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赤の宰相の反乱から3週間が過ぎた。
目覚めたレッドドラゴンがどこかに飛び去っていくのを見届けて、城の修復作業が慌ただしく始まった。
猫の手でも借りたいという勢いだったため、中立の立場で一応客人でもあるイェルも手伝いに駆り出された。
神官らしく回復魔法をかけるだけではなく、炊き出し、買い出し、荷運びなんでもやった。。おかげですっかり筋肉痛だ。
優秀な宮廷魔術師がそろっていることもあり、城の修復は順調に進んだ。昨日には執務室もようやくつくりかえられ、イェルも雑用係から解放された。
イェルは別館の客室から出て、気分転換に本館とつなぐ廊下から庭を眺めていた。
ぼんやりと美しい緑を眺めながら、勇者を召喚した他の国の神官たちも、自分のような騒動に巻き込まれているのだろうか、とひとりごちる。
まさか国にやってきて数日もしないうちに、国家反逆まがいの事件が起きるとは。
赤の宰相は地下牢に捕縛されたが、その処遇についてはまだ決めかねている。
宰相が1人いなくなったことで仕事に開いた大きな穴を埋めるために、青の宰相が奔走しており、罪人の処罰まで手が回っていないのが実情だろう。
とはいえそれに関してはグラース国で決めることだ。中立の立場にあるイェルの干渉するところではない。
「イェル」
「あら、フィーロ。お疲れ様です」
「ああ。お前もな」
「まったくです。まさか教会の使いとして派遣されて、こんなに肉体労働をするとは思いませんでした」
本館の方からやってきたフィーロが声をかけてきた。
騎士団はこの数週間、もっとも肉体労働に貢献していた。副団長のフィーロも言わずもがなだ。
「教会には今回の件は報告したのか」
「そりゃあ、仕事ですから」
イェルは悩みに悩んだ昨日の自分の苦悩を思い出し、苦い顔をする。
「もう、大変でしたよ。葉太郎のことをオブラートに報告するのが」
フィーロがちらりと探るような視線を向けた。
「ギフテッドのことは?」
「……まあ、ほどほどに」
濁した回答。それはつまり、教会に葉太郎の規格外のギフテッドのすべてを報告してはいないことを意味していた。
中立である神官が、勇者に肩入れしているのだ。
「よくないんじゃないのか、神官的に」
「あんまりよくないですね」
フィーロは庭の方を見ながら「実はな」と切り出した。
「俺も葉太郎のギフテッドのことで、宰相たちに報告していないことがあったりする」
ちなみにそれは、サンダーバードとの戦いで判明した、葉太郎が魔物の技も使えるようになる、という部分だ。
魔物の技まで自分の力にできるとなれば、葉太郎の危険度は桁違いに跳ねあがる。
だけどグラース国に仕える騎士は、勇者のために見なかったことにしてしまった。
「よくないんじゃないですか、騎士的に」
「あんまりよくないな」
神官として、騎士して。お互い「あんまりよくない」ことは自覚している。
けれど報告すれば、2人は国や教会から危険視され、待遇も変わってしまうだろう。そうすれば、今までのように自由に動くことはできなくなるかもしれないし、離れ離れにされるかもしれない。
ひまりはとても良い子だ。葉太郎は、……まあ色々と問題はあるが、妹のためにいつだって全身全霊の彼が、イェルとフィーロはそんなに嫌いではなかった。
だから中立の立場から、国に仕える立場から、一歩だけ勇者達を贔屓した。それだけの話。
似たもの同士の2人は庭を眺める。太陽の光を浴びて吹く、暖かい風が心地いい。
「まあ、俺の方はどうせそのうち分かることだ」
「私の方もいずれバレるでしょうね。……そのとき考えますかねえ」
2人が適当に問題を先送りにした、そんなときだった。
「イェルさーん、フィーロさーん!」
ひまりがぱたぱたと駆けてきた。元気で朗らかな彼女は、今日も太陽の光がよく似合う。
「ひまり、どうしました?」
「あのね、2人にお願いがあって。もう一度ウィルドン山に一緒に行ってくれないかな」
「ウィルドン山に? ええ、もちろんいいですよ」
「それでね、ええと、お兄ちゃんには内緒にしたいんだ。私、初めてのお給料をもらったの。だからお兄ちゃんにも防具を作ってもらって、プレゼントしたくて」
ひまりは嬉しそうに人差し指を口元に立てて、「しい」と合図する。
「驚かせたいから、お兄ちゃんに内緒で作りたいんだ。せっかくだから、お揃いのソル・ルビーを使ったものを作りたくて」
「な、なるほど。驚かせたい、ですかあ」
確かに初めてのお給料で愛しい妹からプレゼントなどされた日には、そりゃああの男は、滂沱の涙を流して喜ぶだろう。
しかし問題は「あの」兄に内緒でお出かけするということである。
フィーロはちょっと困ったように尋ねた。
「その、ヒマリ。ウィルドン山に行くこと、王達には許可はとったのか?」
「はい、青の宰相さんもいいよって。あ、ただ……お兄ちゃんが許可するならどうぞって言われました」
丸投げしたな、と2人は思った。
だってあの兄を置いて、妹だけウィルドン山に出発。
どう考えてもミッションインポッシブルである。
さてどうしたものか、とフィーロとイェルが顔を見合せたときだった。
「──ひ ま り いいぃぃぃぃっっ!!!」
何かが城の本館の窓を突き破って飛び出してきた。
「兄ちゃんに内緒でお出かけしようとしてるというのは本当かっ!!?」
「「うわっもう来た」」
葉太郎は顔から出るものすべて垂れ流しながら哀しみの叫びを上げる。
「そんなっ、今までどこに行くにもお兄ちゃんと一緒で嬉しいと言ってくれていたのにっ! いやだがしかし、健康的な自立のためにはそれも必要なのか!? 分かってる、分かっているがまだ受け入れられない弱い兄ちゃんを許してくれええっ!」
ごろんごろんと床を転がりながら突撃してくる大泣きの成人男性。
──逃げよう。イェルとフィーロの脳内に浮かんだ選択肢は、説得ではなく逃亡だった。
「行きますよ、ヒマリ!」
「う、うん! ごめんねお兄ちゃん、帰ったらちゃんと説明するから!」
「待てえ貴様ら!! ひまりいいいっ」
「くっ! 転がっているのにすごい速いぞ! イェル、妨害魔術を!!」
「なんでお城の中でこんな危機的な状況になるんですかぁっ!!」
そうしてグラース城での全速力の追いかけっこが始まった。
イェルは思う。ギフテッドのことを教会に報告するのはやっぱりもう少しあとでいいや、と。
どうせ報告書は、この男が毎日しでかすめちゃくちゃなエピソードの報告で、いっぱいになってしまうのだから、と。




