↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/43

セルレイツ・フェアエンデルグ

 「出迎えられなくてごめんなさいね。さあ座ってちょうだい、今お茶を淹れるわ」


 私たちの間に微妙な空気が流れる中、奥の扉から学院長が入ってきた。この前と同じようにティーカップやお菓子が乗ったトレーを後ろに引き連れている。


 「なんのお茶にするか悩んだわ。クセの少ないものだから、口には合いやすいはずよ。フレージアとズィルヴァークさんはそちらへどうぞ」


 机にティーカップを2つずつ並べられたので、学院長が座った反対側のソファにズィルヴァークと腰掛ける。湯気が立つお茶からはアッサムティーのようなすっきりとした香りがした。お茶請けのお菓子はナッツを使ったクリームタルトのようだ。アフタヌーンティーで使う、タワーになっているお皿に美しく飾り並べられている。勧められてお茶に口をつけていると、さっきの美女が私たちの向かい、つまり学院長の隣に腰かけた。どうやら関係者だったようだ。

 近くで見ると、その精巧な顔立ちがよく見える。肌は毛穴が見当たらないほどで、美しい陶器のようだ。年は18歳前後といったところだろうか。まだどこか成長しきってない雰囲気もあるが、大人びた印象を受ける。涼やかな目元とあまり変わらない表情がそう思わせるのかもしれない。


 「早速だけれど、それぞれの紹介をしましょうか。フレージア、彼はセルレイツ。これから貴女の師として錬金術を教えることになっているわ」

 「んぐっ」

 「あら大丈夫? 」

 「すみません、お気になさらず……」


 男性だった……。そう言われれば分からなくもないけど、初手で見抜くには難易度が高いよ。よかった、口に出す前で。


 「こちらはフレージア。今日から貴方の弟子になるわ。幼いけれど、遊び惚ける学者よりもはるかにしっかりしているのよ。」

 「セルレイツ・フェアエンデルグと申します。よろしくお願いします」


 確かに声を聞けば男性だということが分かる。声変わりが終わったころくらいだろうか。まだ柔らかさが残るものの、女性には出せない響きを含んでいる。

 本当に男性だったんだ。ここ最近で一番驚いたかも。


 「フレージア・ブロムキントです。こちらこそ、これからよろしくお願いします」

 

 私のあいさつに軽く会釈だけが返された。再び何とも言い難い空気が場に満ちる。どこからか若干間抜けな鳥の声が聞こえるほどだ。

 気まずい……。


 「……お互いの意思は確認しているから、契約の方を進めていきましょうか。えっと契約書、契約書……あったわ! これね」


 学院長が持っていた書類の中からごそごそと紙を一枚取り出し、文面を読み上げる。内容は私とセルレイツさんが師弟関係を結ぶということ、それに伴って研究室の設立を許可するという内容だった。どうやら、学院で研究するのにもなにやら決まりがあるようだ。

 話を聞く感じ、学院で研究するには既存の研究室に入るか、自分で新しく作る必要があるみたいだね。その新しく研究室を作る条件の1つが、弟子にあたる人がいるということみたい。じゃあ互いにウィンウィンの関係ということかな。

 

 「これで契約は完了ね。研究室は今使っている所と聞いているのだけれど、これから向かうのかしら」

 「そのつもりです」

 「フレージアはどうかしら。一度行ってみるのもいいと思うわ」

 「よろしいのならご一緒したいです」

 「分かったわ。ちゃんと案内してあげるのよセルレイツ。師匠による初の授業ね」


 名前が書かれた契約書のインクをひらひらと乾かす学院長にセルレイツさんが表情を変えず小さく頷く。どうやら私も一緒に行っていいようだ。


 「それからわたくしはもう少しズィルヴァークさんとお話があるわ。騎士団に連絡するときにはわたくしにも合図を送ってちょうだい」

 「分かりました」

 「ズィルヴァークは一緒に行けないのですか!? 」

 「もともと来客用の指輪では研究室や教室のある建物に入れないのよ。それに、自分のことは自分でできるようにするために学院では従者を連れることを禁止しているの。学生だけではなく教員にも適用されていることだから、協力してくれると助かるわ」

 「分かりました……」

 「セルレイツ、フレージアのことをちゃんと見ておいてあげるのよ」


 学院長からの注文が多くて、セルレイツさんがちょっと微妙そうな表情をしている気がする。ほとんど誤差みたいなところはあるけど。

 この世界では基本誰かが私の側にいた。多少目を離されることはあったが、それでも長い間距離が離れるということはなかった。前世では1人でいることなんてざらにあったのに、とても不思議な感覚だ。

 

 身分によって差が生まれないようにという配慮もあるかもね。従者を連れていく余裕がない人もいるだろうから。


 「本当におひとりで大丈夫ですか、お嬢様」

 「そんなに心配しないでも大丈夫よ。1人では何もできないわけじゃないもの」


 私よりもズィルヴァークのほうが不安そう。そんなに頼りなく見えるかな。

 軽い世間話と一緒に残りのお茶とお菓子を少し堪能したのち、学院長とズィルヴァークに見送られて私たちは学院長室を後にした。入ってきたときと同じ扉をくぐると、見覚えのある廊下にヘルファンが立っている。学院長から指示があったようだ。


 「お2人ともお疲れさまでした。学院長から研究室の方へ向かうと伺っています。道は分かりますか」

 「大丈夫です。このあたりの動きは覚えています」

 「かしこまりました。では私はここで下がらせていただきますね。……フレージア様にも良き学びのめぐりあわせがありますように。がんばってくださいね」

 「ありがとうございます! がんばります」


 「では」と会釈をしてヘルファンが学院長室へと続く扉に入っていった。優しげな雰囲気だがどこか掴めないところがある、なんとも不思議な人だ。


 「私たちも行きましょう」

 「はい! 」


 セルレイツさんについて行く形で長い廊下を歩いていく。セルレイツさんの歩幅について行かなければならないので半分走らなければならない。学院の建物は外から見るよりもはるかに大きいように感じられる。城と言っても差し支えがないのではないかと思うほどだ。石造りの壁や床がむき出しの場所が多いので、少しシンプルすぎるかもしれないが。等間隔に作られている大きな窓からは柔らかな日差しが差し込み、白っぽい建物の石材に反射して、照明が弱くても十分に明るい。そのせいか、無機質なのに全体的に柔らかい雰囲気だ。


 「あの……」

 「なんでしょうか」


 斜め前を行くセルレイツさんに声をかけると、顔を軽くこちらへ向けてくれた。しかし歩みは止まっていない。


 「わたくしは何とお呼びすればいいでしょうか。嫌な呼び方とか、ありませんか」

 「特に気にしてはいませんでしたが……セルレイツでも、フェアエンデルグでも好きなように呼んでもらって構いません」

 「ではセルレイちゅ……やっぱりフェアエンデりゅぎゅ……」


 噛んだ。6歳の舌にはちょーっと難しかったかも。恥ずかしっ。

 本人もまさか噛まれるとは思っていなかったのだろうか。少し思案した後「はぁー」と盛大に息をついた。


 「発音が難しいのであれば、セルツとでも呼んでください」

 「分かりました。ではセルツ師匠ですね。よろしくお願いします」


 こくりと小さく頷き、セルツ師匠は再び視線を戻してしまった。歩みに合わせて長い髪がさらりと揺れ、上品な艶がある腰丈のマントのようなものと一緒にひらひらふわふわと舞って、本人の美しさに儚さと優雅さを足している気がする。


 「わたくしのことも、お好きなように呼んでいただいていいですよ。あ、でもブロムキントと呼ばれても反応ができないかもしれません。家族や友達からはフレージアと呼ばれていましたから。兄や姉からはたまにフリーと呼ばれてるんです」

 「そうですか」

 「学院ってすごく大きいんですね。部屋もたくさんあります」

 「教育機関だけでなく、魔法に関する研究機関という側面もありますからね。学者も多く在籍しているせいでしょう」

 「あ! あの人たちも生徒さんでしょうか。何をしているんでしょう」

 「この時間であれば、騎士見習いが訓練に向かっているのかと」


 足を止めることはないが、私が喋ることには1つ1つ返してくれている。

 情がないタイプの怖い人かと思っていたけど、案外面倒見がいいのかも。でも、もうちょっとにこやかに接してくれないと、小さい子は泣いちゃうよ。前世の記憶を思い出した私が弟子でよかったね。


 ひたすら廊下を歩き続けてそろそろ疲れたと思ってきたころ、建物の素材が少し変わったことに気が付いた。学院長室の扉があった場所あたりは白っぽいまさに岩といった石材で作られていたが、この辺は床が白い大理石のようなものでできている。壁も低いところは床と同じ素材のようだ。窓の木枠は白い石の枠に変わり、扉の色も幾段か明るい色合いになっている。

 さっきまでは中世のお城っぽい雰囲気だったけど、この辺はチャペルみたい。扉を真っ白にしたら完ぺきでは?


 「ここです。この部屋を研究室として使っています」


 ようやく立ち止まって示されたのは廊下の突き当り、建物2階の端も端の扉だった。ここまで相当歩いたし、他の人の気配もないような場所に構えているのか、全くもって理解ができない。とりあえずこれ以上は競歩をしなくても良さそうなので、上がった息を整える。


 「随分と、遠い場所にあるんですね……」

 「もとは私の師が使っていた部屋なんです。文句なら彼に。と言っても旅に出て所在不明なんですが」

 「えっ? 」


 カギを使って入っていく師匠を追いかけて中に入れてもらう。「失礼します……」と扉をくぐった瞬間、かすかに草や花を乾燥させたような匂いがツンと鼻をついた。廊下の雰囲気とは違い、部屋の中は改装がされているのか木材の天井と壁、階段が見られる。天秤や不思議な形の器具を始めとした雑多な物が置かれているのも相まって、別の場所にワープしたかのような気分だ。天井の梁にまで紙や草が吊るされていたり、ラックのような棚には鉱石らしきものや小瓶が所狭しと並べられているが、部屋の中央にある大きな石材の机は置かれ物一つていなかった。


 「素敵な部屋ですね。わたくし、こういった雰囲気大好きなんです」

 「それはよかったです」


 声調を全く変えずに返す師匠は、話しながら部屋の出窓を大きく開け放った。外から冬のひやりとした空気が入り込んでくる。太陽が出ているとはいえ、もう本格的な冬だ。手に持っていたショールを慌てて肩へ掛けなおす。そんな私とは対照的に師匠はマントを脱いで白いワイシャツ姿になった。さっきまでは気にしていなかったが、スラックスはマントと同色のようだ。制服のようなものなのだろうか。

 本当によかったと思っているんだか。面倒見はいいけど、仲良くなるのは至難だったりして。うーん、友好な人間関係を築きたいなって思ってたんだけど。


 直射日光に当てないようにするためか、出窓の付近にも物はあまり置かれていないようだ。ステップに膝をついて開かれた窓に寄ってみると、窓の外には王都を一望する景色が広がっていた。学院が3段目の場所にあるので、ちょうど街を上から見下ろすような形になっている。視線を上に向けると、半透明の大樹がきらきらと微かな光を振らせながら枝を大きく伸ばしているのが見えた。


 「うわぁ! すごくいい景色ですね。もしかして、この景色が見られるようにするために端っこの部屋にしたんでしょうか」

 「そうかもしれませんね。よく窓辺でお茶を飲んでいましたから」


 振り返って師匠に声をかけると、大きな本棚から何冊か本を取り出しているところだった。振り返った師匠の手には小さめの本が数冊、大きめの本が1冊抱えられていた。そのうちの大きな本を机に置き、残りの小さな本をこちらへ持ってくる。


 「学院長がおっしゃるには少々長くなるとのことでした。それまでは本で勉強していてください。くれぐれも、部屋の物を迂闊に触らないように」

 「分かりました」


 私が受け取ると机の側にあった脚の長い椅子に腰かけ、大きな本を片手に紙にペンを走らせ始めた。特に座る場所については何も言われていないので、そのまま出窓に腰かけて1冊目の本を広げる。錬金陣に用いる模様や線の図説のようだ。屋敷にあった本よりも難易度が高いものばかりで種類も多い。なかなかにおもしろそうだ。別の本も少しページをめくってみると、今度は文字ばかりのようだった。読めないことも無いが、専門用語や知らない言い回しが多くて分かりにくい。

 これは後回しにしようかな。とりあえずさっきの図説を読破してみよう。


 説明が丁寧で綺麗にまとめられているおかげで、かなり読みやすい。正確な時間は分からないが、昼前から日が傾き始める前には結構なページを読み進めることができた。部屋の中にページを捲る音と鳥の羽で作られたペンが紙に擦れる音が響く。


 ペラ。ペラ。カリカリ。ペラ。カリ。ペラペラペラ……。


 え、待って。もしかして錬金術の勉強って本を読むだけ?!



ご覧頂きありがとうございます!

めっちゃ美人の正体に驚かれた方はいらっしゃいますでしょうか。

いらっしゃれば嬉しいです。

最近文量が多くなる&こだわりが強くなったせいで、1話にかける時間がどんどんロングロングになってます。

頑張って書きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。