王国一の都市
「先にブロムキントの別邸へ向かいます。30分も経たないうちに到着するので、準備をお願いしますね」
「わかりました! 」
ここはブ一フへルメルが所属するグランツルム王国の王都、つまるところ首都であるシューラントだ。ブラフへルメルよりも南東の内陸にあると、お姉様の集中講義で習ったばかりだ。その割にはブラフへルメルと気温はさほど変わらないような気もする。
首都のシューラント、シュート、首ー都……? さすがに偶然か。
ブラフへルメルの民家は基礎として石材を、本体は木材を使った家屋がほとんどだったが、シューラントはオレンジと白の石材が使われている建物がほとんどで道も壁も同じ素材なので統一感があってオシャレだ。今日の晴天の空色と日差しにとても映えている。そしてさすがは国1番の都市と言ったところか。道を行き交う人の数がブラフへルメルの比ではない。幼い子供の手を引く女性、揃いの制服のような服を着た若い男女、仕事なのか足早に駆け抜ける壮年の男性や、そんな人たちへ声をかける軽食屋の店主。この世界に来て一番人を見ているような気がする。これで祭りなどではなく平日なのだから驚きだ。
そんな中でも最も目を引くのは私たちの頭上で枝を伸ばす巨樹だろう。街の半分以上を覆うほどの大きさだが、巨樹自体が半透明なので日差しを遮ることはない。一部からは水が地面に向かって流れているようだが、その下がどうなっているのかは分からない。
……木が、浮いてるよね。キラキラ光っていてすごく綺麗だけど、ホログラム? 向こう側の空も見える……。あ、魔法がある世界なんだった。深く考えても無駄かも。
「驚いたでしょう。私も最初見たときは腰を抜かしましたよ」
「あの木って触れるのですか? 実体を持っているなら落ちてきそうなものですけど……」
「物語では実体があるようですが、実際のところは分かっていません。聖樹は我々が思っているよりも高いところにあるようなので、鳥に乗って行けるならともかく人間は空を飛べないので実際に確認するのは難しいのです」
「飛べないのですか?! 」
「かつて聖樹まで歩いて行った凄腕の魔法使いがいたという伝説はありますが、鳥のように自由に飛ぶというような話は聞いたことはありません。風の魔法である程度の高さまでは浮くことができますが、大き目のマセルの木を少し越せるくらいでしょうか。高いところで落ちる想像を全くしないといのは難しいのですよ」
「そうですか……」
飛ぼうとして高いところから落ちたことがあるのだろうか。近くにいた騎士が遠い目をしながら教えてくれた。
空飛ぶ箒とかを期待してたんだけど、無いのか……。いっそのこと作っちゃう? 最終目標みたいにしてもいいかも。
街の喧騒に耳を澄ませたり、シューラントのことについて騎士の人たちから話を聞いているうちに街の中心部に近づいてきたようだ。人も多くなり、私たちの方へ指をさしながら何やら話している人たちもいる。
「お嬢様、窓から離れて外から見えないように隠れることはできますか。悪意を持つ人間もいないとは言い切れませんので、念のため」
「は、はい」
薄黄色の髪の女性——フィオーティエが馬車の車窓を周囲から隠すように馬を寄せて来て言った。彼女は道中の着替えや体を拭くのを手伝ってくれた女性騎士だ。一見少女のように見えるが魔法学院を卒業しているれっきとした成人だ。
たくさん作って持ってきたシャンプーとリンスのセットをプレゼントしたら、すごく喜んでくれたんだよね。おかげで距離もすごく近くなれた気がする。
それから間もなく、層を作る巨大な円形の壁に突き当たった。どうやら壁に沿って作られたスロープを上っていくようだ。
「不思議な形の街ですね」
「かつては山頂付近に作られた城塞都市だったそうですよ。その後、少しずつ平地に向かって街が広がっていったとか」
「おお、なるほど」
スロープをこのように馬車や荷車も使うことを想定されているのだろう。緩やかな坂道を2回ほど切り返しながら登っていく。徒歩で移動する人もいるようだ。街の2段目も材料自体は下と変わらない。しかし、雑多に入り組んだ道が多かった1段目と比べて縦横に道が整備されており、少々道端の緑も多いようだ。さらに驚いたのはその広さだ。どんどん小さく狭くなっていくかと思ったが、ラキスの町くらいなら多分2つは入りそうな広さがある。
下の街は集合住宅というか、家がぎゅっとなってる感じだったけど、こっちは1屋ずつが大き目な気がする。あ、あれはレストランかな。うー、窓に張り付いて色々見てみたいんだけど……。迷惑はかけられないし、次の楽しみにしておこうかな。探検とかしたいな。
ふと外でクラリアスの声が響き、馬が1頭駆けていく音が聞こえた。
「この辺りは人も少ないので窓に近づいてもいいですよ。……あの家が見えますか? 庭が広くて木々や花がたくさん咲いている建物です。ほら、白壁に朱色の屋根のあのお屋敷がブロムキント家の王都邸ですよ」
「あれですね! すごい目立ってますね……」
「ブロムキント家は国の中でも存在感が強い家ですからね。このように、ある程度の格式と豪華さというものが求められるのです」
「そうなのですね。でも今まで領の外のことをあまり知らなかったので、あまり存在感があるような印象はないですけれど、そんなにブロムキントはすごいのですか」
「今後、歴史で嫌というほど学べますよ」とフィオーティエが遠い目をして言った。
……歴史が苦手なのかな?私も世界史はあまり得意じゃなかったから人のことは言えないけど。うぅ、ちょっと気が重くなった。
それから間もなくして、私たちの小さな行列は王都邸の前に並んだ。あらかじめ到着を伝えられていたのだろう。門の前にはお兄様と冬の始めに会ったズィルヴァークが並んで待ってくれているようだ。周囲の安全を確認されたあと、私はフィオーティエに抱っこで馬車から下ろしてもらう。
「お兄様! 」
「いらっしゃいフレージア! 」
足が着くやいなや私はお兄様のもとへ駆け寄った。そのまま広げられた腕の中に飛び込む。するとお兄様は私を抱えたまま、突っ込んだときの力でくるりと1回転までしてみせた。こんなに力があったなんて驚きだ。
久しぶりの家族との再会なのだ。この時くらい優雅さは放り出しても許されるよね。
「お久しぶりですお兄様! あれ、少し背が伸びましたか」
「そうかな。あ、そういえばこの前少し服が小さくなっていたような気がするよ」
確かお兄様は11歳になったという話だったはずだ。数週間前に見送ったばかりだったはずだが成長期の勢いとはすさまじい。
男子3日会わざれば刮目して見よ、っていうことわざがあったけど、こんなところで実感することになるなんてね。力も強くなったんじゃない?
「お2人とも、積もるお話は皆さんをお見送りした後に温かい部屋でいたしましょう」
そういえば、まだ荷物も取り出してすらいない。慌てて振り返ると、騎士の面々が親戚の子供たちを前にしたかのような温かい目でこちらを見ていた。
そうだった。まだみんないるんだった。……ちょっと恥ずかしい。忘却の呪文とかないのかな。ぜひとも今すぐにでも教えてほしいんだけど。
「えっと、荷物を運ぶので、手伝ってくれませんか? 」
「お任せください。もとよりそのつもりでしたので気にされなくても大丈夫ですよ」
その後、大量のトランクや荷物を詰め込んだ箱がズィルヴァークの案内で屋敷の中へ運び込まれて行った。子供の力では逆に邪魔になってしまう。私とお兄様はすみっこで眺めているだけだ。
どうやら私の服だけではなく、お兄様の服やブラフヘルメルの食材なんかも積まれていたらしい。一体どこに載せていたのか聞くと、これも魔法の一種だと言われた。もう少し詳しく教えてほしいところだ。
「これで全てですね。では、我々は騎士団本部の方へ戻らせていただきます」
「今回は本当にありがとうございました。ご迷惑になってなければいいのですが……」
「迷惑だなんてとんでもない。むしろお嬢様と御一緒できて光栄ですよ」
「お2人が良き学びを得られることを、カイゼルスコール隊一同願っております。故郷と同じ空の下、ルフトア様のご加護がありますように」
騎士たちがザッと音を立てて剣を片手で腰の後ろに隠すように引き、もう片方の腕を曲げた状態で肘を肩の高さに上げて握りこぶしを作る姿勢を取った。道中で教えてもらったことだが、これはブラフヘルメル出身の騎士が行う騎士礼と言うものらしい。整列するときの目安にもなっていいのだと、他の騎士の1人が笑って教えてくれた。剣は無いが、私も見よう見まねで騎士礼をする。一瞬騎士たちが驚いたような表情をしたが、それもすぐに消え去り、微笑んでくれる人もいた。
……姿勢とか間違えてないよね?




