猛暑と馬車と簡易クーラー
水の花によるアクシデントのあとはお昼ご飯。
しかし、帰るときまでも暑さは続いているようで……
今回のお話は、だいぶ物語の根幹に関わってきています!
すっかり全身が乾いた後はお昼ご飯だ。といっても、普段の食事のようにカトラリーを使うものではなく、ライ麦のようなパンに野菜やスモークチキンを挟んだサンドイッチや、クラッカーといった簡単なものだ。これがかなりおいしい。
「フレージア、クラッカーにつけるのは蜂蜜にする?それともジャムがいい?」
「うーん。どっちも好きなので、お姉様のおすすめがいいです」
「じゃあベリーのジャムにしましょう!このジャム、私も作るのをお手伝いしたのよ」
「そうだったんだね。いつもよりおいしいと思っていたけど、リリアナのおかげだったみたいだ」
お父様の言葉に照れながらも、お姉様が私の分を用意して差し出してくれる。
なんて素敵なお姉様なんだ!こりゃいいお嫁さんになるよ……。いや、だめだ。お姉様をよくわからん奴にやるわけにはいかない。お姉様を大事にしてくれて、優しくて、いい人じゃないと。
「どうしたんだい、フレージア。急に年頃の娘を持つ父親みたいな表情をして」
「やけに具体的ですねお兄様」
お姉様に聞かれないように、お兄様に近づく。手でちょいちょいと合図をすれば、お兄様が私に耳を近づけてくれた。
「思ったんです。お姉様ってとても綺麗で、優しくて気配りもできて最高なレディでしょう?そんなお姉様が変な人と結婚することになったら最悪だと思いませんか?わたくしは嫌ですよ、お姉様が幸せになれないのは。ですがお姉様のような美人は、恋愛がらみでひと悶着あるのがお決まりと言われているんですよ」
舞踏会での婚約破棄とか、悪役令嬢がーとかね。このへんは前世ではド定番だったよ。
それまでニコニコとしていたお兄様が、すんっと表情を落とした。顎に指先をあて、考え込む。
「確かに、リリアナは他人のために自分を犠牲にするような節があるからな……。ブラフへルメルにいるうちは恋愛感情を優先されるだろうが、相手が他領の者だったらそれが通じない可能性もある。……フレージア、どうだろう。私たちの大切なリリアナを幸せにするため、協力をしないか。男性の私では力及ばないところもあるからな」
「もちろんですお兄様。わたくし、お姉様を守るために全力を尽くします」
お兄様と私の間で固い握手が交わされる。これは子供のお遊びなんかじゃない。お姉様を守る騎士としての誓いだ。盟約だ。
そんな約束が交わされているとも知らず、お姉様はお父様たちとおしゃべりを楽しんでいる。この後何をするかについて話しているようだ。
「お父様、この後はもう少し上の方へ行ってみませんか?さっき珍しい色の花びらが流れてくるのを見たんです。きっと川上に咲いているのですよ」
「それは気になるね。ただ、夕方までには帰らなくちゃいけないから、あまり遠くまでは行けないよ」
「ええ。それでも行ってみたいのです。お兄様とフレージアも一緒に行きましょうよ!」
「うぇ!え、ええ。私も行きます」
「私も上流のほうは気になっていたんだ。そうと決まれば、早く食べて行こう!」
しまった。話をよく聞かないまま返事をしてしまった。まあ、お父様もついてきてくれるなら問題ないでしょ。
残り少なくなっていた食事をさっさとたいらげ、早速私たちは川をざぶざぶと歩きながら川上へ向かうことになった。水を頭からかぶったことで体調がよくなったらしく、お母様もついてきてくれた。なるべく木陰を歩きながら、ときおり川の水を私たちの方へかけてくる。私たち4人はそれを浴びながら、お姉様の言っていた花を探していた。
その間もお父様がいろんなことを話してくれる。正面に見える高い山々のことや気候のこと、海やこの領地の農業に関することまで様々だ。
そういえば、このピクニックのきっかけは地理を勉強するためだったっけ。帰ったら教えてもらったことをメモしておかないと。
◇
「皆さまー!そろそろ帰らないといけない時間ですよー!」
「ティリアだ」
「すごい。結構遠いはずなのに声が聞こえるよ」
1、2時間ほどたった頃、ティリアの呼ぶ声が響いた。大声に驚いたのか、近くの鳥が慌ててバタバタと飛び立っていく。私のスピードに合わせてゆっくり進んでいたのもあって、実はそこまで離れていないのかもしれない。むしろそうじゃないなら、ティリアの声量がとんでもないことになってしまう。
「今回はここまでみたいだわ。リリアナが言っていた花はもっと上の方、山の中とかに咲いているのかもしれないわね」
「残念です。皆にも見てほしかったのに」
「また来年も来よう。花は生命力が強いからね。きっと来年も咲いているよ」
しょげてしまったお姉様を慰めつつ、来た道をまた戻る。食事をしていた場所に戻るころには、既に太陽が傾いてきていた。すでに敷布も片付けられている。
「皆さま怪我はありませんか?体調は?フレージアお嬢様は多めにお水を飲みましょうね」
「あら、エレフリスはどこに行ったのかしら?」
「近くに置いてある馬車を取ってきてもらっております。ああほら、来ましたよ」
ティリアが指さした方から、お母様の専属メイドが馬を引いて馬車を連れてくる。御者の人も一緒だ。
「さあ、早く帰らないとね。フレージアとロザリナは夕食の前にお風呂をするんだろう?」
「そうです!うっかり忘れてましたよ」
今日は結構汗をかいたし、特に入念に体を拭かないと肌が荒れるし匂いのもとになっちゃう。一番乗り!と、出発準備が整った馬車に飛び乗る。そして私はすぐに馬車から飛び出した。
「え?どうしたんだいフレージア」
「暑い、いえもう熱いです。馬車の中が」
おそらく日の当たる場所に長時間置いていたのだろう。馬車の中はサウナ状態だ。乗れたもんじゃない。皆も馬車に頭を入れては「あっつ!」と言って出てくる。
「まずいですね。このままでは帰る前に熱射病になってしまいますよ」
「空気を入れ替えて何とかなるといいけど」
お父様が魔法を使ったらしく、馬車から熱風が出てくる。だが馬車自体がアチアチなのだ。涼しい空気もあっという間に熱くなっててしまう。それに馬車には乗り口と、ごく小さな窓しかついていないから道中の換気も期待できない。
「これが限界だね。なるべく急いで帰るしかないよ」
なるべく風で冷やした後、お父様が言った。こうなったらもう意を決するしかないと、全員で馬車に乗り込み、足早に走り出す。冷やされたといっても、行きと同じく8人も乗るとやっぱり暑い。夕方になり、外気温が下がってきたせいで湿度も高い。汗が次々と噴き出てくる。川で涼めたというのに、残念だ。
このまま家まで我慢とか、子供の体には酷だよ。ただでさえ体温高いし、熱を逃がしにくいんだから。あー、キンキンに冷えたコーラ飲みたい。氷とかたくさん入れたやつ。氷……そうだ!
「お父様、氷の魔法って使えますか?」
「氷?できるが、体を冷やしたいのかい?凍傷になってしまうから、オススメはできないな」
「いえ、馬車の中を冷やすんです。」
景色を見るための小さな窓を開け、窓枠の高さにはまるように氷を魔法で作ってもらう。横幅は少し隙間を開けてもらった。
「こうか?だがこの大きさの氷では冷やせないと思うよ」
「大丈夫ですよ、任せてください。次に、この隙間を通して、外から中へ風魔法を使ってもらってもいいですか?」
皆、何をしているのかと訝し気だったが、お父様の魔法で冷たい風が馬車の中に入ってきたことで表情が変わった。ひんやりとした冷気が肌を撫で、体の熱を奪っていく。
「まあ!涼しい風が……。氷で風を冷やしたのね。なんで思いつかなかったのかしら……」
「すごいわフレージア!小さな氷で冷やせるって本当だったのね」
「ああ。確かにこの方法なら、家に着くまで維持できそうだ」
「ふっふっふ。即席『クーラー』です!うまくいってよかった」
「くーらー?なんだそれは」
っはぁ!そうだ、この世界クーラーって単語ないんだった!これ日本語だ!
「えっと、えっとー、簡単に空気を冷やす道具です。クーラーはその名前です。わ、私が考えました!」
「へえ。クーラーか。言いやすくて、かわいらしい名前だな」
あっぶなーい!なんでこんな方法知っているのか聞かれたら説明できないから、これは聞かないでお兄様。本当に。
森を出て道に出る頃には馬車も冷え、汗もすっかり引いていたが、私の肝も冷えていた。その後、なんとか詳しく詮索されることも無く、無事に家に着くことができた。体調が悪くなることも、暑さに苦しむことも無く、簡易クーラーのおかげで快適な馬車の旅になった。外の景色を見る余裕もあったほどだ。
これからしばらく暑くなるんだったら、屋敷の中でもできたらいいよね。
「お父様、このクーラーを屋敷の部屋や他の馬車に置くことはできませんか?」
馬車を降りて玄関の方へ向かいながら、隣を歩くお父様に聞いてみる。私はまだ魔法を使えないから、やってもらうとしたらお父様たちに頼むしかないのだ。
「あれは確かに涼しかったし、屋敷にあると今年の夏は快適かもね」
「では!」
「ただ、維持するのはかなり難しいんだ。魔法は発動にも、維持するのにも魔力を使うからね。さっきは短い時間だからよかったけど、何日もずっと続けるというのは厳しいんだよ」
「そうなんですね……。ごめんなさい、そうとは知らず。迷惑になりませんでしたか?」
「全くそんなことはなかったよ。むしろ良かった。さすがにあれは耐えがたかったからね」
そういって私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。その表情は気を使っているとか、嘘を言っているという風には見えなかった。
役に立てたのならよかったよ。
「必要な人が、必要な時に使えるようになれたらいいんだけどね。そうだ、フレージアに早く魔法を教えてあげないとだね。もう文字は覚えたんだろう。すまない、最初の1回からずっと教えてあげる時間を取ってあげられなくて。」
「ごめんね」と言って、今度は丁寧に頭を撫でてくる。
「ふふっ。本当は勝手に冷たい風や、温かい風が出てくるような箱を作れたらいいのですけどね」
「ふむ、風が出てくる箱か……」
お父様が顎に指先を当てて何やら考え込む。その姿はお兄様そっくりだ。いや、お兄様がお父様にそっくりなのか。親子だねえ。
いい感じの魔法知ってるのかな?
「魔法では難しいけれど、もしかしたら魔法具とか、錬金術を使えばフレージアが言ってるものを作れるかもしれないよ」
「錬金術……ですか?」
ご覧いただきありがとうございました!
クーラーができたぞー!
そして錬金術の存在を知ったフレージア。
今後どんなものを作り出してくれるんでしょうか。




