高天原村
静馬に案内された高野連一行は、村の中央に建てられた一軒の大きな木造家屋へと通された。
古風な瓦屋根の日本家屋であるが、屋根には太陽電池瓦が整然と並び、軒先には雨水を再利用するための配管が巡らされている。伝統と最新技術が、ごく自然に同居している建物だった。
玄関をくぐると、香ばしい味噌汁の香りが鼻をくすぐった。
「どうぞ、どうぞ。こんな山奥までようこそ」
台所の奥から現れたのは、一人の女性だった。
年のころは四十代半ばほど。派手さとは無縁の、木綿の割烹着姿で、髪は後ろでひとつに束ねている。柔和な丸顔に笑みを浮かべ、近所の世話好きな主婦といった印象で、とても高校野球部を率いる監督には見えなかった。
代表団の一人が名刺を差し出す。
「高野連理事の松岡と申します」
「まあ、ご丁寧にありがとうございます」
女性は両手で名刺を受け取ると、にこりと笑った。
「私は高天原村村長、それから高天原高校野球部の監督をしております、天戸照江と申します」
一同は思わず顔を見合わせた。
この人が監督。
しかも村長まで兼ねているとは。
松岡は軽く咳払いをして、本題を切り出した。
「本日は、高校野球連盟として大切なお話がございます」
「はい、伺っておりますよ。甲子園大会への参加のお話でしょう?」
「その件ですが……」
松岡は言葉を選ぶようにゆっくり続けた。
「率直に申し上げます。参加はおやめになった方がよろしい」
照江は首をかしげた。
「まあ、どうしてです?」
「現在の高校野球は、ご存じの通りサイボーグ野球です」
松岡は身を乗り出した。
「投球速度は音速を超え、打球も砲弾のような威力を持っています。選手たちは全身を強化手術し、人間の限界を越えた身体能力を持っております」
ほかの理事も口々に続ける。
「失礼ながら、こちらは全員生身と伺いました」
「事故になります」
「いや、事故どころでは済みません」
「死者が出る危険すらあります」
部屋の空気は重苦しくなった。
しかし照江だけは、まるで夕飯の献立でも聞いているかのような穏やかな笑顔を崩さない。
「まあまあ」
両手を軽く振って笑う。
「皆さん、お茶でも飲んで落ち着いてください」
「監督!」
松岡は思わず声を荒らげた。
「これは冗談ではありません! あなた方は村の子供たちを危険にさらそうとしているんですよ!」
「ええ、ええ」
照江は何度もうなずいた。
「ご心配くださってありがとうございます。でも、あの子たちは私なんかより、ずっとしっかりしておりますから」
「そういう問題ではありません!」
代表団は半ば悲鳴のような声を上げた。
「サイボーグ相手に生身で野球をするなど、常識では考えられない!」
そのときだった。
「監督、お呼びですか?」
澄んだ少女の声が玄関から聞こえた。
一同が振り向く。
立っていたのは、小柄な少女だった。
身長は百五十センチあるかないか。
短く切りそろえた黒髪に、大きな瞳。日に焼けた健康的な肌をしているが、その体は細く、どう見ても高校球児の体格ではない。
肩には野球道具を無造作に担いでいた。
「ああ、乱ちゃん。ちょうどよかった」
照江が笑顔で手招きをする。
「こちら、高校野球連盟の皆さん」
少女は一同へ向かって深々と頭を下げた。
「高天原高校野球部主将、疾風乱です。よろしくお願いします」
一瞬、時間が止まった。
「……主将?」
松岡が聞き返した。
「はい」
「君が?」
「はい」
「キャプテンなのか?」
「そうですけど?」
乱はきょとんとした顔で答えた。
代表団は絶句した。
生身の野球部。
しかも、その主将がこんな小柄な少女。
絶望という言葉が、これほど似合う状況もなかった。
松岡は最後の望みを託すように乱へ言った。
「君、分かっているのかね。甲子園は遊びではない。相手は全員、軍用サイボーグ技術を応用した最新鋭の選手たちだ。生身では勝負にすらならない」
乱の表情から笑みが消えた。
「だから、出るんです」
「何?」
「勝てるから出るんじゃありません」
乱はまっすぐ松岡を見つめた。
「私たちは、日本を守るため命を懸けて戦った英霊の子孫です。」
部屋は静まり返った。
「その人たちが命を懸けた国の子供が、機械相手だから怖いなんて言って逃げられますか。」
松岡は困惑した表情になる。
「いや……しかし日本は……」
乱は言葉を遮った。
「負けてなんかいません。」
その一言には、一片の迷いもなかった。
「本土ではどんな歴史を教えているか知りません。でも高天原村では違います。祖父も曾祖父も、みんなそう言って育ててくれました。日本は最後まで戦い抜いた誇り高い国です。」
照江は苦笑しながら湯飲みにお茶を注いだ。
「この子たちは昔からこうなんですよ。」
松岡たちは再び顔を見合わせた。
どうやら自分たちが足を踏み入れたこの村は、想像していた以上に常識の通じない場所らしい。




