拝礼
巨大飛行艇から切り離されたアヘアヘ号は、曳航艇に導かれながら大阪湾へゆっくりと入港した。船体は傷だらけだった。帆は何か所も裂け、船腹には暴風雨で刻まれた無数の傷が残っている。船首は幾度も大波を受けた跡が生々しく残り、壮絶な航海であったことを物語っていた。しかし甲板に立つ九人は誰一人疲れた様子を見せない。乱は胸を張り、雄一は岸壁へ向かって大きく手を振る。白銀は静かに腕を組み、静馬は潮風を受けながら穏やかな笑みを浮かべていた。一郎と二郎は肩を並べ、鬼塚渚は乱れた髪を指で整え、坂巻万次郎だけは濡らさぬよう抱えてきた漫画本を安心したように胸へ抱きしめていた。
岸壁には数え切れない報道陣が詰めかけていた。
「来たぞ!」
「ハワイ県代表だ!」
無数の撮影ドローンが一斉に空へ舞い上がる。
「こちら大阪湾です。ただ今、話題のハワイ県代表、高天原高校野球部が到着しました」
中継を担当する女性アナウンサーの声が全国へ流れた。
「注目すべきは、この選手たち全員が生身の人間であるという点です」
港は一気にざわめいた。
「本当に生身なのか」
「隠れて改造しているんじゃないか」
「危険すぎる」
「連盟はなぜ出場を認めた」
一方で別の記者は興奮気味に叫ぶ。
「高校野球の原点が戻ってきたとも言えます! 勇気ある挑戦を応援したいという声も集まっています」
その映像は瞬く間に全国へ配信された。
情報端末には視聴者の反応が次々と表示される。
『キャプテン、小さい!』
『あの子、本当に投手?』
『かわいすぎる』
『白髪のセンターは誰だ』
『黒人ショート格好いい』
『双子がいるぞ』
『セカンドは男? 女?』
『あのファースト、妙に親しみがある』
『生身じゃ危険だ』
『だから応援したくなる』
『一勝してくれ!』
高天原高校は開会式前日ですでに全国一の話題校となっていた。
夕方、一行は大会指定の宿舎へ入り、荷物を置くとすぐに外出した。
向かった先は大阪の古い町並みにたたずむ素戔嗚神社だった。
夕暮れの境内には涼しい風が吹き、玉砂利を踏む音だけが静かに響いている。
一同は鳥居の前で一礼し、静かに境内へ入った。
神職の案内で本殿へ進む。
祭壇の前には九本の玉串が用意されていた。
乱が最初に進み出る。
神職から玉串を受け取り、静かに祭壇へ奉り、深く頭を垂れた。
続いて白銀、天戸、静馬、雄一、朝霧兄弟、鬼塚、万次郎も一人ずつ玉串を奉奠する。
誰一人言葉を発しない。
勝利だけを願っているのではなかった。
ここまで導いてくれた祖先への感謝。
そして、自分たちが信じる野球を最後まで貫き通す決意。
その思いだけを、それぞれ胸に秘めていた。
神職の祝詞が静かに本殿へ響き渡る。
境内を吹き抜けた風が大きな御神木を揺らした。
枝葉がさやさやと鳴る。
まるで素戔嗚大神が、九人の若者たちの誓いを静かに受け止めたかのようだった。
翌朝、高校野球の歴史を大きく揺るがす一日が、いよいよ幕を開けようとしていた。




