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人生を変えるほどの驚きと学びを

 「立ち話はなんだわ。座ってちょうだい。甘いものは好きかしら? 」

 「はっ、はい! 」


 促されるまま部屋に備えられた長椅子に3人で腰をかける。今まで座った椅子よりもふかふかで、後ろにひっくり返りそうになったところをズィルヴァークに救出されるほどだ。

 すごい。カバーも刺繍が細かいし、ふっかふかじゃん。……汚さないようにしないと。

 私が物珍しさで部屋をきょろきょろと見回しているうちに準備ができたようだ。別の部屋に行っていたアムシュティアさんが、ポットとお菓子が乗ったお皿を引き連れて再び戻ってきた。指揮をするように軽く手を振ると、私たちの前にあるローテーブルに次々とセッティングされていく。赤と金の装飾が施されたかわいらしいティーカップに注がれる鮮やかなルビーレッドのお茶からは、ベリー系の甘く爽やかな香りがした。


 「ユヴェルベリーというお茶なの。お口に合うと嬉しいわ」


 アムシュティアさんはあっという間にお茶の場を整えるとテーブルを挟んだ向かい合う椅子に座り、まずは自分がお茶と小さなタルトのようなお菓子に口をつけた。サクッと軽やかな音がする。とてもおいしそうだ。


 「それでは改めて。魔法学院学院長のアムシュティア・ショコラーデよ。連合国より魔法学院の管理を任されているわ。アスターとは学院で何度か会ったことがあるわね。お久しぶり。元気にしていたかしら」

 「お久しぶりです先生。おかげさまで元気です。既に聞き及んでおられると思いますが、今回は妹の件で来ました。ほらフレージア、ご挨拶を」

 「あっ、そうだった! 」


 何か忘れてると思ったら、まだ名乗ってすらいなかたっんだ。完全に雰囲気にのまれてたよ。危ない危ない。

 急いで立ち上がってカーテシーをする。立つときに膝を思いっきり机にぶつけてしまったが、ひとまず置いておく。


 「お初にお目にかかります、アムシュティア・ショコラーデ様。ブロムキント家次女、フレージア・ブロムキントと申します。父から今回のことで便宜を図ってもらったと聞きました。本当にありがとうございます。」

 「ご丁寧にありがとう。長いでしょうから学院長とでも呼んでちょうだい。貴女はまだ学院の関係者ではないから、私はフレージア様と呼ばせてもらうわ。……色んな話に花を咲かせたいところだけれど、フレージア様の今後のことと契約について話を進めていくわね。と言っても、そんなに多くはないのだけれど」

 「お願いします」


 契約関係で話をするのは主にズィルヴァークだ。私はその話を聞いて、時折自分の意思を示すだけでいいらしい。世間知らずなので心配だったが、さすがの采配といったところか。


 「件の事件のことは聞いているわ。フレージア様も怖かったでしょう。お姉様が無事で本当によかったわ」


 知っていたのか。驚きだ。まあ別に箝口令が敷かれているわけでもなければ騎士団も動いているのだから、ここの偉い人であれば知っていてもおかしくないかもしれない。アムシュティアさん——学院長が座ったまま軽く手を振ると、今度は執務机と思われる場所から一枚の紙が飛んできた。


 「まずは大まかな内容から。フレージア様は錬金術を専門として研究するうちの生徒の弟子として学院に通うことになる、ということになっているのだけれど認識に齟齬はないかしら」

 「ありません。私もそのように旦那様から伺っております」

 「ならこの項目はそのままで大丈夫ね。まだ入学できる年齢ではないから、学生ではなく学院の研究者の1人として登録をすることになるわ。特に何か変わる訳ではないけれど、学生寮のように許可がなければ入れない場所もあるから、気を付けてちょうだい」

 「分かりました」


 あとは金銭的な話や期間のこと、私がお世話になる生徒のこと、それから制服などの細かなことを決めていく。あらかじめある程度のことが決まっていたのだろう。特に問題も起きずに話し合いは進んでいった。


 「こんなところかしらね。あまり変更点もなくて助かったわ。あとは契約書に署名してもらうだけね。……字は書けるかしら」

 「大丈夫です」


 私の前にさっきの紙と書類用のペン、インクが差し出された。お兄様とズィルヴァークをちらっと見ると、2人ともゴーサインを出してくれている。

 なんだかここまであっという間というか、濃ゆすぎるというか。あとサインするだけで2度目の学生生活の始まりかぁ。懐かしいな。前世の学校行事とか、電車通学とか……。あれ、そういえば……。

 

 「あの、わたくしはこれからどこで生活をするんでしょうか。学生寮には入れないのですよね。王都邸からの通いでいいのですか」


 大人たちが、はっと顔を見合わせる。どうやらすっかり意識の外だったようだ。

 こんなにバッチリ決めてたのに、そんな穴があるなんて。サインする前でよかった。


 「すっかり失念しておりました。確かに、契約前に決めておくべきことでしたね」

 「こちらの落ち度よ。ごめんなさいね。……登録上、学生寮で暮らすのはほぼ不可能ね。職員や研究員が使っている寮なら問題ないとは思うのだけれど」

 「さすがに、幼いフレージア様には1人で生活するのは難しいかと。私としては王都邸から通っていただけると、生活面では安心ですが……」

 「学院の敷地内にいたほうが安全ではあるわ。貴方の心配も分かるけれど」


 どちらも一長一短と言ったところらしい。正直なところ6歳の体には1人暮らしは辛いので、寮生活は勘弁願いたい。


 「私が毎朝フレージアを迎えに行くというのはどうでしょうか。魔法が使える者が1人でもいれば、だいぶ変わると思うのです」

 「とても素敵なアイデアだけど、アスターも守られる側の人なのよ。生徒たちを守る立場としてはあまりいい顔をできないわ」

 「そうですか……」

 「あの、ブラフヘルメルから来たときのように、騎士の皆さんにお願いするのはどうでしょうか。わたくしとしては王都邸から通うほうが助かるので……。図々しいですかね」


 王都へ向かう道中、毎日いつもと変わらない訓練をこなすだけで、たまに来る討伐要請だけが楽しみだと騎士隊の皆がこぼしていた。護衛任務なんて久しぶりすぎて楽しいと言っていたほどだし、引き受けてくれるのではないかと思ったのだ。


 「なるほど。騎士が護衛してくださるなら、こちらも安心できますね」

 「でも一部隊を動かすことはできないでしょうから、多くても1日に2人か3人ね。足りなければ、学院の見習い騎士に任せるというのはどうかしら。6、7年生なら十分な力量を持っているもの。もちろん、彼らの承諾を得なければならないのだけれど、護衛任務の実習と言えば飛びつくと思うわ」


 「前に護衛を任されたときは希望者であふれて大変だったのよ」と学院長が笑って言った。それなら大丈夫そうだ。


 「可能であれば、できるだけブラフヘルメル出身の者を中心に付けていただけませんでしょうか」

 「もちろんよ。このことを知る人は少ないほうがいいでしょうし、同郷の者同士の縁を作っておくのも大切なことだもの。陛下と騎士団長にはこちらから話を通しておくわ」

 「ありがとうございます」


 王都邸で生活することと騎士のことを契約書に追記してもらい、今度こそ署名をする。金の模様で縁取られた契約書に名前を書き終わると、髪が一瞬ピカッと光り、黒かった字がじわじわと濃紺に変わっていった。ズィルヴァークと学院長に確認してもらい、契約は完了だ。


 「これでバッチリね。あとはさっきも言った貴方の登録を行うわ。こっちの部屋へついて来てくれるかしら」


 この部屋にある扉は最初に入ってきた扉と、奥にある両開きの扉の2つだけだ。奥のものは学院長がお茶を持ってきた部屋でもある。さすがに部屋の外へは出ないと思うので、その両開きの扉だと思っていたら正解だったようだ。私たちがこちらへ来たのを確認すると、学院長は扉に片手を当てて何かを短く呟いた。その瞬間、扉の模様だと思っていたものが動き出し、ガコンと音をたてて別の模様を作り出した。

 すっごいかっこいい! これ私の部屋にもつけたいなぁ。


 「さぁ、入って」

 「失礼します……」


 中は何の変哲もない小さな小部屋だった。外に街が見える景色の良い大きめの窓が付いているが、家具は高めの机が1つ置かれているだけの簡素な部屋だ。しかし、その机の上に強く目を引くものが置かれていた。


 「これは古い魔法具の一部で、学院の管理をする本体とつながっている物なの。これを使って自分が学院に出入りしてもいいということを本体に記憶させるのよ」

 「すごく綺麗ですね」


 子機の1つだというその魔法具は30cmほどの高さの地球儀のような見た目をしていた。しかし、地球の場所にあるのは夜空を思わせる深青の玉で、時折チカチカと小さな光を放っている。まるで小さな宇宙のようだ。


 「この石を持って魔法具に近づいてくれるかしら。あとはしっかり握っているだけで登録は終わるわ」


 そう手渡されたのは、500円玉くらいの大きさの青い宝石だ。透明度が低くカットも少ないが、光に透かすとクラックがキラキラときらめいて見える。すると、ひょこっと後ろからお兄様が手元を覗き込んできた。


 「私の記章は黄色ですが、フレージアは青なんですね」

 「学生は黄色、教員や研究員は青色の記章を使うの。正式に入学するときに黄色の記章を渡すことになるわ」


 学院長に促され、魔法具の前に立つ。言われた通りに宝石を握りしめ、「準備はいいかしら」と聞く学院長に頷きで返す。そして学院長が私と魔法具を挟むように立ち、魔法具の玉に手をかざした。その瞬間、体内の魔力が糸のように引っ張り出されるのを感じた。驚くのも束の間、同じく糸のような光が握った拳の中から出てきた。光は少しずつ伸びていき、まっすぐ魔法具へと吸い込まれていった。


 「きらきらが……」

 「貴女の魔力よ。形として見るのは初めてかしら」

 「物質的に存在できることも知りませんでした」


 必要な魔力は少しでいいらしい。登録はすぐに終わった。学校にいる間は常に身に着けるように言われた。今は簡単な台座に宝石がはめ込まれているだけだが、アクセサリーに加工したり制服の一部に縫い付ける人もいるらしい。

 とりあえずは無難にネックレスかな。あとで相談してみよう。


 「これで正式に学院の一員として登録されたわ。魔法学院へようこそフレージア。貴女が人生を変えるほどの驚きと学びを得られることを願っているわ」

 「よろしくお願いします! 」



 ◇



 登録から3日後、学院からもろもろの準備が整ったという連絡が来た。明日にでも残りの契約と私の師になる人と顔合わせをするとのことだ。つまり本格的に錬金術を学ぶことができるということ。王都に来てから数日、どこかに行けるわけでもなく屋敷に閉じこもったままだったし、お兄様も学生寮の方に戻ってしまったせいでそろそろつまらなくなってきたところだ。安全面も気にしないといけないことは分かるが、今すぐにでも飛んでいきたい。


 「とは思っていたのですが……。これはいったい何事ですか」


 登校に護衛が付くという話は聞いていたが、ここまで多くなるとは聞いていない。ブラフヘルメルから王都に来る時の騎士は15人だったが、屋敷の前にズラッと並んでいる騎士は軽く倍はいるだろう。隣に立つズィルヴァークが絶句しているし、道行く人々も目を丸くしている。


 「騎士団長から通達があったのでフレージア様の初登校の護衛を募ったのですが、希望者の数が多すぎまして……。これでも減ったのですよ」

 「そのお気持ちには感謝いたしますが、いくら何でも多すぎます。フレージア様の安全面を考慮した上でも、この半分の人数でも十分でしょう」


 明日からはもう少し人数を減らすことを約束し、今日はこのまま学院へ向かうことになった。契約の話もあるので、もちろんズィルヴァークにもついてきてもらう。私たちが乗る小ぶりの馬車を中心にして騎士が取り囲み、ぞろぞろと道を進んでいく。騎士見習いとプロの騎士が混ざる形になっているらしい。緊張した面持ちの騎士が何人かいるのが馬車の中から見えた。

 あ、あの人この前ブラフへルメルから一緒に来た人だ。あの人も、この人もじゃない?

 

 もともと王都邸と学院はそう遠くない。そう時間も置かずにこの前と同じ門の前に着いた。騎士たちとはここでお別れだ。


 「……想像以上に護衛が多いですね」

 「さっき聞いた話なんですが、今日の権利をめぐってあまりに激しい戦いが繰り広げられたせいで、騎士団長から匙を投げられたのだとか。明日以降は半分以下にするように伝えてあります」


 門の前で待っていてくれたヘルファンに若干引かれてしまったようだ。これからお世話になることが多いだろうから、印象を良くしておきたいと思ったばかりだというのに。


 「私からも騎士団長に伝えておきましょう。騎士は報告へ、学生は早く寮に戻って制服に着替えてくるように。講義に遅れないよう気を付けてくださいね」

 「はっ」


 ずらっと並んだ騎士たちがザッと音を立てて騎士礼を行い、半分ずつくらいに分かれて去って行った。帰るときも護衛についてもらう手はずになっているらしい。いつ頃になるか分からないのに、ありがたいものだ。


 「では私たちも行きましょう。本日もまずは学院長室へご案内させていただきます。ズィルヴァーク様はこちらの指輪を。フレージア様は記章をお持ちですね」

 「持ってます」


 服の下からひもに通しただけの記章を引っ張り出す。もうちょっとどうにかしたいところだが、とりあえずはこれでいいだろう。

 建物へ入るところまでは数日前と同じだったが、聞いた通り廊下を進む道順が変わっていた。最終的に学院長室として案内された扉も、この前とは全く違う両開きの高級感のある大きなものだった。ヘルファンに片方を開けてもらい、再び油膜のようにぼやける向こう側へ足を踏み入れると、見覚えのある部屋が現れる。


 「失礼いたします……」


 返事はない。勝手に入ってしまっていいのかと悩んでいると、あとから続いて入ってきたヘルファンに促される。空き巣に入っているようで少し嫌だが、そろそろと部屋の中へと進んでいく。この前契約を交わした応接間のような部屋に入ると、大きなガラス張りの窓の側に人がいた。後ろ姿しか見えないが、くすんだ濃い緑のロングヘアなので、学院長では無さそうだ。

 先客かな。本当に入っちゃってよかったの?


 「すみません、他の方が居るとは思わず……。出ていた方がいいですよね」


 窓の外を眺めている人に声をかけると、ちらりとこちらを振り返った。落ち着いた、しかし目を引く金の瞳が向けられる。

 わぁ、すっごい美人……。華やかなお母様とはまた違うクール系だ。


 しかしすぐ興味もなくなったのだろう。「ふんっ」と鼻を鳴らし、また外へ視線を戻してしまった。

 なっ、感じわーる! 人のことは言えないだろうけど、愛想がなさ過ぎるでしょ!



ご覧頂きありがとうございます!

少しお久しぶりの投稿でした。

ついに正式に学院へ!

学院長の魔法いいですね〜。生活するうえですごく便利そうです

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