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月が沈んで空が白み始めたころ、葉太郎とフィーロは集落に戻ってきた。
こそこそと窓から宿に入ると、イェルが中で正座をして待っていた。
窓を伝って着地した2人を、半眼で見つめる。
「こら。2人でこそこそと出かけて、何をしていたんです」
葉太郎とフィーロは、あまり音を立てないように靴や鎧を外しながらひそひそと謝る。
「ひまりの安全を守るための夜回りだ」
「すまない、飛び出した葉太郎を追っていた」
「……まあ、そんなこっちゃないかと思ってはいましたが」
イェルは肩を落として、ふわあ、とあくびをした。いつ起きたのかは分からないが、帰りを待ってくれていたらしい。
「それで? この前みたいに魔物の死体だけ残してきてないでしょうね」
「……ああ。だが、この前よりひまりを大変な目に遭わせてしまうかもしれん」
眉を寄せ意味深な言葉を呟く葉太郎の姿に、イェルは首を傾げた。
詳しい話はひまりが起きてから、ということになり、3人はようやく眠りについたのだった。
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翌朝。
朝ごはんを食べて、ついでにひまりと葉太郎はラジオ体操もして、すっきりとした目覚めを迎えて。
4人は宿の2階でひざを突き合わせていた。
フィーロが夜にウィルドン山に行ったことを説明する。
その奥で誰かが召喚したサンダーバードと戦ったこと、さらに奥で戦争のために集められた物資の数々を目撃したこと。
ひまりとイェルは息を呑み、その話を聞いていた。
話の最期に、葉太郎が昨日取ってきた透明な八面体の水晶を出す。角度によって内側が青や黄色に煌めく水晶を見て、イェルが目を丸くした。
「これはまた、随分と頑丈な守りがかかった召喚石ですね」
「召喚石?」
ひまりは首を傾げた。まだ宰相達から習っていない単語だ。
「ええ。中に魔物召喚の魔方陣を書いて、一定の条件を満たした場合に発動させるんです。高度な技術がいるので、そう誰でも作れるものではないですが」
「おそらく俺たちが戦ったサンダーバードは、この召喚石で呼ばれたものだ」
「なるほど。廃坑に侵入してきた誰かを倒すために、ですか」
イェルは水晶を指でくるくる回す。
「しかもこの石、壊されないように相当強力な守りがかかってます。ほら、角度によって違う色が見えるでしょう? これはこの水晶を守るためにかけられた守りの術の色ですよ。それにしても、なぜこんな強固な守りの術をかけたのでしょう」
フィーロに説明を任せて黙っていた葉太郎が、口を開いた。
「イェル。その守りの術を解除したら、この水晶はどうなる?」
葉太郎はイェルに尋ねた。
洞窟でフィーロに尋ねたのとまったく同じ質問を、もう一度。
イェルはこともなげに答えた。
「中から《《魔方陣の描かれた》》石が出てきますね」
その言葉を聞いて、ひまりがはっと石を見つめる。
戦争の物資を他の人に見つけられないように、誰かが置いていった召喚石。そこに描かれた魔方陣。
もしかしたらそれは、葉太郎とひまりが求める手がかりとなるかもしれない。
「術を解除すれば、石は簡単に破壊できるでしょう。召喚を妨害されないために守りの術をかけるというのは分かりますが、こんなに強固にしなくてもよかったでしょうに」
不思議そうにするイェルに、葉太郎は重ねて質問する。
「イェル。その守りをすべて解除することはできるか」
「全部、は無理ですね。私では属性が足りません。この石は、7属性すべての守りがかけてあります。それも幾重にもからめて、複雑に」
例えば、とイェルは説明する。ここに大きな器があって、そこに七色の小石が器いっぱいに詰め込まれている。1番底に隠れているのが召喚石としよう。
術を解くには、魔術を繰り返し繰り返し発動して、その小石を1粒ずつ外に出していくしかない。途方もない作業だ。
「お城に戻れば魔術師がたくさんいますから、帰ってから解除するといいですよ」
イェルの言うことはもっともだ。
だがそれには危険も伴う。おし黙って考える葉太郎のそばで、今度はひまりが質問した。
「イェルさん。全部の属性の術が使える私なら、この守りを解除できる?」
イェルは困惑した。あらゆる属性に適性を持つと言われたひまりなら確かに可能ではある。だが。
「か、可能ですが、大変根気のいる作業になりますよ。大人が、かかりっきりで魔術を使っても3日はかかるでしょう」
ましてやひまりは10歳の少女だ。肉体的、精神的な負担も大きいだろう。しかし、ひまりの意思は揺らがなかった。
「頑張ります。だからイェルさん、私に解除の術を教えてください」
必死なひまりの様子に、イェルは困って葉太郎に視線を送る。
普段なら「そんな大変なことひまりにさせられない」と身を乗り出すはずの葉太郎は、口元をぐっと引き結び黙っていた。
(葉太郎が何も言わない……? これは、ひまりにとって必要なことなのでしょうか?)
イェルは迷いに迷ったが、覚悟を決めた。
「分かりました。ひまりがそこまで言うのなら」
「ありがとう、イェルさん」
葉太郎がすっと立ち上がった。
「イェル。一応聞くが、俺に解除の術をかけることはできるか」
「……ああ、ギフテッドですか」
イェルは首を振った。縦ではなく、横に。
「この術は解くべき守りの術が存在して初めて起動します。葉太郎にかけても何も発動しない。試してみるのはいいですが、あなたの能力でも習得は難しいでしょう」
なるほど、と皆が納得した。
葉太郎のギフテッド。一たび魔術をかけられれば、どんな力も行使できる才能。
無敵に思える能力だが、実際は違う。解除の術のように「人間にかけても意味がない」類の術は、おそらく習得できないのだ。
葉太郎は歯噛みした。
肝心なときに、ひまりの役に立てないなんて。
「ひまり、ごめんな。ひまりが頑張っているときに、兄ちゃんは何の役にも立てない」
葉太郎はすっくと立ちあがり、ばさっと洋服を早着替えした。
ウィルドン山でゴーストを撃退したピカピカサンバ衣装に。
羽根をふぁっさと揺らしながら、葉太郎は握りこぶしを突き上げた。
「──だからせめて、ひまりの後ろで全力で応援するぞっっ!!」
「ええい、やめなさい気が散る」
イェルのつっこみと同時に、フィーロが葉太郎の首に素早く手刀を叩き込んだ。
葉太郎は抵抗する間もなく、ぎゅるりと白目を剥いて倒れる。イェルが杖でその頭をべしりとはたき、ダメ押しとばかりに眠りの魔術をかけた。
フィーロが葉太郎の体をどっこいしょと担ぎ上げる。
「ヨータローはしばらく寝かせておこう。朝からサンバ衣装で踊りまくっていたし、夜通し山を登ってサンダーバードを倒していたからな」
「元気ですねこの男……」
よく体力が続くものだ、とイェルはあきれ顔で葉太郎の寝顔を見る。
「フィーロも適当に眠って体力を回復しておいてくださいね」
「ああ、そうさせてもらう。……ヒマリ、あまり無理はするな」
フィーロの気遣いに、ひまりは少しだけ微笑んで頷いた。
イェルと2人になったひまりは、向き合う形で座りなおし、真ん中に透明の水晶を置いた。
「では、始めます。途中で気分が悪くなったり、体調が悪くなったら、ちゃんと言うんですよ」
「うん、ありがとう」
ひまりは真剣な顔で目の前に転がる水晶を見つめる。
(これを解けば、中から魔方陣が出てくる)
それが戦争を企む犯人の証拠になりうるかは分からない。けれど、自分にできることはすべてやろうと思った。
(王様は、勇者が守るんだから)
ひまりは強い決意を固め、杖をぎゅっと握ったのだった。




