5.
一方で、この世界に落とされた者たちは、最初こそ自分たちが被害者だと叫んでいた。
日本へ転移した者は、まだ幸せだった ── と、最初は誰もが思った。
だがそれは、少なくとも言葉が通じずとも即座に命を奪われない、という程度の幸せでしかなかった。
警察に保護され、病院で検査を受けた。
言葉が通じないとはいえ、彼らの言葉を通訳できる者などいるはずもない。
身振り手振りで意思疎通するしか出来ず。
それでも、何とか通訳といえる人が見つかり付けてもらえるようになった。
元の世界の神が彼らのために派遣した案山子である。
「通訳が付くのは半年だけ」という期間限定だった。
そんな通訳越しに事情を聞かれる。
そのひとつひとつが、彼らにとっては屈辱だった。
最初に覚えた言葉は「この世界では」だった。
通訳は、何かを言うときは必ず「この世界では」と言い続けたからだ。
まず、彼らは短い単語を覚えた。
皿、コップ、グラス。
食事、水、軽食。
欲しい、飲みたい、食べたい。
幼子のように単語を並べる。
それだけで、周囲に意思が通じるようになった。
言葉が少しずつ通じると、彼らは必死になって言葉を覚え始めた。
しかし、通じても許されないこともある。
生来の傲慢さが顔を擡げた。
王族だから、貴族だから、神官だから。
そう訴えても、誰も膝をつかない。
誰も頭を垂れない。
命令口調で水を寄こせと言えば注意され、怒鳴れば警備員を呼ばれ、手を振り上げればその場で取り押さえられた。
そのたびに通訳は繰り返す。
「この世界では、身分証明が必要です」
「この世界では、勝手に人を従わせることはできません」
「この世界では、あなたの言葉だけで事実とは認められません」
彼らはそのたびに怒り、喚き、命令した。
だが、命令は通じなかった。
剣も魔法も、この世界の規則の前では意味をなさなかった。
第二王子エリオルは、もっとも早く現実を思い知らされた。
彼は保護施設で出された簡素な食事を見て皿を払いのけ、「王族にこのようなものを食わせる気か」と叫んだ。
だが返ってきたのは、貴族的な恐れでも侍従の謝罪でもない、淡々とした注意だけだった。
「この世界では、食事を粗末にする人に食べる権利はありません」
その言葉に、エリオルは凍りついた。
かつて自分が何度も凪沙に投げつけた「この世界では」という言葉が、今度は何の悪意もなく、自分自身を縛る規則として返ってきたのだ。




