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術を解除する魔術は、とても神経を使う作業だ。
例えるなら、器いっぱいの色とりどりの石の粒の中から、目的の石だけを取り除いていくような作業。
さらに石同士は磁石のように強固に引き合っており、それを引き剥がさなけらばならない。
剥がして、取り除いて、その繰り返し。
それが1つや2つなら大した労力ではない。だが、数百、数千と詰め込まれていたならどうだろう。
そんな途方もない労働を、ひまりは弱音を吐くことなく繰り返していた。
静かな部屋に、ひまりの小さな呼吸だけ響く。
杖の先からぱちり、と黄色い光が走った。それが水晶に伝わると、水晶が一瞬だけ同色に輝いた。
解除が成功した証拠だ。
ひまりははあ〜っと大きな息を吐いて、じっとりとした汗を拭う。
「イェルさん。今何回目くらいかな」
「128回目です。あと300回ほどでしょうか」
「まだまだかかるねえ」
ひまりは微笑んだ。青白い顔は明らかに疲弊している。イェルは小さな肩を叩いた。
「ひまり、少々休みましょう。ペースが落ちてきています」
「うん」
イェルも交代で解除を手伝っているが、イェルができるのは3属性のみ。残りの4属性はひまりでなければできない。
杖を置いたひまりの手は、握り締めすぎて杖のあとがついている。親指と人差し指の付け根にできたたこが赤くなっていた。
「ひまり。この石には一体どんな秘密が隠されているんです?」
「ええと……、まだはっきりとは分からないんだ」
ひまりは眉を下げた。
この召喚石がそもそも宰相が用意したものだという確証もない。
魔法陣を見たところで、なんの手がかりも掴めない可能性もある。
「この解除の術も、何の意味もないかもしれない。そのときはごめんなさい」
両手を合わせて目を瞑るひまり。
そんなひまりをイェルは心配そうに見つめた。
「……ひまりは勇者だから、そんなに頑張っているんですか?」
短い間だが一緒にいてよく分かった。ひまりはまだ幼いのに責任感があり、とても努力家だ。
勇者として召喚された自分の責務を果たそうと懸命に動いている。
だとしたら、彼女が今疲弊している理由の一端は自分にある。
彼女を召喚したのは、自分なのだから。
だがひまりは、笑って首を横に振る。
「ううん。違うよ。今頑張って術を解いているのは、勇者だからとかじゃない」
あ、いや、ちょっとは関係あるのかな? なんて言って、首を傾げて笑った。
「私、報われてほしいんです。がんばってる人に報われてほしい」
思い出すのは兄の背中と、アイヴィーの涙。
理不尽な力に押しつぶされそうな人がいる。
歯を食いしばって、それを耐えている人がいる。
報われてほしい。どうか厳しい逆風を乗り越えた先に、綺麗な風景を見てほしい。
そうでなくては嫌だ。
それがひまりの行動原理だった。
「だから私は、今がんばってるんです」
イェルは黙ってひまりの言うことを聞いていた。たこのできた小さな手に、自分の手を重ね、ぽつりと呟く。
「報われるべきなのはあなたもですよ、ヒマリ」
少しでも回復するようにと魔術をかける。
白い光がイェルの手のひらを通じてひまりを包む。
イェルは微笑んだ。グラース国に派遣されてから、予想外の連続だった。
勇者の乱入や、予想を超えたギフテッド。それを教会に隠してしまった自分。
本当に色々あったけど、変わらずに思っていることが1つある。
「私が召喚した勇者が、あなたでよかったです」
「えへへ、ありがとう。イェルさん」
2人は顔を見合わせて微笑んだ。
後ろの扉がゆっくりと開き、フィーロがちょっとだけ顔を出した。明らかに困った顔をしている。
「その、すまない。そろそろ食事にしないか? 葉太郎が心配のあまり、ブリッジをしながら部屋中を駆け回っていて……」
イェルは眉間を押さえた。
「あっちの勇者は召喚してよかったのかそうでないんだか分かりませんが……」
ひまりがくふふ、と笑う。
珍しく、少しいたずらっぽい笑顔だった。
「いつか分かるよ、だって私のお兄ちゃんだもの」
そうして2人はブリッジ疾走する葉太郎を止めるべく、もとい、ご飯にすべく立ち上がったのだった。
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それから2人は石の術を解除し続けた。
途中でフィーロも少し手伝ったり、葉太郎が応援のサンバを踊ったりもした。
生来の努力家気質と、異世界転移による能力の向上。その2つがかけ合わさったひまりの魔術習得能力には目を見張るものがあり、解除の術の練度はみるみる上がっていった。
そうして3日が過ぎたときだ。
勇者一行の前に鍛治師が姿を見せた。
鍛治師は満足そうな表情でひまりに近づくと、木の箱を渡した。
「今朝方ようやく納得のいくものができあがったぞ。まったく、そこの兄貴が色々注文つけるから、大仕事だった」
ひまりと葉太郎が、顔を見合わせた。
中に入っているものは、もちろん「あれ」だろう。
ひまりは期待に満ちた顔で、その蓋を開けた。
「わあ……!」
氷の彫刻のような透き通ったステッキ。
子どもが持ちやすいようグリップ付き。先端にはソル・ルビーを削って作られたふっくらとしたハートマーク。
その下には葉太郎デザインの片なが結びのリボンマークの装飾が施されている。
繊細なデザインを匠の技術で再現した、この世に一本しかない、ひまりのための武器だ。
「うわあ、うわあ……!」
ひまりが目を輝かせ、ほっぺを赤くしながらステッキを見つめる。
くるりと一回転して、変身ステッキを前に構えた。
「どうかな?」
葉太郎ががくりと倒れ伏した。
「一撃KOだ」
「お兄ちゃん、まだなにもやってないよう」
イェルとフィーロも、そんなひまりを見て微笑んでいる。
「せっかくです。ヒマリ、そのステッキを使って解除の術を使ってみましょう」
「うん」
ひまりがいつも通り、魔力を研ぎ澄ませる。
すると城から支給された杖の何倍も早く、自分の魔力が杖に流れていく感覚があった。
例えるなら堰き止められて少しずつこぼれ落ちていた水が、するりと流れ落ちるようなそんな感覚。
自分用の杖とは、こうも違うものなのか。 驚きつつも、ひまりはさらに意識を研ぎ澄ませる。今まで1つずつ解除していた術を、一度に2つ解いた。
それを感じ取ったイェルが目を見開く。
(まだいける、2つ、3つ!)
ひまりが杖を掲げる。ハートの宝石部分が淡い光を帯び、内側からきらきらと光った。
「4つ…5つ!」
ひまりが水晶に杖を向けた、その瞬間。
ぴしり、と水晶に亀裂が走った。
皆がはっと息を呑む。
ぴしり、ぴしりと亀裂が水晶中に広がり、水晶が粉々に砕けた。
ひまりとイェルが手を取り合って喜ぶ。
「やったあ!」
葉太郎が滂沱の涙を流し「ひまりいい!」と叫ぶ。
破片に気をつけながら、手袋をはめたフィーロが中から出てきた石を拾い上げ、皆に見せた。
丸く平たい石には、魔法陣が描かれている。
「──ぁ」
ひまりがくしゃりと顔を歪めた。
……その魔法陣には見覚えがあった。
ひまりは少しだけ俯いた。だがすぐに顔を上げ、兄の方を振り返る。
「お兄ちゃん」
「ああ、急ぐぞ。イェル、フィーロ。帰りの道すがら説明する。今は一刻も早く城に帰るぞ」
ただならぬ気配に、イェルは緊張した面持ちで尋ねる。
「グラース城で何かあったんですか」
「……これから、だな」
勇者達はグラース国へ帰還する。
王命に従い、国の平和を守るために。
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4章完結です!ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
5章は週3回、金土日更新ペースの予定です。
ついに事態が動き出した4章、勇者兄弟は果たしてグラース国になにをもたらすのか。シリアスちょいギャグで駆け抜けていきます。
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