2.
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それから半年が過ぎた。
凪沙に与えられた部屋は、王城の東棟にあった。
窓から庭園が見え、調度品は美しく、衣服も食事も不自由はなかった。
……けれど、そこに自由はなかった。
外へ出る時は侍女がついた。
廊下を歩けば兵士が距離を置いてついてきた。
手紙を書こうとしても、届ける相手はいない。
元の世界の家族に連絡する術もない。
それでも最初の頃、凪沙は努力した。
言葉を覚え、礼儀作法を覚え、この世界の歴史を学んだ。
怒鳴られても、笑われても、黙って耐えた。
自分が感情的になれば、「異界人は野蛮だ」と言われると分かっていたからだ。
「まあ、今日もその歩き方?」
「仕方ありませんわ。異界では、それが淑女の作法なのかもしれませんもの」
「この世界では、そのような振る舞いは恥とされますのよ」
この世界では。
その言葉は、いつだって刃のように使われた。
凪沙が知らないことを責めるとき。
凪沙が戸惑うことを笑うとき。
凪沙が嫌だと言ったことを押しつけるとき。
「この世界では、身分ある方のお言葉に逆らうものではありませんわ」
「この世界では、殿方に選ばれることは名誉ですの」
「この世界では、あなたのような方でも、役に立てる場所があるのですから」
令嬢たちは扇で口元を隠しながら笑った。
凪沙は紅茶の器を持つ手に力を込めた。
熱い茶が少しだけ指にかかる。
けれど、痛みよりも胸の奥の冷たさの方が強かった。
別の日には、若い貴族の子息たちが凪沙を取り囲んだ。
「異界の娘というのは、本当に珍しいな」
「婚約者が決まっているとはいえ、第二王子殿下も大変だ」
「この世界では、王族の婚約者には相応の務めがある。なあ?」
下卑た笑い声が重なった。
凪沙は一歩下がった。
すると彼らは、それを面白がるように距離を詰めた。
「怖がらなくてもいい。この世界では、女は守られるものだ」
「ただし、守られるにはそれなりの価値を示さねばならない」
「異界の作法を教えてやってもいいぞ。とくに夜の作法を、手取り足取りな」
凪沙は何も言わなかった。
言えば、もっとひどい言葉が返ってくる。
そう学んでしまっていた。
助けを求めようにも、周囲にいた使用人たちは目を伏せるだけだった。
そして第二王子、エリオル。
凪沙の婚約者に据えられた男は、最初から彼女を嫌っていた。
「父上も愚かなことをなさる」
婚約を告げられた日の夜、エリオルは凪沙を見下ろしてそう言った。
「異界の娘など、王家に迎えて何になる。しかも、礼儀も血筋も持たぬ者を」
「私だって、望んでここに来たわけじゃありません」
「知っている。だからといって、同情されると思うな」
彼は冷たい目をしていた。
「この世界では、王族の婚姻は国のためにある。お前個人の事情など、考慮されない」
まただ、『この世界では』。
「では、私の世界ではどうだったか、聞いてくれますか」
凪沙がそう言うと、エリオルは鼻で笑った。
「必要ない。お前の世界の常識など、ここでは何の価値もない」
その時、凪沙の中で何かが静かに折れた。
怒りではなく、悲しみでもなかった。
もっと冷たい、澄んだ感情だった。
ああ、そう。
この世界では、私の世界の常識に価値がないのね。
なら、私の願いにも、この世界の常識を当てはめる必要などないわ。




