1.
凪沙が最初に聞いたのは、鐘の音だった。
遠くから降ってくるような、けれど耳のすぐそばで鳴っているような、不思議な音。目を開けると、そこには見知らぬ天井があった。白い石を組み上げた高い天井。色硝子から差し込む光。床には複雑な紋様が描かれ、凪沙の足元で淡く輝いている。
ついさっきまで、彼女は学校帰りの道を歩いていたはずだった。
夕方の商店街。買い物袋を提げる人、信号待ちの自転車、コンビニの前で笑う同級生たち。そんな当たり前の世界が、一瞬で消えた。
「成功したぞ」
誰かがそう言った。
歓声が上がる。拍手まで聞こえた。凪沙は状況を理解できないまま、周囲を見回した。長いローブを着た老人たち。甲冑姿の兵士。豪奢な服をまとった男女。そして玉座のような椅子に座る、王冠をかぶった男。
誰も凪沙に「大丈夫か」とは聞かなかった。誰も、彼女が震えていることを気にしなかった。
「異界より来たりし乙女よ」
王冠の男が重々しく口を開いた。
「そなたは我が国に招かれた。これより、この世界のために尽くすがよい」
「……招かれた?」
凪沙の声は、自分でも驚くほどかすれていた。
「私は帰りたいです。ここがどこかも分からないし、家族も、友達もいるんです」
「案ずるな」
今度は神官らしき老人が言った。
「神は、そなたに一つだけ願いを叶えると約束しておられる。それほどの恩寵を受けた身であれば、不満などあるまい」
不満。
凪沙はその言葉を聞いて、ぞっとした。
突然知らない場所に連れてこられ、帰りたいと言っただけで、不満と言われる。
自分の人生を奪われたと訴えることすら、この人たちにとってはわがままなのだ。
その時、凪沙の頭上に光が集まった。あたたかい光だった。
けれど、凪沙は安心できなかった。
【すまなかった】
声が響いた。男とも女ともつかない、若くも老いてもいない声。
誰もが一斉に膝をついた。
王も、神官も、兵士も、貴族たちも。
【本来、異界の者をこのように招くべきではない。だが、この歪められた世界の理により、召喚は成されてしまった。
せめてもの償いとして、そなたの願いを一つ叶えよう】
「どんな願いでも?」
【叶えられる限りは】
「それは、いますぐ決めないといけないの?」
会場が揺れた。誰かが息を呑む音がした。
【いや。そなたが望む時でよい。
願いを告げる時は、我を呼ぶがいい】
「どう呼べばいいの?」
【神に願う、と】
凪沙は小さく頷いた。
神官の言葉は神託により聞いたもの。
改めて、全員の前で神は私に『願いを叶える』と約束した。




