↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/16

アヘアヘ

挿絵(By みてみん)

 開会式は滞りなく進んでいた。

 五十校の代表選手が整列し、巨大な透明天蓋の下を吹き抜ける冷気が、真夏の暑さを忘れさせている。

 甲子園球場はもはや一つの都市施設であった。成層圏から降り注ぐ太陽光を調整する採光天蓋、選手の安全を守る衝撃吸収式グラウンド、競技中の全選手の状態を監視する医療観測装置、そして球場上空を静かに旋回する中継ドローン。二十一世紀の球場とは比較にならない設備を備えながらも、中央に広がる白球の舞台だけは、百年前と変わらぬ土と芝の姿を残していた。


「さあ、第五十回未来全国高等学校野球選手権大会、開会式もいよいよ終盤となりました」

 実況席では、ベテランのアナウンサーが落ち着いた口調で場内の様子を伝えていた。

「今年も帝都工業、東北機械学園、関西重工附属、九州電装高校、北海道開拓学院など、全国の強豪校が勢揃いしております」

 大型映像には各校の戦力分析が次々と映し出される。


 最高球速。

 反応速度。

 人工筋肉出力。

 観客たちは数字が映るたびに歓声を上げた。


「そして今大会唯一、詳細な資料が届いていない学校がございます」

 アナウンサーは手元の資料を見直した。

「ハワイ県代表、高天原高校。監督、天戸照江先生。登録選手九名。それ以外の情報は現在のところ確認できておりません」

 解説者も苦笑する。

「ここまで情報がない代表校は私も初めてですね」

「ただいま新しい情報が入りました」

 実況席へ係員が駆け寄り、小型端末を差し出した。

 アナウンサーは画面へ目を落とす。

「成層圏滞空型水素気球プラットフォームより海上監視情報です。南鳥島付近海域において、一隻の大型双胴アウトリガーカヌーを確認。船体識別信号から、ハワイ県代表高天原高校の輸送船《アヘアヘ》であることが判明いたしました」


 場内の大型映像へ、青い太平洋の映像が映し出される。

 どこまでも続く紺碧の海。

 その中央を、二本の大きなアウトリガーを左右へ張り出した一隻の帆船が、白い帆いっぱいに風を受けながら静かに進んでいた。


「現在、予定航路を順調に航海中。本大会には十分間に合う見込みとのことです」

 観客席から安堵の声が漏れた。

「いやあ、まさか帆船で来る学校があるとは驚きました」

「本当に変わった代表校ですね」

 映像はしばらく《アヘアヘ》を映したあと、再び開会式へ戻った。


 一方その頃。

 南鳥島北方海域。

 大型双胴アウトリガーカヌー《アヘアヘ》は、穏やかな追い風を受けながら静かに北上を続けていた。

 船首では疾風乱が水平線を眺め、静馬は帆の張り具合を確かめながら舵を取っている。

 白銀剛は黙々と素振りを繰り返し、朝霧兄弟は左右のアウトリガーを点検していた。

 鬼塚渚は甲板へ並べた野球道具を丁寧に磨き上げ、坂巻万次郎は木陰へ寝転んだまま、古びた野球漫画のページを静かにめくっていた。

 天戸力だけは、船尾へ腰を下ろしたまま、じっと海風へ顔を向けていた。

 やがて、小さくつぶやく。


「……静馬」

「何ですか」

「風が少し変わった」

 静馬は帆を見上げた。

「いいえ。風向きはさっきから変わっていません」

「そうか」

 力はそれ以上言わなかった。

 しかし再び鼻先へ吹き抜けた潮風を、ゆっくりと吸い込む。

 波が船腹をたたく音。

 帆布を揺らす空気の震え。

 潮の匂い。

 そのすべてが、ほんのわずかではあるが、先ほどまでとは違っていた。

 力は誰にも聞こえないほど小さく息を吐き、再び静かに水平線の彼方へ耳を澄ませた。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。