10話
目が覚めた。
起き上がれる。手も足もちゃんと動く。なのに、何かがおかしかった。
……なにも、感じない。
冷たくもない。あたたかくもない。手も、足も、身体も――全部、どこにも触れていないみたいだった。
私は両手をぎゅっと握った。でも、握った感触がない。目の前では指が曲がっているのに、動かしている感じさえしなかった。
「……え……なに、これ……?」
おそるおそる立ち上がり、壁へ手を伸ばす。
手はたしかに壁に触れている。でも、冷たさもざらつきも伝わってこない。強く叩いてみると、パシン、と固い音がした。
それでも、何も感じなかった。
「なんで……うそ、なに、これ……っ」
怖くなって、その場にへたり込んだ。
痛くない。床の硬さも分からない。
これ、現実?
夢だよね? こんなの、ありえないよね?
息が荒くなる。視界が涙で滲んでいくのに、頬を伝う感触さえなかった。
「いや……やだ……やだやだやだ……!」
頬を叩く。身体を抱きしめる。それでも何も返ってこない。どれだけ力を込めているのかも分からなかった。
「なにこれ……なんで……? やだ……こんなのやだ……なんで何も感じないの……!」
もう、叫ぶしかなかった。
「やだ、こんなの、やだぁ! なんにもしてないのに! たすけて、だれか、たすけてよお!」
昨日まで普通だったのに。どうして、こんなことになってるの。
床にうずくまって泣いていると、ギィ……と扉が開いた。
顔を上げると、入ってきたのはあのフードの女だった。
「大丈夫?」
女が私の前にしゃがみ、顔を覗き込んでくる。こんなときなのに、きれいな人だと思ってしまった。
「……やっぱり、そうなるよね。わたしも最初そうだったよ」
笑っている。まるで、これが普通のことみたいに。
「でもね、大丈夫だよ。そのうち慣れるから」
……慣れる?
「最初は全部おかしいよね。感覚ないし、身体がどこにあるのか分からない感じがするし。でも、何日かすれば、どうすればいいか分かってくるよ」
何を言っているのか分からなかった。
女を押しのけようと手を伸ばす。
女はその手を見た。そして、確かめるように指を重ねてきた。
指が触れた。
「……え?」
分かる。
私の手に、この女の指がふれている。
さっきまで何も感じなかったのに、そこだけは、はっきり分かった。
驚いて顔を上げる。
女は私の手をじっと見つめていた。
「……まだ、だめなのかな」
小さく呟いて、手を離す。
消えた。
今まであったはずの指の感触が、一瞬でなくなった。
「ねぇ、そろそろごはんにしよう?」
「……ご、はん……?」
「お腹すいてないと思うけど、それ、分からないだけだからね。時間になったらちゃんと食べないとだめだよ」
私は首を横に振った。
怖い。この人、何を言ってるの。
「あとね、トイレも。行きたいって感じないから、時間を見て行ったほうがいいよ。気づかないまま漏らしちゃうから」
まるで先生が生徒に教えるみたいだった。
「わたしも最初のころは怖かったんだよ。でも、大丈夫だった。分からないことは、わたしが教えてあげるから」
そんなこと、教えてほしくない。
こんなのに慣れたくもない。
元に戻りたい。昨日までの私に。ちゃんと感じる身体に。
でも――。
さっき、この女の手がふれたとき。
たしかに分かった。
感覚があった。
だったら、まだ戻れるの?
治るの?
助かるの?
でも、どうやって――?




