嵐
猛烈な暴風雨だった。
黒雲は昼間だというのに空を夜のような暗さへ変え、稲妻が何本も海面へ突き刺さる。雷鳴は腹の底まで響き、吹きつける風は人間の叫び声など一瞬でかき消してしまうほどだった。
巨大な波がアヘアヘ号を持ち上げたかと思うと、次の瞬間には深い谷へ叩き落とす。
「右へ! もっと右だ!」
疾風乱が雨をぬぐう暇もなく叫ぶ。
「分かってる!」
加賀雄一が舵へ体重をかける。
しかし風は容赦なく船首を押し返した。
アウトリガーを備えたアヘアヘ号は驚くほど安定していた。
どれほど横波を受けても転覆する気配はない。
だが、安定していることと進めることとは別だった。
雨が視界を奪い、羅針盤も激しく揺れる。
どちらへ向かっているのかさえ分からない。
「帆を締めろ!」
白銀剛が叫ぶ。
一郎と二郎が同時に綱へ飛びついた。
左右対称の動きで帆をたぐり寄せる。
鬼塚渚は雨に打たれながら浸水をくみ出し、坂巻万次郎は荷物が流されないよう必死に押さえ込んでいた。
天戸力は船体へ耳を当てていた。
「次の波が来ます」
その声が終わるより早く、巨大な白波が船首へ襲いかかった。
全員が身構える。
轟音とともに海水が甲板を洗い流した。
それでも誰一人持ち場を離れない。
「まだだ!」
乱の声が嵐を突き抜ける。
「ここで負けるわけにはいかない!」
その頃、日本国防軍海難救助司令部では、一隻の小型船を示す反応が大型スクリーンへ映し出されていた。
「漂流船一隻確認」
「現在位置、暴風域の中心」
「このままでは危険です」
指揮官は即座に命令した。
「救助隊発進」
格納庫の巨大な扉が開く。
姿を現したのは、新型海難救助飛行艇だった。
かつて世界最高の救難飛行艇と呼ばれたUS―2の思想を受け継ぎながら、さらに大型化された水陸両用救助機である。
四基のエンジンが唸りを上げ、白い巨体は豪雨の中へ飛び立った。
数分後。
飛行艇は荒れ狂う海面へ着水する。
巨大な船体後部のハッチがゆっくりと開き、海面まで傾斜路が伸びた。
「アヘアヘ号、こちら日本海難救助隊です! そのまま前進してください!」
乱は驚きながらもうなずいた。
「みんな、真っすぐだ!」
荒波をかき分け、小さな船は巨大な飛行艇の腹へ吸い込まれていく。
格納庫の扉が閉じられると同時に、飛行艇は再び海面を滑走した。
やがて機首がゆっくり持ち上がる。
激しい振動のあと、巨大な機体は嵐の空へ舞い上がった。
格納庫では救助隊員たちが濡れ鼠になった一行へ毛布を配っていた。
ところが、当の高校生たちは誰一人落ち込んではいなかった。
「惜しかったなあ」
雄一が笑う。
「あと少しで抜けられたのに」
「次はもっと早く帆を絞ろう」
白銀が真面目な顔で言う。
万次郎は濡れた漫画本を心配そうにめくっていた。
「よかった。文字は読める」
一郎と二郎は互いの無事を確かめ合って笑い、乱は早くも次の航海について話し始めていた。
救助隊員たちは呆れたように顔を見合わせる。
「……遭難して助けられた高校生とは思えんな」
「まるで遠足から帰ってきた子供たちですよ」
年配の隊員が苦笑した。
「いや」
指揮官はアヘアヘ号を見つめたまま静かに言った。
「こいつらは最初から、助かるつもりで海へ出た連中なんだ」




