11.
彼らは知らない。
元の世界では、すでに彼らの存在が薄れていることを。
記録の上では、最初からそこにいなかった者として扱われ始めていることを。
王の名も、貴族の家名も、神官の権威も、ゆっくりと歴史の端から解れて消えていく。
元の世界に、彼らは『必要のないもの』となっている事実を。
そして、彼らの生命力は、この枯れ始めた星へ少しずつ注がれていた。
乾いた大地に草が戻り、濁った川に魚が戻る。
誰にも気づかれないほどゆっくりと、けれど確かに、この世界は息を吹き返していく。
その事実を、彼らが知ることはなかった。
知ったとしても、誰も彼らに同情しなかっただろう。
なぜなら彼らは、凪沙が泣きそうな顔をしていた時、ただ笑っていた者たちだったからだ。
この世界では、奪った者が、奪われる痛みを知る。
この世界では、他人の人生を弄んだ者が、自分の人生を選べないまま生き続ける。
この世界では、嘲笑した言葉は、いつか自分の首を絞める鎖になる。
そして凪沙は、もう二度と振り返らなかった。
彼らがどれほど泣こうが、縋ろうが、許しを乞おうが。
それらはもう、凪沙の人生には入り込めない。
異世界に通じる扉は閉じた。
その鍵は凪沙の手の中にある。
そして凪沙は、その鍵を二度と誰かに渡すつもりはなかった。
数か月後、凪沙はいつもの制服を着て、いつもの道を歩いていた。
鞄の重みも、朝の冷たい空気も、友人の何気ない笑い声も。
以前と同じようで、けれど以前よりずっと確かなものだった。
誰かに選ばれるためではない。
誰かの顔を立てるためでもない。
誰かの世界の都合に従うためでもない。
凪沙は凪沙自身のために、今日を選んで歩いていた。
昼休み、友人に呼ばれて振り返った凪沙は、ごく自然に笑った。
その笑顔は、夜会で作らされたものとは違う。
命じられたものではなく、奪われたものでもなく、自分の意思で浮かべた笑みだった。
その頃、どこかでエリオルが凪沙の名を呼んでいたとしても。
令嬢たちが涙ながらに許しを乞うていたとしても。
子息たちが己の卑しさに膝を折っていたとしても。
凪沙の世界には、もう一片の影も落とせなかった。
凪沙は救われる側で終わらない。
奪われた時間を抱えたまま、それでも自分の足で未来へ進む。
許さないことを選び、忘れないことを選び、それでも幸せになることを選ぶ。
それが、彼らにとって最も届かない場所だった。
この世界では、凪沙の人生は凪沙のものだ。
〈了〉




