8.
昼には、掃除の作業があった。
床を拭き、洗濯物を畳み、食器を片づける。
彼女たちは当然のように誰かへ命じようとしたが、命じられる相手などどこにもいない。
「誰か、これを片づけなさい」
「この世界では、自分で使ったものは自分で片づけます」
返された言葉に、彼女たちは何も言えなかった。
かつて凪沙に「この世界では、身分ある方のお言葉に逆らうものではありませんわ」と笑った自分たち。
今度は誰にも命令できない場所で、汚れた布を抱えて立ち尽くしていた。
さらに残酷だったのは、言葉の授業だった。
彼女たちは発音を間違えるたび、単語の意味を取り違えるたびに顔を赤くした。
笑われると思って身構えたが、教師は笑わず、ただ何度も練習させた。
「知らないことは、覚えればいいだけです。知らない人を笑う理由にはなりません」
その当然の言葉は、彼女たちの胸を抉った。
凪沙は知らなかっただけだった。
教えられれば覚えたし、間違えても直そうと努力をしていた。
それなのに自分たちは、その努力を見もせず。
ただ『異界人だから』との理由だけで嘲笑った。
夜、令嬢たちは薄い布団の中で互いのすすり泣きを聞いた。
誰も慰めなかった。
慰める資格がないと、全員が分かっていたからだ。
「凪沙様」
誰かが、震える声でその名を呼んだ。
「申し訳ありませんでした。あなたが知らないからと見下して、笑って、傷つけました」
「どうか、謝らせてください。どうか、一度だけでも」
けれど、その声もまた届かなかった。
凪沙は彼女たちの涙を知らない。
彼女たちがようやく自分の醜さを理解したことも知らない。
知る必要など、どこにもない。
翌朝になれば、また別のブーメランが返ってくる。
髪型を笑えば、誰にも梳かれず乱れた髪のまま並ばされる。
作法を笑えば、箸もペンもまともに扱えずに赤面する。
身分を誇示すれば、名前ではなく番号で呼ばれる。
扇で隠していた嘲笑は、隠すもののない素顔へ、そのまま突き刺さった。
貴族の子息たちは、さらに惨めだった。
彼らは異界の娘を好きにできると思っていた口で、今度は自分たちの意思がまるで通らないことに怒り狂った。
力で押し通そうとした者は拘束され、脅し文句を並べた者は記録され、軽薄な笑みを浮かべた者は誰にも相手にされなかった。
「この世界では、嫌がる相手に近づけば罰せられます」
その説明を聞いた瞬間、彼らはようやく理解した。
自分たちが凪沙にしようとしていたことが、この世界ではどれほど卑しく、どれほど軽蔑されるものなのかを。
子息たちへの断罪は、彼らが最も軽く見ていたもの ──── 拒絶の言葉から始まった。




