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全ての魔法の主

 王都に到着した次の日、今日は早速これから私がお世話になるという魔法学院に行くらしい。昨日は半日ゆっくりできたとはいえ、まだ旅の疲れは体のあちこちに残っているようだ。現に、足の裏や背中の変な筋肉が痛い。偉い人に会うのなら良い姿勢を保たなければならないだろう。ちょっとだけ憂鬱だ。

 湿布とかないかなぁ。平安時代には湿布の起源になったものがあったらしいし、この世界にもあっていいと思うけど、その辺どうなんだろう。


 「おはようございます、お兄様」

 「おはようフレージア。よく眠れ……どうしたんだい」

 「長旅に慣れていなかったせいか体中が痛くて」

 「筋肉痛かな。ズィルヴァーク、朝食が用意できるまでフレージアの治療をしていてもいいかな」

 「もちろんです。談話室をお使いください。ご用意ができましたらお呼びいたしますね」

 「ありがとう」

 「お兄様って治療ができるのですか。お医者様みたいに? 」

 「そんな大層なものではないよ。学院に入ってすぐに習う治癒の魔法を使うだけだからね」


 治癒魔法! ホ〇ミとか、ケ〇ルみたいなことができるってこと! ザ魔法って感じでいいね。今にも冒険が始まりそう。

 お兄様に手を引かれて食事をするホールの側にある部屋に入り、お兄様と一緒に部屋にあるローテーブルを隅に寄せる。ある程度の広さを確保した後、お兄様は意気揚々とその中央に立った。


 「様子を見る限り、痛むのは背中と足……あとは右の太ももかな」

 「そうですね。あ、あと首も少し。寝違えました」

 「……ガタガタすぎないかい」


 「それなら少し強めにしようかな」とお兄様が小さく呟いたかと思うと、両手で丸を作るように緩く広げ、魔力をその中心に集め始めた。集まった魔力は次第に金の炎になり、ふわりと髪を巻き上げる暖かな風と共に大きく成長していく。炎の先が私たちの身長をゆうに超えたところでお兄様が私の方へ振り返った。


 「できたよフレージア。さあ、入って」

 「入って?! 」


 思わず優雅さを放り出して大声で聞き返してしまったが、どうやら聞き間違いでも言い間違いでもないようだ。パチパチと音を立てながら時折火花を散らす炎を指さし、「大丈夫、火傷はしないよ」と言っている。確かに周囲の物が燃えている様子もないし、これだけ近くに居ても熱さはあまり感じない。むしろ寒い朝にはありがたい暖かさだ。

 お兄様が危険なことをさせるわけがないというのは分かっているんだけど、どうしても精神的に、本能的に難しいところがあるよこれは。でも私のためを思ってくれたお兄様を前に断るわけには……。見てよこの期待と自信に満ちた眼差し。っく、頑張れ! 気合いだ私!

 恐怖に抗いながらなるべく炎に近づいて目を瞑り、えいやっ! とばかりに目の前の炎に手を突っ込んだ。そしてそのまま金色に輝く炎の中で炙られる。


 「……熱くない」

 「言っただろう。これはそういう魔法なんだよ。ほら、もっと中に入って入って」

 「は、はい」


 お兄様に背中を押され、今度こそ完全に炎の中に踏み込んだ。その瞬間、水の中のような、全身を包む不思議な感覚で背筋に軽くぞわぞわっとした感覚が走った。しかしそれも慣れたのかすぐに引いていく。それにどうやら体が少し浮いているようだ。床を探す足が空を切る。


 「落ちたりしないから、力を抜いてふわーっと浮いてごらん」

 「難しいことを言いますね」


 この状況でできるわけがないと思っていたが、ふわふわとした暖かい空間にいるうち、いい具合にリラックスしてきたようだ。寒空の下、露天風呂に浸かったときのような感覚で体の芯のあたりから力が抜けていくのを感じる。


 「そうそう。上手だよ」

 「わたくしが想像していた治癒魔法とはかなりかけ離れてましたよ」

 「そうかい? 見たことがないかもしれないとは思っていたけれど。確かに、炎魔法で治癒する人は少ないかもね。基本的に自分の得意な属性を使うんだ。母上も炎の治癒繭(ちゆまゆ)を使っていたはずだよ」

 「そうだったのですか。今度見せてもらおうかな」


 それにしてもさすが治癒魔法。体の痛みが少しずつ引いていっているようだ。首を回しても、もう痛くない。この不思議な状況にも慣れてきた。炎をじっくり観察できるほどだ。よく見るとただの金色というだけでなく、炎自体がきらきらと輝いているようにも見える。様々な色合いの金が混ざり合っていて、とっても華やかだ。

 そういえば、お兄様とお母様が使う炎の魔法って金色だったな。この世界の火は前世のものと同じだとは思うんだけど、炎に対する色のイメージが違うのかな。蒼炎とかあったら使えるようになりたいな。かっこいいし……。

 ふわふわと治癒繭を堪能しているうちに、微睡んでしまっていたようだ。「朝食の準備ができたよ」というお兄様の声で意識が引き戻される。


 「どうかな。痛みは引いたと思うけれど」

 「ばっちりです。暖かくて、とても居心地が良かったです」

 「それはよかった」


 お兄様に手を取ってもらい、繭の中から床へ降りる。十分温められた部屋のはずだが、先ほどまでとの温度差で少し鳥肌が立ってしまった。


 「まるで『不死鳥』になった気分です」

 「フシチョウ? なんだいそれ」



 ◇



 「それではお2人とも、準備はよろしいですか」

 「はいっ」

 「私はもう慣れてしまっているからね」


 青空広がる昼下がり、私たちは魔法学院の正門の前に立っていた。送ってくれた馬車は駐馬車場へ向かい、残されたのは私とお兄様、保護者枠のズィルヴァークだけだ。ウェディングケーキのように段々に作られている街の3段目の大半を使って作られているらしい学院は、その分というべきか門も非常に大きい。高さも10mはゆうにあるだろう。

 綺麗……。写真で見た宮殿みたい。でもこういう場所あるあるなのか、道が長くて建物までがすっごい遠いね。建物に着くまでに疲れそう。


 「寒い中お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 ぼーっと周囲を見渡していると、唐突に男性から声をかけられた。

 びっくりしたぁ。全く気が付かなかった。


 「ブロムキントの皆さまですね。学院長より皆様のご案内を任されております、ヘルファンと申します。本日はご足労頂き、ありがとうございます」

 「魔法学院第2学年、アスター・ブロムキントです。今回は妹の付き添いで来ました」

 「フレージア・ブロムキントです。よろしくお願いいたします」

 「ブロムキント家専属執事のズィルヴァークと申します。本日は領主代理として、諸契約の確認と見届けの任を仰せつかっております」


 ヘルファンと名乗った男性は学院長と呼ばれる人の手伝いをしているらしい。ふわっとした明るいブラウンの髪と同じ色の瞳からは優しい雰囲気がにじみ出ている。話し方も丁寧で、物腰が柔らかそうだ。


 「よろしくお願いいたしますね。……では早速ですが、学院長室までご案内いたします。アスター様は記章をお持ちになっていますか」

 「持ってきています。必要かと思って、念のために」

 「ありがとうございます。ではフレージア様とズィルヴァーク様はこちらの指輪をお付けください。入校許可証のようなものです」


 そう言ったヘルファンに手渡された指輪をとりあえず左手薬指にはめる。サイズが心配だったが、私に誂えたかのようにぴったりだ。銀の台座にオパールのような小さな石が付いているデザインで、シンプルだがセンスがいい。


 「それでは参りましょう。あまり私から離れないよう、お気を付けください」


 キィと音を立てて小さく開かれた門をくぐり、敷地内へ足を踏み入れる。その瞬間、空気が変わったのを感じた。朝にお兄様の治癒繭で感じたものとはまた別種で、空気が澄んだというか、おいしくなったと言ったほうがいいかもしれない。そしてはるか遠くの目的地に向けて長い道のりを……歩かなかった。


 「あれ? 」


 そんなに歩いてないはずなのに、もう目の前に建物があるんだけど。え、数百メートルはありそうだったよね。

 門をくぐってから10秒程度しかたっていないはずだ。なのに目の前には巨大な白壁の城のような建物が、後ろにはさっきまで居た正門がはるか遠くにある。


 「おもしろいでしょう。長い道を一瞬で歩いてしまったようで」

 「はい……。疲れそうで心配していたんですが、杞憂だったみたいですね」


 私がわたわたとしているのを感じたのだろう。先導していたヘルファンが軽くこちらに顔を向けて声をかけてくれた。


 「防犯の設備の1つなんですよ。学院の関係者として認められた者、それから先ほどお渡しした指輪をつけている者であれば、本来の短い道を進むことができるんです。しかしそれ以外の者がこの道を通ろうとすると、永遠に続く道を歩き続けることになるのです。気づいた時には進むことも戻ることもできず、いずれ敵であったはずの我々に助けを乞うほどまでになる、という風にできているのです」

 「えげつない……」


 全くもって同意ですが、言葉が漏れてしまっていますよ、お兄様。心にしまっておいてください。

 大きな建物に対して同じく大きな扉を開いてもらい、いよいよ城内に入っていく。中は白い外壁からは想像できなかったが、思っていたよりも温かみのある空間が広がっていた。玄関ホールのような場所のようで、目の前の大きな窓ガラスの先には整えられた広い庭園も見える。


 「こちらです。道は日によって変わりますから、覚えなくても大丈夫ですよ」

 「道が変わる……」


 どうなっているのか分からないけど、ここは魔法を勉強する学校なわけで。うーん、深くは考えまい。

 迷いなく進んで行くヘルファンに一生懸命ついて行く。右へ左へ。上へ下へ。もうどの辺にいてどっちを向いているのかすら分からない。その道すがらも、ヘルファンが建物にかけられた魔法について解説をしてくれた。どれもこれも侵入者に対する防犯システムのようだ。確実に捕えるという気概を感じる。


 何回曲がったか数えていたのを放棄したころ、ヘルファンがおもむろに1つの扉の前で立ち止まった。


 「こちらが本日の学院長室です」

 「ここがですか」


 目の前の扉はごく普通の、今まで何度も通ってきた扉と同じものだ。場所も廊下の中途半端なところで、偉い人の部屋と言われても実感は無い。日によって変わると知っていてもだ。目を瞬く私たちを前に、ヘルファンは扉を軽やかにノックした。


 「学院長、ヘルファンです。ブロムキントの皆様をお連れしました」


 突如、扉の向こうから金属がぶつかりながら動いたような音がした。同時に、ゆっくりと片開きの扉が開いていく。しかし、扉の先は油膜のような光に遮られていてよく見えない。ヘルファンに「どうぞ」と促され、先に進むお兄様に続いて部屋に踏み込んだ。その瞬間、さっきまでうっすらと見えていた簡素な部屋とは別の空間に立っていた。赤を基調とした優美な広い部屋だ。

 そして、その部屋の中央にワインレッドの髪をふわふわと流す美しい女性が立っていた。露出が多い服ではないが、そこはかとない色気を感じる。彼女は一度私たちの顔を見回し、上品で美しいスイーツを思わせる声で歌うように口を開いた。


 「ようこそ花の一族の皆さま。わたくしが世界一の魔女であり現魔法学院長、アムシュティア・ショコラーデよ」


 極めつけといわんばかりにほんの少し小さく首を傾げ、ふわっと笑う。


 「これから長い付き合いになるでしょう。よろしくね」



ご覧いただきありがとうございます!

治癒魔法をどのような形にしようかなぁと思った結果、このような形に落ち着きました。

私の理想詰め込みセットです。

意識が無い状態でも維持できるのなら、この中で眠ってみたいものです。


そして来ました!アムシュティア様!

最後の「よろしくね」は、語尾に♡をつけてお読みください。

今後も私の筆が及ぶ限り、全力で美しさを表現させていただきます。

見た目や雰囲気のイメージは峰不二子さんが一番近いかもしれないですね。

彼女の生い立ちやバックグラウンドについては、近々書いていくつもりです。

ぜひお待ちください。作中メンバーの中でも有数の濃厚な過去をお持ちです。

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