10.
だが、その声は凪沙には届かなかった。
届く道など、最初からなかった。
凪沙はもう彼らのいる場所を知らず、知ろうともせず、彼らの謝罪を受け取る義務もなかった。
謝ったからといって、奪った時間は戻らない。
悔いたからといって、与えた恐怖は消えない。
心からの謝罪であっても、相手に届かなければ償いにはならない。
そして、たとえ届いたとしても、許すかどうかを決める権利は凪沙にだけあった。
彼らに許される日は来ない。
なぜなら凪沙は、もう彼らを許すために生きてはいないからだ。
それでも彼らの罪は、忘却を許さなかった。
エリオルが「俺を誰だと思っている」と叫べば、「この世界では、肩書きではなく働きで判断されます」と返される。
令嬢が「こんな服は恥ずかしくて着られない」と泣けば、「この世界では、服で人の価値は決まりません」と返される。
子息が「女のくせに逆らうな」と吐けば、「この世界では、その考え方こそ最大の恥です」と返される。
何度も、何度も、特大なブーメランが返ってくる。
そのたびに彼らは思い出す。
凪沙がどんな顔をして黙っていたか。
どんな声で帰りたいと言ったか。
どれほど孤独な場所に立たされていたか。
そしてその孤独を作ったのが、自分たちだったということを。
日本以外に落とされた者たちは、さらに過酷だった。
砂漠、山岳、極寒の地、言葉の通じない街。
かつて美しい衣装と家名に守られていた者ほど、何もできなかった。
水の買い方も、助けの求め方も、眠る場所の探し方も分からない。
彼らが凪沙に向けた嘲笑は、今度は彼ら自身の無知へ向けられるものになった。
助けを求めても、思いどおりの助けは来ない。
泣いても、叫んでも、神の光は降りない。
身分を名乗っても通じない。
怒鳴っても従わせられない。
ようやく彼らは知った。
知らない世界へ突然放り込まれ、常識を知らないと笑われることが、どれほど理不尽で惨めなことなのかを。
しかも、彼らは簡単には死ねなかった。
神が与えた転移の余波なのか、異世界で鍛えられた肉体の性質なのか。
病にも飢えにも傷にも、奇妙なほど耐えてしまう。
壊れそうになっても壊れきれず、生き続けるしかなかった。
「神様、お願いだ」
嘗て王だった男が、どこかの路地裏でそう呟いた。
「帰してくれ。元の世界へ。私は王なのだ。あの国には、私が必要なのだ」
返事はなかった。
謝罪ではなく、懇願。
凪沙への反省ではなく、自身が如何に必要な存在なのかを主張する言葉だった。




