調印式
ハワイ沖、2145年春。
おだやかな海面に、巨大な原子力空母が停泊をしていた。
周囲には護衛艦と補給艦の群れがとりかこみ、甲板では戦闘機が静かに翼を休めていた。
その一角に、調印式の会場がしつらえられ、緊張した面持ちのVIPが式が始まるのを待ち続けていた。
ここは日本の国防軍がほこる最新原子力空母「春日」での、会場である。
調印式に臨むのはアメリカ国務長官ダグラス・マッケンジーその人だった
燕尾服にシルクハットという、きわめてクラシックな正装だった。。
ダグラス・マッケンジー57歳。それほどの年齢ではないが、額には深いしわと薄くなり始めた白髪で年齢より老けて見られた。老けて見られるのは、政治家として信頼される要素ではあるが、今の彼にはそれ以上の苦悩が、額のしわに刻まれていた。
「まさかこんなことになるとはな……」
ダグラスは隣に控えていた随行員にふと漏らした。
若い随行員はそれほどの悩みもなさそうで、軽く肩をすくめて答えた。
「しかたありませんよ。こうなったら、我が国は古くからのよしみで日本に援けてもらうしかない」
ふたりとも小声ではあるが、周囲にははっきり聞こえているようで、ほかの随行員たちは素早い目配せで同意をしめした。
ダグラスは若い随行員の言葉に渋面をつくった。
「馬鹿なことを! ようするにアメリカはこのハワイを日本に売り渡したのだぞ」
随行員はうつむき、無言だった。
2145年、アメリカの経済は最悪の時を迎えていた。
ドルは基軸通貨の位置をうしない、空前のドル安によって一新円が360ドルにまで下落していた。この経済危機に救いの手を差し伸べたのが日本政府であった。数億新円の援助を行い、アメリカの経済危機は最悪の事態から浮上した。
しかし経済援助の引き換えとして、現在の調印式を迎えたのである。
「しかし、なんでこんな古臭い格好をしなければならんのだ!」
ダグラスは自らの服装をあらためて見下ろし、不満を漏らした。
燕尾服にシルクハット、まるで20世紀初頭の大げさともいえる正装である。
この正装は、日本側の強い要請の結果だった。
1945年9月、アメリカ海軍ミズーリで日本は降伏文書に調印した。
その際の日本側代表が重光葵外相で、今国務長官が着ている正装であった。
要するに日本側は故意に歴史的光景の韻を踏んだともいえる。
ふいに音楽隊が荘重な君が代の音楽を演奏し始め、調印式が始まった。
艦橋から日本の外務大臣が取り巻きを連れ、姿を現した。
外務大臣は国務長官と軽く握手を交わし、テーブルの席に着席した。国務長官も素早く移動して対面に着席した。
書類が広げられ、ふたりは交互に自分の名前をサインした。
これで正式に調印式は滞りなく終了した。
この調印式は、アメリカ合衆国が、ハワイ群島を日本の領土に認めることを正式に認めた歴史的瞬間であった。
この日から、ハワイ群島はアメリカの領土から、日本に割譲され、ハワイ県が発足することになったのである。




