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電脳甲子園

挿絵(By みてみん)

 夏空の下、甲子園球場では開会式が始まろうとしていた。

 もっとも、かつて「夏空」と呼ばれたものは、今では巨大な透明天蓋越しに見える人工の青空である。二十二世紀に入ってから完成した新甲子園球場は、直径三キロに及ぶ全天候型ドームとなり、台風も豪雨も猛暑も試合を妨げることはなくなった。天然芝は地下の自動管理装置によって一年中最良の状態に保たれ、スタンドには数十万人の観客と立体映像観戦席が設けられていた。


 開会式の音楽が流れ始める。

 四十九都道府県、そして新たに加わったハワイ県。

 合計五十代表校が整然と入場してくる。

 どの学校の選手も、遠目にもサイボーグであることが分かった。


 銀色の関節がのぞく腕。

 人工筋肉で膨らんだ脚。

 眼球に埋め込まれた演算装置。


 もはや高校野球において、生身の人間は過去の存在となっていた。

「さあ、今年も全国の強豪校が勢ぞろいいたしました」

 実況席のアナウンサーが声を弾ませる。

「優勝候補筆頭、東京第一工業高校。昨年の覇者、大阪機甲学園。そして九州電子高校、北海道重工高校と、今年も強豪ぞろいです」

 大型スクリーンには各校の選手紹介が映し出される。


 投球速度。

 演算能力。

 人工筋肉出力。

 生体部品比率。


 サイボーグ野球では、それらもまた選手紹介の一部だった。

「そして最後は、今大会初出場となりますハワイ県代表――」

 アナウンサーは一瞬言葉を止めた。

 資料をめくる。

「ええ……高天原高校」

 大型スクリーンには校名だけが表示される。

 しかし、選手の姿が見えない。

 行進しているのは、校名を掲げたプラカードだけだった。

 観客席がざわつく。

「おや……?」

 アナウンサーも困惑した声を出した。

「資料によりますと、高天原高校となっておりますが、学校紹介は校名のみ。選手名簿以外の資料が一切ございません」

 隣の解説者も首をひねる。

「私も初めて聞く学校ですね」

「創部年数も戦績も記録がありません。まったく未知の代表校です」

 アナウンサーは苦笑した。

「いやあ、実況泣かせの学校ですね」

 それでも行進は続く。

 プラカードだけが静かに列へ加わり、五十校目として定位置へ向かった。

 スタンドでは観客たちが不思議そうにささやき合っていた。


「選手はどこだ?」

「遅れているのか?」

「まさか棄権じゃないだろうな」

 誰も答えを知らない。


 ただ一人、大会本部席で松岡だけが険しい表情を浮かべていた。

 高天原村で見聞きした出来事が脳裏によみがえる。


 あの小柄な主将。

 傷だらけの三塁手。

 豪快な打撃。

 そして、あまりにも揺るがない部員たちの決意。


 松岡は胸の奥に小さな不安を覚えていた。

 あの村には、自分たちの知らない何かがある。

 その正体は、まだ誰も知らなかった。

挿絵(By みてみん)

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