5-3
ビリビリと大気が振動する。風が巻き起こり、全員が吹き飛ばされた。
「ルアアア!」
巨体が宙へと舞い上がる。咆哮と共に口から炎のトルネードが噴射された。崩れかけていた瓦礫を吹き飛ばし、天井を破壊して現れた青の空へと、ドラゴンの姿が消えていく。
そしてその背には赤の宰相と──、左腕に抱えられた小さな少女が1人。
「王!」
青の宰相の悲鳴に近い呼び声は、崩壊する音に掻き消されて消える。
全員が瓦礫と共に下の階に転げ落ちる。突然の城の崩壊に、使用人たちの悲鳴が響き渡った。
喧噪の中、騎士団長が怒鳴る。
「赤の宰相が王を誘拐した! 今すぐ魔術師と騎士団をここに集めろ! 飛行魔術をかけて空に飛ぶ。早くしろ!」
怒号と悲鳴が飛び交う中、イェルは持っていた杖を支えに瓦礫の隙間から這い出た。
(こんな……ことが……)
へたり込んだまま砕かれた天井を見上げる。城内のパニックとは裏腹に、空はさわやかに澄み渡っている。
その空に豆粒ほどの大きさで動く何か。おそらくアイヴィーをさらったドラゴンが、どんどん上空へと昇っているのだ。
赤の宰相は一体王をどうするつもりなのか。
殺すのか、攫うのか、いずれにせよグラース国内部に大きな揺らぎが生じる。
そうなれば残りの2国が、一気にグラース国の土地を占領しようとするだろう。赤の宰相が望む通り、再び戦争が始まるのだ。
血の気が引く。どうすればいい。世界の平和を守る神官として、どうすれば。
何も浮かばず、ひたすら焦りに追い立てられ茫然と立ち尽くすイェル。
「──おい、イェル」
そんな彼女を誰かが呼んだ。
見上げるとひまりと葉太郎と目があった。
恐怖と絶望が渦巻くこの場所で、勇者達は揺らぐことなく立っていた。
「俺たち2人を空に飛ばすことはできるか」
イェルが何かを言う前に、近づいたフィーロが葉太郎の腕を掴み、首を横に振る。
「やめろ。あのレッドドラゴンは規格外だ。魔術師と騎士団がそろうまで待て」
「先行で行くだけだ。後から追いついてこい」
葉太郎はひまりの手をしっかりと握りしめた。
それだけで、彼は無敵になれる。
「こういう時なんとかするために、お前らは勇者を呼んだんだろう。だったら何とかしてやる」
ひまりもしっかりと頷いた。その目には、とても強い光が宿っている。
「行かせてください。私たちが必ず、王様を助け出して見せるから」
不思議だ。何の根拠もないその言葉も、2人が言うと本当に実現できるような気がしてしまう。
イェルは立ち上がり、強く杖を握りしめた。
(勇者が国王を救うというのなら)
彼らを召喚した神官である自分は、その助けとなろう。
葉太郎達の意志は変わらない。イェルも覚悟を決めた。それを感じたフィーロは諦めて息を吐いた。
「最優先は王の救出だ。それは分かっているな」
「ああ」
ならばと、空に浮上するまでのわずかな時間で作戦会議を始める。
「赤の宰相は逃がしてはくれないだろう。いいか、レッドドラゴンを倒そうとするな。宰相を吹っ飛ばせ」
それが葉太郎達の唯一の突破口だと、フィーロは言った。
「前にウィルドン山で話したことを覚えているか? 基本的に召喚された魔物は、術者との距離が遠いほど自我を取り戻し、言うことを聞かなくなる。レッドドラゴンほど強力な魔物なら、なおさらだ」
「自我を取り戻したら、どっちみち魔物は俺たちを襲ってくるんじゃないのか」
「長寿のドラゴンは、人よりよほど知性が高い。お前は誰かに操られていたとして、正気を取り戻してなお、見知らぬ相手に襲いかかるか?」
フィーロの言葉に葉太郎はしばし考え、首を横に振った。
「だろう? レッドドラゴンは自らの意思を取り戻せば、無用な争いはしないはずだ」
「それで宰相を吹っ飛ばせ、か」
「そうだ。お前ならできるだろう」
フィーロが言っているのは、ラタの森で見た、魔物を吹っ飛ばす魔物除けのことだ。
あれを改変し、人に触れたら相手を吹っ飛ばす「人除け」の術を作る。
葉太郎のギフテッドがあれば可能なはずだ。
「宰相を捕まえなくていいのか」
「お前ではあの人に勝てない」
フィーロは苦い顔で、しかしはっきり言い切った。
「騎士団長だって5回に1回勝てるかどうか、という相手だ。経験が違う。王を助け、3人がちゃんと帰ってこられる方法を選択しろ」
「……分かった」
「ヨータロー! 飛行魔術の用意ができましたよ!」
イェルの横は小さな木箱があった。小さな木箱にはひまりが入っている。イェルは葉太郎と木箱に飛行と防御の魔術をめいいっぱい注ぎ込んだ。
「王を助けたら、この木箱に一緒に乗せて帰ってきてください。……必ず3人無事に帰ってきてくださいよ」
ひまりはまっすぐに上を見ている。
これから自分の何倍も大きい敵と戦い、自分の何倍もの悪意を持つ敵と対峙する。
けれどひまりは、強くまっすぐに、たった数日一緒にいただけの少女を助けることしか考えていない。
昔、自分を救ってくれたときと同じように。
葉太郎はそんな妹を、まぶしそうに見つめた。
一歩踏み出し、木箱に手を掛けた。ひまりと目を合わせて笑う。
「行こう、ひまり」
「うん、お兄ちゃん」
そして勇者達は空へと飛んだ。
絶対に王を助けるという強い意志と共に。




