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「……はっ!!」
葉太郎は「かっ!」と目を覚まして飛び起きた。
お腹周りの紫の羽が揺れる。
壁にもたれかかったフィーロが声をかけた。
「あ、起きたか。寝せるのに邪魔だったから、頭と背中の羽は外したぞ」
「俺はどのくらい寝ていた」
「6時間くらいだ」
ずいぶんと寝こけてしまった。周囲を見渡すが、いるのはフィーロだけだ。
「ひまりは」と尋ねると、フィーロがその場から立ち上がった。
「隣の部屋で水晶石の術を解いている。ドアの隙間から見てもいいが、声は出すなよ」
隣の部屋に続く扉を少しだけ開けて、フィーロは口元に指を当てる。
葉太郎はぎゅっと口を一文字にして、隙間から中の様子を覗き見た。
ひまりは部屋の中心にいた。
水晶石に木の杖をかざし、真剣な目で見つめている。そんな彼女を、イェルがずっと見つめている。
何度も瞬きをして、杖を握りなおしている。少し顔色も悪い。疲弊しているのがすぐに分かった。
思わず身を乗り出した葉太郎の首根っこを掴み、フィーロは隣の部屋に引き戻す。
「中に入るな。集中が途切れたらよくない」
「分かっている! ……ひまりはどれくらいあれを続けているんだ」
「分からない。俺もさっき目を覚ましたところだ。だが、それから2人は一度も動いていない」
下手をすれば自分達が眠りについてから、ずっと。
葉太郎は苦し気に眉を寄せ、目を瞑った。行き場のない感情を、拳を握りしめて必死に耐える。そして長い長い息を吐き出した。
「……いくら集中しているとはいえ、体に支障をきたしてはいけない。あと2時間外に出てこなかったら、食事のために一旦中断させるぞ」
「ああ、分かった。イェルから途中で止めるなとは言われていないし、大丈夫だろう」
葉太郎はじろりとフィーロを睨む。そういえば、自分はこの男に気絶させられたのだった。
「さっきはよくもやってくれたな」
「俺に簡単に気絶させられたんだ、お前も体力の限界だったんだろう。なにせ夜通し山を走り回っていたんだからな」
フィーロは腕を組み、昨夜の出来事を思い出す。
そして、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「ヨータロー。お前、あの山に何かあると分かっていたのか」
「…………」
「最初は、妹のために探索しているだけだと思っていた。だがお前は戦争の物資を見てもほとんど驚かなかった。何より、あの召喚石を見つけたときだ」
召喚石の解除の術を解くためにはどうすればいいのか。
解除の術を解いたらどうなるのか。
イェルに投げかけられた2つの問い。それは既に葉太郎が、ウィルドン山でフィーロに投げかけたものだった。
フィーロはイェルと同じように答えた。
解除すれば魔方陣が現れる。ただし解除をするにはあらゆる属性に適性を持つ魔術師が必要だと。とても高度な魔術なので、魔術師に負担がかかるだろうとも言った。
そう答えたとき葉太郎は唇を引き結び、苦しそうな顔をした。そして「そうか」とだけ呟き踵を返した。
おそらく葉太郎はウィルドン山の時点で、こうなることを予想していたのだ。
「ひまりの様子からして、お前達兄弟は2人ともウィルドン山のことを知っていたんだろう。お前達は戦争をしようとしている人間が誰か探している」
「…………」
葉太郎は押し黙ったままだ。下手に何か言えば、ボロが出ると分かっているのだろう。
だが、言わなくたって分かる。
「王のためか」
葉太郎はひまりが苦しむことをさせない。だが彼女自身がそれを望めば、止められないときもある。「勇者になる」という行為そのものがそれだった。
ならば今やっていることは、ひまりが望んでいることになる。
優しいひまりが、小さな王のために何かしてあげようと頑張っていたのをフィーロは知っている。この前ベッドを作ったときはその手助けもした。
だからすぐに分かった。
「王に頼まれたのか、戦争をしようとしている誰かを止めろと」
「……召喚石の解除が終わったら、話す。それまで待て」
ようやく葉太郎はそれだけ口にした。
「…………」
「お前達は電話……、遠くにいる人に情報を知らせる魔術が使えるんだろう。だが、それもするな」
誰にも言うな、ということだ。
フィーロは今、自分が重大な問題に直面していると理解していた。
戦争の準備など国規模の問題だ。
そして監視係である自分にその情報は届いていない。となると、騎士団長すら知らない情報である可能性が非常に高い。
誰かが戦争を企てているなど、真っ先に要人達が知るべき情報であるにも関わらず、だ。
王だけが知り、勇者にだけ伝えられた真実。
それを自分が知ってしまった。
(迷う余地もない。こんな重大事項、一刻も早く騎士団長に報告しなければならない)
フィーロもそれをよく分かっていた。
けれど。
「ヨータロー。なぜお前は王のためにここまで動いたんだ。ヒマリのためか」
「1番は、そうだ。あとは……」
葉太郎は目をすがめた。
重責に押しつぶされそうな毎日に、不安で夜も眠れない子ども。
頭によぎったのは自分の過去だった。
母が再婚して「あれ」を連れてきてからの日々。
白塗りのマンション。部屋の隅に張られた緑のテープ。体操座りをしてやっとはみ出さない程度のスペースが、葉太郎に許された居場所だった。
ろくに眠ることも許されなかった。真っ暗な部屋でふうふうと呼吸を殺しながら、身を守るように体を丸めていた、過去の自分。
「……眠れないのは、つらいからな」
ぽつりと呟いた。葉太郎の小さな答えに、フィーロは嘆息した。
「分かった」
短くそれだけ返した。
「いいのか。お前、監視係だと言っただろう」
「ああ。悪いことはするな、と言ったな」
フィーロは片方の眉を下げて、少し笑った。
「悪いことをしているのか?」と問うと、葉太郎はむっつりと押し黙ったまま首を横に振った。
「なら、いい。石を解除してからだ」
宰相も騎士団長も、城の要人達は国のために行動する。
けれど「王様が安心して眠れるように」だけで行動する者達がいてもいいだろう。
なにせ彼らは勇者なのだから。
もう少し大人になったら、フィーロも国のために私情を捨てる日が来るのかもしれない。けれど今はまだ。未熟な自分は、この兄弟に目こぼしをしてもいいと思った。




