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滝

挿絵(By みてみん)

 鬱蒼とした密林を、数名の日本人と現地ガイドが疲労困憊(こんぱい)を背中に感じて歩いていた。南国特有の照り付ける太陽がじりじりと脳天を貫き、濃密な緑のカーテンは、一歩進むごとに進路を邪魔した。


「まだ着かないのかね?」


 とうとう最後尾を歩く中年男性が悲鳴を上げた。

 身に着ける薄手の上着の脇は汗でびっしりと染みができて、首に巻いたタオルも汗を吸収して重くなっていた。

 その直前を歩くもう一人の男性もぶつぶつと独り言をつぶやいた。


「だいたい、このハワイの離れ小島に高天原村(たかがまはらむら)なんて隠れ里があるなんて、信じられんよ」


 現地ガイドは振り向き、なだめるような表情になった。

「まだね、もう少し辛抱ね」

 現地ガイドは見かけは日本人と同じだが、片言の日本語で答えた。

 ハワイ諸島の公用語は英語だが、第二公用語として日本語も採用されていた。もっともその日本語はかなり単純化されているが、意思は通じ合えた。

 現地ガイドを先頭に、五人の日本人男性という構成だった。


 後に続く日本人の手には、場違いともいえるジュラルミンのスーツケースがあった。

 身動きもこのような密林歩きに慣れたとは言い難く、しょっちゅう地面に張った根につまづいたり、ふいに顔に当たるクモの巣に大げさに驚いたりしていた。


 と、先頭の現地ガイドが歩きを止めた。


 それに気づかず、背後の日本人がガイドの背中にぶつかり顔をしかめた。

「なんで止まる?」

 ガイドは無言で右手を宙にあげ、制止した。その手を唇にもっていき、人差し指を立てた。

 静かに、という合図だった。

 日本人たちはガイドの様子に顔を見合わせ、キョロキョロと周囲を見回した。

 静寂の中、かすかに水音が聞こえてきた。

 どうやら瀧(たき)音のようだった。


 どうどうどう……。


 大量の水流が落下して破裂音を響かせている。

 ガイドは再び歩き出す。

 しかしその歩みは慎重で、さきほどまでの大股ではなく、一歩一歩確かめるようだった。

 巨大な樹木のカーテンが開き、突然視界が開けた。


「ほう……」


 日本人たちが思わず小さく歓声を上げた。

 滝だった。

 規模はそれほどでもなかったが、落下した水流が細かな飛沫を周囲にまき散らし、それまでの耐え難い暑さを和らいでくれていた。

「あれは……だれかいるな?」

 ガイドの様子に影響されたのか、日本人が囁いた。


 その通りで、落下する水流の中、ひとりの人物が水に打たれて首を垂れていた。姿勢は胡坐をかいていて、どうも座禅をしているように見えた。

 注意してみると日本人どころか、ハワイに多く住むポリネシア系にも見えなかった。

 白衣を身に着けているが、その白衣をあざむくほどの白い肌に、さらに真っ白な白髪。うつむいているため顔は見えないが、どうやら高い鼻とほりの深いヨーロッパ系の顔立ちをしているようだった。


 その人物が周囲の気配に気づいたのか、さっと顔を上げ立ち上がった。


 立ち上がると驚くほど背が高いのが分かった。

 身長はおそらく180センチを越しているであろう。

 真っ白な髪の毛は長く、背中の半分を覆うほどだった。

 足元の水面は低いため、くるぶしまでしかなく、その人物はまっすぐ一同に向かって歩み寄った。

 奇妙なことに、大股で歩くがほとんど水しぶきをあげず滑るような歩き方だった。もちろん足元は素足で足裏の白さが目立った。

 近づくと肌の白さがより一層際立った。

 しっかりと日本人に向けた瞳の色は、空の色を映したような水色だった。

 顔立ちも北欧系というか、顎がとがり面長で、鼻筋がくっきりと目立つあきらかに東アジア系とは違っていた。


「どなたですか?」


 柔らかな声音の、はっきりと聞こえる日本語だった。

「あ……、わたしらは日本本土から来た者で……そのう、あんたは高天原村のお人で?」

 先頭の日本人が気圧(けお)されたのか、切れ切れの言葉で返答すると、その人物はにっこりと笑った。

「はい、その通りです。それでどのようなご用件でしょう?」

 日本人の一人が慌てて名刺を取り出し渡した。


 渡した後、すこし後悔したような表情を作ったのは、名刺に書かれていたのが漢字だったからだろう。ハワイでは日本語は通じるが、漢字を読める人間は少ない。


「へえ、高校野球連盟のお方ですか!」


 相手の反応に、日本人一同はほっと安心したような表情になった。

「さようで、なんでもこの高天原村に高校があって、そこの野球部の関係者と懇談(こんだん)をしたいと思い、参上いたした次第でして」

 白い肌の人物はさらに笑顔になった。

 あけっぴろげの、底抜けの笑顔だった。

「それじゃ我が高天原高校野球部が、高校野球連盟に認められたってことですね! そいつは嬉しいな。つまり、今年の甲子園大会に我が校も参加できるんだ!」


 日本人たちは仰天して顔を見合わせた。

「あ、あのう、あんたは高校の……?」

 その人物は大きくうなずいた。

「はい。僕は高天原高校の2年生で、天城静馬(あまぎしずま)と申します」

 大柄で背が高く、ほりの深い顔立ちはまったく高校生という範疇ではなかった。

 天城静馬と名乗ったかれは、付け加えた。


「僕は高天原高校野球部で、中堅手(センター)を守っています」

挿絵(By みてみん)

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