この世界の文字と夏の女子会
魔法を教えてもらったフレージアは、今度は文字の勉強にいそしむようです。
言葉の仕組みについて書いてみました。
そのあとはお母様とお姉さまとのお茶会。
なにやら大切で楽しみな連絡もあるようです。
お父様に魔法の基礎を教えてもらった次の日、私は貰った本を使って文字の勉強に勤しんでいた。自分の部屋に戻った後、本に一度目を通してみたが、全くもって分からなかった。
「文字は2種類あって、それぞれの組み合わせで1つの音を表します。それをつなげることによって単語になるんですよ。先に来る文字は30種類、あとに来る文字は7種類あります。この表がそれらの組み合わせですね」
「なるほど……」
表記の仕組みは英語というよりローマ字に近いかな。字の種類はこっちのほうが多いけど。字の形も、直線と曲線が組み合わせられていて英語っぽい。使う頻度が多い字ほどシンプルに、少ないと複雑になるみたい。
見慣れないから難しいけど、昔興味半分で触ったアラビア文字よりは簡単だね。第4外国語まで習った私の語学力を発揮するときが来たよ。
「それでは実際に書いてみましょうか」
「はい!」
その後は字の書きとりや音の確認をしたり、組み合わせ表とにらめっこをしていた。
ん?まてよ。文字は初めて習ったけど、今私が話してるのってこの世界の言葉だよね?
「ティリア、私ちゃんと話せてる?変なこととか言ったりしてない?」
「いえ、変なこと?は特に……。どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないの……」
私の感覚が正しければ、今の私の自我はほとんど前世の私。つまり日本人の。フレージアとしての自我が完全に成長する前に、18年間生きて完成された前世の自我が蘇ったせいで、ジャックされたような状態だと思ってる。
今まで全然気にしてなかったけど、6年分のこの世界の記憶が言葉を自動翻訳していた感じなのかな。口にしてるのも、耳にしてるのもこの世界の言葉だけど、私は日本語のように認識している……頭の中で考えているときも日本語みたいだね。であれば、
「ティリア、今から話す言葉の意味が分かるか確認してくれる」
「はあ、もちろんいいですが」
「えーっと、じゃあ『図書館』」
「分からないですね。音は分かるのですが、単語を知りません」
「じゃあこっちは、図書館」
「分かりますよ。図書館ですね」
「じゃあ次は、『新幹線』」
ティリアは首をかしげている。聞いたことがないようだ。
「じゃあこれが最後。『独房』」
「知らないですね。お役に立てず、すみません」
「いいえ、とても助かったよ」
えっと、意識をすれば日本語のまま発音ができると。そしてこの世界に無さそうな言葉はもちろん、年齢的にフレージアが知らなそうな単語も日本語のままと。
あっぶなーい!よくこの数ヶ月バレなかったよね。お父様もお母様も優しいから気にしすぎかもしれないけど、前世の記憶があるとかバレたらどうなることやら……。処刑はないにしても、修道院とかに入れられたりするのかな。それは絶対やだ!せっかく2度目の人生だもん。のんびり優雅に異世界を満喫するに限るでしょ!
「……様、……アお嬢様、……フレージアお嬢様!」
「は、はい!」
「お顔色が悪いですが、大丈夫ですか?今日はこの辺にしておきましょうか」
「大丈夫。まだ続けるよ」
もし今後何かしらの単語を口にしたとき、この世界での発音を知らなかったら、勝手に日本語で話しちゃうってことだよね。本気で語学勉強進めないと。
魔法はまだしばらくお預けかなあ。
文字の勉強を始めて1週間は、ずっと書き取りと組み合わせの練習の繰り返しだ。勉強時間はドラゴン桜だが、この世界での生活がかかっていると思えば楽なものだ。
もっと時間がかかると思ってたけど、結構サクサク覚えられてよかったよ。ピチピチな海馬ってすごいね。
文字を書けるようになった後は、数字や記号、単語の勉強も行った。生活用品の単語や、この領に関する言葉を優先して覚えていく。文字の勉強は春の終わりから始めたが、真夏になる頃には簡単な手紙も書けるほどになっていた。
◇
「まあ、フレージアはもうそんなに書けるのね。すごいわ」
「難しい言葉はまだ書けませんが……。お母様のお名前も書けるようになりましたよ」
今日の午後は女子会だ。広い庭にあるテラスのような場所でお母様、お姉様、私の3人でおしゃべりをしたり、お茶やクラッカーのようなお菓子を食べたりする。お母様の体調が良くなってから定期的に開催されるようになったのだ。
一見気楽そうに見えるが、これはお母様による作法の特訓である。1秒たりとも気を抜けない。
「私は?私の名前も書けるかしら、フレージア」
「お姉様のお名前は……こうですよね」
宙に指で『リリアナ』と書くと、正解!と笑った。よかった。ナが他よりちょっと難しいんだよね。
「フレージアも文字を書けるようになったのなら、3人で文通をしてみましょうか。いろんな立場の人に手紙を送る練習として、ね」
「いろんな立場の人といいますと?」
「そうねえ。例えば先生や他領の領主、王族への手紙書き方も勉強したほうがいいわね。それから家族と、仲のいいお友達にも」
王族に手紙を書くことってあるのかな?礼儀作法とか面倒そうだし、あまり関わりたくないけど。
「分かりました。先生に教えてもらいながら書いてもよろしいですか?」
「もちろんよ。フレージアはティリアに教えてもらってね。字の練習も兼ねているから、なるべく丁寧に書くこと」
「はい!」
頻度や渡し方の相談をしたあとは、談笑の再開だ。真夏と言っても、この領地の特徴なのか前世の日本ほどは暑くない。湿度も低いので、日陰にいると非常に快適だ。着ているのが締め付けが緩いワンピースなのも非常に助かる。ハチミツ入りのアイスティーも非常においしい。
「そういえばお母様、もう髪を結うのは辞めたんですか?とても豪華で綺麗でしたが……」
「ああ、実はあの髪型は辞めようかと思っているの。重くて横になれないし、とても暑いのよ。それにフレージアにお風呂を教えてもらったあと、もう一度やろうとしたらどうにも髪がかゆくなってしまって……。どうせ一過性の流行でしょうし、簡単にまとめるだけでいいかなと思ったのよ」
「そうだったのですね。今の髪型も、とても素敵です!」
「そのほうがいいと思いますよ、お母様。どうせならもっと綺麗な艶が出るようにしましょう」
確かに、前のマリー・アントワネットよりも、今のシンプルなポニーテールのほうが似合っている。少しクセのある豊かな髪は、動きに合わせてサラリと揺れていた。紫外線の影響だろうか。病床についていた頃よりも髪色はキャラメル色に近づいていた。
お風呂の勝利だ!やったね!
でもどうせなら、バスタブやシャンプー、リンス、ボディーソープやスクラブ、いい香りの入浴剤に洗顔やスキンケア用品も欲しい。
欲張りすぎかな?前世では結構お風呂ではこだわっていたからね。数少ない趣味の一つだったし、今世でも頑張ってみたいわけよ。
でも作り方が分からないから、どうにもできないんだよね。お風呂文化ないならこの世界には無いだろうし……。魔法でどうにか作れたりしないかな。
ああもう!何で物語の主人公たちは皆、いろんな物の作り方を知ってるわけ!過去に自給自足でもしてたの!?
「?2人がそう言ってくれるなら、私もこのまま続けようかしら。ああ、そうそう。伝えるのを忘れるところだったわ。ついにお父様のお仕事が終わったの。だから3日後、約束通り皆で森に遊びに行くことになったわよ」
私は、弾けるような笑顔のお姉様と顔を見合わせた。
ついに外出だ!お疲れ、お父様!
ご覧いただきありがとうございました!
次回はついにピクニック!ヘンディアノが頑張ってくれました。




