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第6話「出所のない、紙」②


冬の学院は、人の数がまばらになった。


上級生の席がいくつか空き、教師の何人かが軍へ呼ばれ、廊下の声が低くなった。戦は前線だけでなく、教室の椅子も少しずつ持っていく。残った者は残った者で、家の名と歳の数だけ、それぞれの荷物を机の下に置いて座っている。


昼の中庭で、セドリックが隣に座った。


セドリック・ヴァン・クロイツ。

茶色の髪を快活に揺らして歩く、一組の火属性の級友——のはずが、この頃は髪の揺れ方まで少しおとなしい。あいつもこの半年で背が伸びて、並んで座ると、肩の高さが去年と違う。伸びた分だけ、背負うものの置き場が増えたような座り方をするようになった。


「……なあ。おまえんちにも、来た?」


前置きの軽口が、ない。それだけで、何の話かは分かった。


「来た。差出人のない紙だろう」


「うち、兄貴の隊のことが書いてあったんだよ」


セドリックは、包みも開けずに膝の上で手を組んでいる。


「次の配置がどうとか、補給の線がどうとか。親父は最初、軍の内報かと思ったんだって。でも軍に確かめたら、そんな文書は出してないって言われてさ。じゃあこれ、誰が知ってて、誰が書いたんだよって」


「当たっているのか、それは」


「分かんねえ。分かんねえのが、いちばん気持ち悪いんだよ」


セドリックは、白い息をひとつ吐いた。


「当たってたら怖いだろ。うちの兄貴の居場所を、名乗らねえ誰かが知ってるってことだから。外れてたら外れてたで、うちの親父は今朝から、外れてる紙を捨てられずにいる。兄貴のことが書いてあるってだけで、もう捨てられねえの。……なあ、アル。これ、何なんだよ」


すぐには、答えられなかった。


答えのかわりに、アルフォンスは短く言った。


「捨てられない、が狙いだと思う」


「……は?」


「当たりでも外れでも、読んだ家は必ず、次の紙を待つようになる。疑いながらでも、待つ。……門の外の誰かに、家の中の耳を、ひとつ貸したのと同じことになる」


セドリックが、しばらく黙った。


「……おまえ、たまに怖えよな」


「父の書斎の受け売りだ」


セドリックはそれから、思い出したように膝の包みを開けた。開けて、中のひとつをこちらへ突き出してくる。


「食お。……こういう時こそ、食うんだよ」


嘘ではなかった。ただ、言いながら思っていた。この受け売りをいま隣で必要としている友の家に、最初の紙はもう入ってしまっている。耳は、もう貸されている。この学院に座っている家の数だけ、貸された耳がある。





午後の教室で、それを見た。


窓際の前寄りの席。カトリーヌ・ド・ルミエール——プラチナブロンドを一分の隙もなく結い上げた、公爵家の令嬢。所作のひとつずつが額縁に入りそうなその人が、机の下で、小さく折りたたまれた紙を開いていた。


授業中の内職なら、珍しくもない。けれど、その手つきが違った。開く前に、一度だけ教室をすばやく見回す。読む速さも違う。目が行を滑る速さではなく、行を刻む速さだった。読み終えると、彼女は紙を元の折り目のとおりに畳んで、袖の内側へ差し入れる。


彼女の完璧は、いつもどおりだった。いつもどおりでないものは、袖の中にだけある。


その一連の仕草の最初から最後まで——結い上げた髪の中で、星型の銀の髪飾りが、冬の窓の光を小さく撥ねていた。


外せ、と言ったことがある。


一年半前の廊下で、一度だけ。彼女は教室では着けなくなって、それからいつの頃からか、また着けるようになった。着ける着けないは、彼女の自由だ。あの髪飾りは彼女のもので、彼女の家のもので、俺の言葉が届く場所ではもうない。


ただ。


袖に紙を納めるときの、あの手つき。教室を見回した、あの一瞬の目。あれは、内職を隠す生徒の仕草ではなかった。あれはたぶん——受け取ってはいけないものを受け取っている人間の、仕草だ。





放課の鐘が鳴って、教室が立ち上がる。


カトリーヌは、いつもどおりの完璧な所作で席を立ち、いつもどおりの取り巻きの輪の中心で廊下へ出ていった。袖の内側の紙のことなど、世界の誰も知らないという顔で。


父への報告に、書くべきか。……書けば、公爵家の令嬢を疑う文になる。宙づりの婚約の、その相手を、俺の筆が。


——保留にした。保留にしたことを、忘れないことにした。


アルフォンスは、自分の机の上で、指を一度だけ組んだ。


出所のない紙は、武門の家々の門を叩いている。それは昨日、家令の報告で知った。


いま分かったことが、ひとつ増えた。


あの紙は、門だけを叩いているのではない。教室の中の、袖の内側にまで、もう届いている。


誰に、何を書いて寄越しているのかは、分からない。分からないが——公爵家の令嬢の袖の中は、この帝国で、紙が届いていい場所のいちばん奥に近い。


窓の外で、雪がまた降りはじめていた。


音を立てないものが、積もりはじめていた。





紙は、嘘を書かない。本当のことだけを、いちばん痛いところに。


※noteでも毎朝連載中


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