまま果汁を飲み干せる名物があるんだ。おもしろいだろう」

「へえ、いいな。ひまりにも飲ませてやりたい…ううっ」


「よしやっぱり仕立て屋に行こう! お前、この世界に来てから服はそんなに買っていないだろう!」

「ああ、ウィルドン山でひまりと一緒に宴会用の衣装を買ったきりだ……ひまりい」


(くそっ! 隙がないなこいつ!!)


 あらゆる物事が妹に直結している。そもそも宴会用の衣装って何。

 王様は困った。なんとかして妹から思考を逸らさなければ。

 ぐるぐると思考を回した末に、王様はやけくそ気味に言った。


「よし、じゃあ私の相談に乗れ」


 意外な王の言葉に目を丸くした葉太郎は、いったん鼻をすするのをやめた。



 □□□□

          


 2人は露店で果実のジュースを買い、道の端に適当に腰を下ろした。

 果物を2つに割って、植物の茎のストローで果汁を飲む贅沢な飲み物だ。

 アイヴィーの好みで選んだ黄色い果実は、酸味がほどよくあって美味しかった。


「父さ……前王が身罷られたとき、2人の宰相のどちらかが国を裏切っていることを知った。赤の宰相か、青の宰相かと言われたが、私は城の人間全員を疑うようになったんだ」


 周りの者はみな優しい顔を自分に向ける。けれどそのどれが本物か分からない。全部偽物かもしれない。アイヴィーは疑心暗鬼になりながら、ずっとあの玉座に座り続けた。

 だけど、先日演説をしたときに惜しみない拍手を送ってくれた城の人間達を、泣きそうな顔で自分を見上げる青の宰相を見て。

 アイヴィーの心に浮かんだのは、どうしようもない罪悪感だった。


「彼らは私をずっと支えてくれていたのに、私は彼らを毎日疑っていたんだ」


 分別も分からぬ幼い子どもに王として仕え、国のために奔走していた。

 それなのに謀反人だと疑われ続けていたなんて、ひどい裏切りではないか。

 そう思ってしまってから、アイヴィーの胸を罪悪感を締め付ける。


「何より嫌なのが、それなのに私がまだ皆を信じ切れていないことだ」


 あれだけの拍手をもらって、城のために力を尽くしてくれても、まだ心から信じることができない。

 またいつか赤の宰相のような謀反が起きるかもしれない。

 そんな心配ばかりしている自分が嫌だった。


「こんな人間がグラース国の王でいいのかと、……ずっと考えている」

「別にいいだろ」


 葉太郎はこともなげに言った。


「俺はひまりを信じている。ひまりが信じることを信じる。だけど例えば、ひまりが『富士山の山頂まで1人で登れるよ!』と言われても笑って送り出すことはできないだろう」


 その言葉を達成するには、ひまりの気持ちだけではどうにもならない。彼女の身体能力や登山の難易度、危険性。様々な要素が絡んでくるからだ。

 なにより、ひまりのことが心配だからだ。

 だから葉太郎は易々とその言葉を受け入れることはできない。

 信じていたって、不可能はある。


「何も考えないで『信じる』なんて言うのはただの逃避だ。信じるという言葉には、たくさんの障害や責任が伴うこともある。疑って、迷って、考えて、それでようやく信じられる時もある」


 だから、と葉太郎は繰り返す。

 妹と同い年で重責を背負う、真面目すぎる子どもに。


「お前はそれでいいんだよ、アイヴィー」

「…………」


 アイヴィーのジュースを持った手が震えた。

 目頭が急に熱くなったので、慌てて下を向く。

 涙をごまかし、ジュースを飲み干す。息を大きく吐き出して、空を見上げた。

 水色の空にまっ白い雲が広がっている。

 最近ずっと執務室にこもっていて、空を見上げたのは久しぶりだった気がする。


「……ひまりの空に行くか?」


 葉太郎がそんなことを言う。他の人が聞いても分からないだろう。これは、葉太郎とひまりと、そしてアイヴィーだけが知っていることだ。

 王城のはるか高く上、ひまりが王より権利を賜った領空。

 アイヴィーが辛くなった時に泣けるようにと、ひまりがもらった空がある。

「泣きたいのなら連れて行ってやる」という意味の言葉に、アイヴィーは鼻をすすって苦笑した。


「お前はその気遣いをちょっとでも騎士団に向けてやれ」

「騎士団? 何の話だ」

「自覚なしかあ……」


 アイヴィーは大きく伸びをした。深く息を吸うと、体を新鮮な酸素が巡りだす。


「それはまた今度でいい。ヒマリが戻ってきたら、一緒に菓子でも食べる」

「そうか。……ひまりいぃっ。お兄ちゃんも一緒にお菓子が食べたいよおお!!」

「ああしまったっ、元に戻った!」


「ひまりロス」モードが再発した葉太郎を再び引っ張り、アイヴィーは歩き出す。

 葉太郎は相変わらず重かったが、足取りは不思議と城を出ていく時より軽かった。



 □□□□



 空が赤く染まった頃、アイヴィーは王城の執務室に戻ってきた。


「お疲れ様でした、王」

「……今日は……もう寝る……」


 げっそりとしたアイヴィーを、青の宰相が迎え入れた。


「ほんとうにお疲れでしたね」

「明日はお前が相手をしてくれ」

「はは、老体にご無体を仰らないでください」


 アイヴィーは机の上を整頓しようとして気づく。

 朝置いていった書類がだいぶ減っていた。おそらく代行権限でできる書類は、青の宰相が処理してくれたのだろう。


「青の宰相」

「はい」

「……すまなかった」


 青の宰相は目を丸くした。


「あなたが謝ることなど何1つないでしょう」

「臣下の裏切りは王の責任だ。お前のことも信じられなくて、すまなかった」


 アイヴィーが青の宰相を見上げる。ちゃんと目を合わせたのはずいぶんと久しぶりな気がする。

 銀縁眼鏡の奥の目を見つめて、アイヴィーは尋ねた。


「これからもまだ私についてきてくれるか」


 青の宰相は、無言のまま膝を折った。目線をアイヴィーの高さに合わせて、静かな声で答える。


「私はあなたが信じるに足る宰相になります。きっとです。……だからまだ、お仕えしてもよろしいでしょうか」


 アイヴィーはくしゃりと顔を歪めて「うん」と返した。



 □□□□



 翌日、ついに勇者ひまりが帰ってきた。

 フィーロとイェルを連れて戻ってきた王の姿に、兵士が声を張り上げた。


「皆の者、勇者ヒマリ様のご帰還であるぞ!!」


 うおお、と沸き立つ場内。騎士達が腕を振り上げ、2階や3階の窓からいろいろ飛んできた。

「おかえりなさい、ヒマリ様!」「待ってました、ヒマリ様!」と歓喜の嵐。

 魔王でも倒して帰ってきたかのような熱狂ぷりだ。


 イェルとフィーロが若干引きながら周囲を見回した。


「え、な、なんですかこれ。ひまりはちょっとウィルドン山に行ってきただけですよね?」

「そ、そのはずだが……。遠征後の凱旋がいせんより派手だな」


 騎士団や使用人達が泣きながら喜びの声を上げる。


「うおおん!ヒマリ様がご帰還なされた!」

「これでヨータロー様が暴れることもない!」

「夜中に突然聞こえるすすり泣きにびびらなくていいんだ!」

「『ヒマリ』って口にしたら突然背後に現れる気配に悲鳴をあげなくていいんだ!」


「「…………」」


 何があったのかをおおよそ察したイェルとフィーロは、複雑な気持ちになった。


「──ひまり」


 そしてここで、皆の悩みの種が登場した。

 ひまりがその人物を見て、ぱあっと目を輝かせる。


「お兄ちゃん! ただいま」


 ととと、と嬉しそうに駆け寄るひまりを、葉太郎は満面の笑みで受け止めた。

 そんな葉太郎の姿を見て、城の皆は「えっ」と目を見開いた。

 この数日の奇行を考えれば、てっきり滂沱の涙を流してすっ飛んでいくと思ったのに。

 そんな皆の予想とは裏腹に、葉太郎は穏やかな表情のまま会話を続けている。


「会いたかったぞ、ひまり」

「私も! やっぱりお兄ちゃんの顔を毎日見れないと寂しいね」

「ふふ、兄ちゃんもだ。騎士団の皆と組み手をしたりして気を紛らわせていたんだけどな」


((((こ、こいつ──!))))


 全員の間に衝撃が走る。

 昨日まであんなに泣き喚いてみんなに迷惑をかけていたというのに!

 妹の前では「少し寂しいけど待っていた」風にしてカッコつけている──!?


「何スカしてんだー! お前昨日までボロ泣きして散々騒いでただろうがっ」

「そうだそうだ! 嘘をつくな勇者のくせに!」

「あんなの組み手じゃねーよ! 雪山のオーク相手にしてる気分だったわこっちは!」


 ぶーぶーと騎士達からブーイングが上がる。

 それらをさらりと無視して、葉太郎はひまりと嬉しそうに歩き出した。


「さ、昼ごはんにしよう。冒険の話をたくさん聞かせてくれ」

「うん! あ、でもその前に」


 ひまりが肩から下げていた包みを、笑顔で葉太郎に渡す。


「? ひまり、これは?」

「開けてみて!」


 言われるがまま包みを解く。包みの中から出てきたのは真っ黒な手甲。

 黒曜石のような美しい黒に、金色の紋様が施してある、重厚感と高級感ある品だ。しかしその見た目に反して羽のように軽い。

 手の甲の部分には、小さく砕いたソル・ルビーがあしらわれており、角度によって様々に煌めいていた。


「お兄ちゃんに内緒でプレゼントしたかったんだ。それで3人で行ってきたの。置いていっちゃってごめんね」

「…………」


 葉太郎は瞬きもせずにそれを見つめた。

 やや間があって。

「だぱあっ!」と滝のような涙を流して震え出した。


「ひ、ひ、ひまりいいっっ!!」

「よかったあ、喜んでくれて」


 うおおん、と泣く葉太郎を、今度はひまりが笑顔で受け止める。

 それを眺めていた一同は、「勇者ヒマリはすごいなあ」とあらためて尊敬と畏怖の念を抱いていた。

 はからずもそれは、ひまりを英雄として皆に崇拝させようとする葉太郎の野望に、ちょっと近づいていたのだった。


 かくて、ルガール大陸に召喚された勇者兄弟の物語は続いていく。

 あるときはグラース国の平和のために、またある時は、かわいい妹のために。

 

 いもはぴ、これにて完! です!

 最後までお読みいただいた方々に心からの感謝を。

 コメディー部門でちょこちょこランクインできて、本当にうれしかったです。

 感想やレビューもとても嬉しくて、がんばって書こうと励みになりました。

 グラース国で大暴走編・突撃隣の勇者編、イェルやフィーロの深掘り話などもそのうち書ければいいなあと思っております。


「続きが気になる」「葉太郎にもっと暴走してほしい」と思った方は、ぜひ評価(広告の下欄)や感想をお願いします!!

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