説得
食事が終わると、高野連代表団はあらためて部員全員を前に腰を下ろした。
松岡は一人一人の顔を見回し、静かに口を開いた。
「諸君。われわれは決して君たちを侮っているわけではない」
部員たちは黙って耳を傾ける。
「むしろ予想以上の技量だった。しかし、それでも甲子園は別だ」
松岡の声には長年高校野球に携わってきた者だけが持つ重みがあった。
「相手は全国から集まる最新型サイボーグ選手だ。今日見せてもらった練習程度で判断しているわけではない。現実問題として、生身の人間が太刀打ちできる相手ではない」
乱は腕を組んだ。
「だから出るんです」
「君は話を最後まで聞きなさい」
「聞いています。でも答えは変わりません」
松岡はため息をついた。
「白銀君」
白銀剛は静かに顔を上げた。
「君ほどの選手なら、本土の学校へ転校する道もある。サイボーグ手術を受ければ――」
「結構です」
短い返事だった。
「私は、この仲間と甲子園へ行きます」
それ以上は何も言わなかった。
今度は天戸力へ向き直る。
「君も同じ考えかね」
力は穏やかに微笑んだ。
「はい。皆で行くと決めています」
その口調には少しの迷いもなかった。
「加賀君」
「はいっ」
雄一は元気よく返事をした。
「怖くないのか」
「怖いですよ」
あっさり答えた。
「でも面白そうじゃないですか。日本一強い奴らと試合できるなんて」
松岡は思わず額を押さえた。
朝霧一郎が笑った。
「俺も出ます」
二郎もうなずく。
「兄さんが行くなら」
鬼塚渚は丁寧に頭を下げた。
「私は主将の判断を信じています」
最後に松岡は坂巻万次郎を見た。
万次郎は湯飲みを置くと、のんびりした口調で言った。
「野球って、やってみなきゃ勝つか負けるか分からないでしょう」
「しかし確率というものがある」
「ありますね」
万次郎はにこりと笑った。
「だから面白いんですよ」
松岡は完全に言葉を失った。
部員全員が、それぞれ違う理由で甲子園を目指している。
しかし結論だけは一つだった。
誰一人、出場を諦めようとはしない。
しばらく沈黙が続いた。
やがて理事の一人が小声でつぶやいた。
「参加を止める理由がありませんな」
「そうだ」
松岡は苦々しくうなずいた。
「危険だという予感だけでは、出場停止にはできん」
選手は全員健康。
学校も正式な高等学校。
大会規定にも違反していない。
生身だからという理由だけで門前払いにすれば、高校野球連盟の理念そのものが揺らいでしまう。
結局、その日の会談は何一つ結論を得られないまま終わった。
代表団は重い足取りで立ち上がる。
「それでは、お見送りいたします」
静馬が柔らかく微笑んだ。
「私も行きます」
乱も後ろへ続く。
二人に案内され、高野連一行は再び村の中央通りを歩き始めた。
夕日が棚田を黄金色に染め、海から吹く風が稲穂を静かに揺らしていた。
巨大な朱塗りの鳥居が近づいてくる。
静馬は鳥居の前で立ち止まり、深々と一礼した。
「本日は遠いところ、ありがとうございました」
乱も軽く頭を下げる。
松岡は振り返り、高天原村を見渡した。
穏やかな村だった。
だが、その穏やかさの奥には、自分たちの常識では測れない何かが潜んでいるような気がしてならなかった。
代表団が鳥居をくぐろうとした、その時だった。
遠くの海の彼方から、低く長い汽笛のような音が風に乗って聞こえてきた。
乱と静馬は、ほとんど同時に水平線へ目を向けた。
その表情から笑みが消えたことを、松岡だけは見逃さなかった。
松岡は棚田の向こうで黙々と働く農業ロボットを見渡した。
村へ来てから、ずっと気になっていたことがある。
「村長さん」
「はい?」
「少し伺ってもよろしいですか」
「どうぞ」
照江は相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「この村は、見たところ農業が中心ですな」
「ええ、お米や野菜、それから果物も作っています」
「しかし、それにしては設備が立派すぎる」
松岡は遠くの淡水化設備へ目を向けた。
「農業ロボット、発電設備、通信施設……どれも最新式です。村の人口から考えても、維持費だけで相当な額になるはずですが」
照江は少しだけ首をかしげた。
「皆で工夫しておりますから」
「工夫だけで何とかなる額ではありません」
「そうですか?」
「失礼ですが、村の主な収入源は何でしょう」
照江は少し考えるように空を見上げた。
「米はよく採れますよ」
「いえ、それは分かります」
「お魚もおいしいです」
「……」
「皆、よく働いてくれますし」
松岡は思わず苦笑した。
「どうも核心だけは教えていただけないようですな」
照江もにっこり笑う。
「村には村の事情がありますから」
その言葉以上の説明はなかった。




