出立
その後のカイゼル隊は本当に早かった。到着した当日こそ家族や友人と会って過ごしたようだが、次の日には騎士が駐屯できるように騎兵舎を整え、ある程度の食料を森から調達し、警備と調査担当に分かれて行動を開始していた。
大人たちが忙しなく動き回る中、私たち子供は邪魔にならないよう大人しく部屋にこもって勉強を続けることしかできなかった。覚えなければならないことは多かったのでむしろ喜んで引きこもっていたが、いざタイムリミットが提示されると10日というものは非常にあっという間だ。話し合いが行われてから9日。騎士団の第2軍を迎え、いよいよ明日には王都へ発つことが正式に決まった。
「だからしばらくは会えなくなっちゃうんだよね。今回はその話と花壇の世話の説明をしたくて、クラーヴと話ができないかお父様にお願いしたの」
「最近来ないなって思っていたら、そういうことだったんですね」
本当は久しぶりに私が出向きたかったが、護衛としてついてくれている騎士の人に止められてしまったのだ。仕方ないので今日はクラーヴに来てもらい、玄関ホールの簡易的な応接場を使わせてもらっている。向かい合ってソファに座るクラーヴはどこかそわそわと落ち着きがなさそうだ。
クラーヴの目が泳いでるよ。でも緊張するよね。ここに入ることはないって言っていたし、横には武装した騎士が付いているわけだし。
「いつ帰ってくるんですか」
「それが分からないの。かなり大事になっているみたいで、ある程度問題が解決しない限り難しいそうだから。念のため1年を通した薬草の育成計画を用意したから、これに沿って管理していてくれたら助かるわ。……あ、字は読める? 」
「自分の名前と簡単な読み書きなら。父さんとかに聞きながらやってみます」
「お願いするわ。冬の間は叔父様が定期的に魔力を加えに行ってくれるそうよ。あと収穫したものはお母様に渡るようにしてくれるかしら。シャンプーを作ってみると言っていたから。本当は王都まで送ることができたらいいのだけれど、まあそれは折を見ながらね」
「分かった。任せてください」
真剣な表情で手渡されたメモ紙に目を通し、こくりと頷く。
「そのクラーヴ、ごめんなさい」
「え、なんでっ? やめてくれ、ちょっと気まずいから。お前がそんなことしちゃだめだろ……」
慌てたクラーヴによって強制的に頭を上げさせられる。よほど驚いたのだろうか。最近上達してきていた敬語が完全に抜けてしまっている。
そんな驚くようなことでもないと思うんだけど……。
「クラーヴをうちに引き込んだのは、わたくしでしょう。それなのに何の手伝いもできずに、自分は王都に行っていつ帰ってくるか分からないなんて、無責任にもほどがあるでしょう。クラーヴこそもっと怒っていいのに」
「ああ、そんなこと……。何のことかと思った」
「そんなことじゃないでしょう! むしろなんでそんなに冷静なの! 」
当の本人はというと、へへっと笑いながら頭をかいているだけだ。これでは自分に怒っている私だけがバカみたいだ。
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなくってさ。んー、これ見てもらった方が早いかな。旦那様には許可をもらってるし」
そう言ってジャケットの内ポケットから丁寧に3つ折りに畳まれた1枚の紙を取り出した。それを広げて「見てみてくれよ」と、私に手渡してくる。
「何これ……」
「オレの雇用についての契約書」
「はい?! 」
聞き間違いではないようだ。慌てて広げた紙の1番上には「使用人見習い契約」という表題が、一番下にはお父様とクラーヴ、それから保護者であるピタセリーのサインが書かれている。
ど、どういう。ちょっと驚きすぎて頭が回らなく……。
「ほらここ、屋敷の使用人の人たちが推薦してくれたんだ。あとこないだの事件でよく頑張ったって褒められたんだ。あ、これもついさっきの話だぞ。旦那様にフレージアにも話してくるようにって」
「す、すご……」
クラーヴが差しだしてきたもう1枚の紙は推薦状のようだ。推薦人と書かれた下にはクリモフに始まりティリアやサルヴィス、エレフリス、クラフラスと屋敷のメイドと執事たちの名前が連なっていた。それだけでなく、少し形が歪んだ字で一部の料理人や御者の名前まで書かれている。
「今はちょっと忙しすぎるから、もうちょっと後くらいから本格的に色んな練習とか勉強を始めることになってるんだ。今まで通り庭の手入れを手伝いながらな。それにアスター様が、自分がいない間は執事をオレの教育係にしてほしいって旦那様に言ってくれたって」
「わたしも……」
「え? 」
「私もクラーヴの推薦状書きたかった! 何で言ってくれなかったの! 」
「いやいや、ついさっき知ったんだって。オレだって驚いたんだよ」
安心と喜びと、ほんの少しの悔しさで視界がゆらめく。ぐっと奥歯を噛んで波をやり過ごしたが、気を抜いたら声が震えてしまいそうだ。
「フレージアがきっかけをくれていなかったら、こうなることは絶対なかったと思う。だから感謝こそしても怒るわけがないって。……フレージアはさ、王都で錬金術をもっと勉強するんだろ」
「ぐっ、うん……」
「じゃあ勝負しよう。フレージアが王都ですごい物を作れるようになるのが先か、オレがブラフヘルメルですっごい執事になるのが先か」
「……わかった。大負けしても泣かないでよね」
「こっちのセリフだ! 」
突き出された拳に自分の拳をコツンとぶつける。
……お姉様に続いて、守らないといけない約束が増えちゃったな。
「ところで執事見習いさん、言葉遣いはそれで大丈夫なんですか? 」
「あ! やっべ……」
◇
寝具や日用品は王都邸にあるとしても着替えは大量に持っていかなければならない。しかもいつまで向こうにいるか分からない以上、春と夏用の服も少しは持っていかなければならない。おかげで荷物は大きめのトランクが何個も必要になるような状態になってしまった。前世ではあまり服を買うような人間ではなかったので、少々荷物の量に引いている。
「フレージア、さっき言っていた話の返事が来たよ」
「もうですか? 間に合わないのではないかと思っていました」
今日の昼頃、お父様に荷物の件について尋ねに行っていたのだ。というのも、王都に行って生活する分の準備はしていたが、錬金関係の荷物はどうすればいいのか全く聞いていなかったのだ。その時お父様は「先方に確認する」と言っていたが、今日は出発前夜だ。片道7日なのだから、伝書鳩のような方法があったとしても間に合わないのではないかと思っていた。
そうだ、ずっと聞こうって思ったまま忘れていたんだった。
「距離が離れていても連絡を取れる手段があるのですか」
「今回は特別にね。見てみるかい? 」
お父様が片手に持っていた1枚の紙を机にぺらっと置き、私に腰かけるように促した。机上の紙は本に使われているような普通の紙ではなさそうだ。若干黄色がかっている表面にはは薄く模様のようなものも描かれている。
「普通の紙ではなさそうですが、これがその手段なのですか」
「そうだよ。とても高価な物だから気を付けてね」
おっと危ない。興味本位で触るところだった。
「この紙は双写紙という魔法具で、この前の事件で連絡のために速鳥を飛ばしたらこれを持って帰ってきたんだ。……肝が冷えたよ」
「えぇ……」
「2枚で1組になっていて、例えばこの紙に「ごきげんよう」と書くと、もう1枚の紙にも同じように字が現れるんだ。少し時間が経てば消えてしまうし、いつ字が現れるか分からないのが難点だけれど、昔から重宝されている貴重な魔法具なんだよ」
着信音も音声も鳴らない電話みたいなものかな。即時性が強いみたいだね。
「すごいですね。どんな仕組みなんでしょうか……。ちなみに、もう1枚は今どこにあるんです? 」
「陛下のところだよ」
「えぇ! 」
なんだか急に恐ろしく思えてきた。学校の先生とか、偉い人に繋がっている電話をいきなり渡された気分……。
「陛下を経由して色んな人と連絡を取っているような状況だね」
「大丈夫なのですか? 偉い人は忙しいのでは」
「うーん、本当に手が回らないのなら連絡は他の人に任せるだろうから、意外と暇なんじゃないかな」
「なるほど」
「そういえば、アスターも王都邸で出迎えると言っていたらしいよ」とお父様が言う。本当に国のトップを連絡の中継にしているようだ。
「それで、錬金術を教えてくださるという方はなんと」
「ああそうだった。えっと、錬金術に使っているペンがあるだろう。あのペンと、今まで作ってきたもの、それから持ってきたい道具や素材があれば持ってくるように。とのことだった」
「分かりました。それくらいであれば数時間で準備は終わりそうです」
「大人の手は必要かい? 」
「最後に部屋から荷物を持ち出すときだけお願いしてもいいですか。量が多くって」
「分かった。明日の朝、出発前に部屋に来るよ。……それから、ヘリアスから預かっているものがあるんだ」
そう言ってお父様はポケットから綺麗なハンカチに包まれたものを2つ取り出した。結び目を解くと、中から見覚えのある透明な入れ物が現れた。誘拐事件のときに叔父様に貸していた双子石と水晶の入れ物だ。クリモフが持っていたらしいものもある。パッと見た感じ、傷どころか汚れ1つ無さそうだ。すごく丁寧に扱ってくれたのだろう。
「そういえば忘れていました。これも持っていこうかな」
「騎士団への報告と提出で返すのが遅くなってしまった。すまない。って言っていたよ。ヘリアスとロザリナは今も手が離せないみたいだから、私が代わりに返すことにしたんだ。あいつを責めないでやってくれ」
「そうだったんですね。気にしなくても大丈夫でしたのに」
「そうだ、ヘリアスがこうも言っていたよ。多少の改良が必要かもしれないが、これのおかげ無事に救出できたと言ってもいいだろう。双子石も想定外の使われ方をして驚いただろうなってさ。」
「想定外、なんですね。他にどうやって使うんですかね」
ちゃんと役に立ってたんだ。良かった……。
どうやって持っていこうか、割れないように中に布でも詰めるかと考えていると、唐突にお父様が私の頭に両手を乗せた。そしてそのまま、「おりゃおりゃおりゃ! 」と言いながら頭を撫で回し始める。
「うわっ! ちょっとお父様、急に何ですか」
「ん? フレージアはすごいなって思っただけだよ」
普段のお父様の行動とは思えない。ティリアによってきれいにまとめられていた髪もボサボサだ。
疲れているのかな。はっ、もしかして何かに憑かれたとか?!
「フレージアも行ってしまうのか。来年はリリアナも魔法学院に行くだろうし、寂しくなるなぁ」
「……動物でも飼いますか? 」
「ははっ! それもいいかもね」
今度は丁寧に指で髪を漉き始める。
「……風邪をひかないようにね」
「努力してみます」
「師事する方にはちゃんとご挨拶するんだよ」
「もちろんです」
「学院長と会うだろうから、よろしく伝えてくれるかな。とてもお世話になったから」
「任せてください」
「もし悪い人だったら、すぐにでもブラフヘルメルに帰ってきてもいいからね」
「そうならないことを祈りますよ」
出立は、明日。
◇
「風邪をひかないように気を付けるのよ」
「それ、昨日お父様も言っていましたよ」
冬の初めにお兄様を見送ったが、今度は私が見送られる側だ。なんとも感慨深いところがあるものだ。みんなまだ仕事で忙しいはずだが、時間を縫って見送りに来てくれている。朝早いからだろう。クラーヴの姿は見えなかった。
連絡とお別れは昨日できたし、しょうがないね。次に会ったときにからかおうかな。
「とりあえずある程度の礼儀作法は叩き込んだけれど、気を抜くとすぐに緩んでしまうから気を付けること。分かったかしら」
「頑張ります、お母様」
「次の花祭りはフレージアの年なのよ。絶対に間に合うようにお兄様と帰ってくるのよ」
「もちろんです。またお祭りを回りましょう」
帰還する騎士団の準備ができたようだ。門の向こうから馬の嘶きが聞こえる。また日が昇って間もない冬の早朝、ブラフヘルメルは久しぶりの晴れ模様だ。薄水色の空に朝日を写した筋雲が線を描いている。キンと冷えた空気を胸いっぱいに吸い込み、15人ほどの騎士に囲まれるように用意された長距離用の馬車へと1歩踏み出した。
「お嬢様、お荷物をお預かりしますね」
「ええ。お願い」
ぎりぎりまで荷造りしていた錬金術関係の荷物が入ったトランクをティリアに持っておいてもらう。私の力で荷物を持ったまま馬車に乗り込むのは、ちょっと難しいのだ。
「ご一緒できず、申し訳ありません」
「そんなことないわ。ティリアはもともとお父様のお手伝いをしていたのでしょう。それなのに私の相手も一緒にしていたなんて、初めて聞いたときは驚いたわ」
そうなのだ。ティリアは正確には私の専属ではない。それに古株のシゴデキなので、余裕がない今はブラフヘルメルを離れることができないのだ。なので私は1人単身で王都へ向かうことになっている。
とは言っても、向こうにはお兄様も王都邸を管理しているメイドたちもいるわけだし。前世の1人暮らしのようなハードモードではないからね。
帰還組のリーダーであるクラリアスに抱っこで馬車に乗せてもらう。そして普段使いの馬車よりも座面が広く柔らかい椅子にしっかり座り、ティリアから受け取ったトランクを抱えた。
「フレージアお嬢様。そろそろ出発いたします。忘れ物はございませんね」
「大丈夫です! 」
外には私の見送りだけでなく、王都に戻る騎士団員を見送る人で小さくない人だかりができていた。
「王国騎士団カイゼルスコール隊、目的地は王都騎士団本部。指揮はクラリアスが行う。さあ、出発だ!」
クラリアスの号令で全体がゆっくりと前進を始めた。鮮やかなマントが風に翻る。
「いってきまーす! 」
窓から落ちない程度に身を乗り出し、門の外で見送ってくれている皆に手を振る。
あれ、お母様が頭を抱えてる。ごめんね、淑女には程遠くて……。たぶんこれは直らないと思う。
さすが軍馬と言ったところか。どんどんスピードが上がっていき、あっという間に見送りの人たちは豆粒サイズになってしまった。乗り出したままの上半身に冷たい風が後ろから吹き抜ける。
「見えなくなっちゃったなぁ」
馬車の中で大人しくしておくかと、体を引っ込めようとしたその時、
「フレージア! 」
「クラーヴ? 何してるの! 」
聞きなれた声に再び外に顔を出すと、少し離れた休閑中の畑から馬車に並走しているクラーヴが見えた。クラーヴだけではない。他にも何人か、同じ年代の子供たちが歓声を上げながら走っている。時折誰かを呼んでいる様子なので、一緒に王都へ向かう騎士の家族か友人だろう。だが騎士の馬も、この馬車もそこそこ早いスピードが出ているはずだ。一体なにをしているというのか。
「いいか、一気にいくぞ。せーの! 」
1番背の高い少年の声に合わせ、走っていた子供たちが一斉に地面へ向けて何かを叩きつけた。その瞬間、パン! パン!という爆竹のような音と共に色とりどりの光が散った。その様子はさながら、花火のようだ。
「いってらっしゃーい! 」
「元気でねー! 」
光が止むと、子どもたちは立ち止まって口々に叫びながら大きく手を振る。騎士の中にも何人か片手を上げて答える人がいた。
「フレージアー! がんばってこーい! 」
「ありがとー! いってくるね! 」
◇
「フレージアお嬢様、フレージアお嬢様。王都内に入りましたよ。あともう少しです」
「ふぁ、はい……」
私の馬車があったので少し予定が押したようだ。約8日かけた旅程はそろそろ終わりを迎えるらしい。
やっとか……。いくら長距離用の馬車とはいえ、揺れるし硬いしでさすがに疲れた。
「ここが王都で、あそこに見える白と赤の建物が今後お嬢様が行く魔法学院ですよ。その上にある半透明の大きな木は見えますか? あれが皆から聖樹と呼ばれているものなんです」
「うわぁ! 」
クラリアスが示す先にあったのは、層のようにゆるやかな段々になるよう作られた巨大な街、そしてその上空で枝葉を伸ばす、街の半分を覆うほどの神秘的な大樹だった。
ご覧頂きありがとうございました!
今回の出立をもって第1章完結となります。
次の話から第2章としてお楽しみください!
これからもフレージアを一緒に見守ってくださると幸いです!




