交渉のテーブルにつこう
「結局、昨日は本を読むだけで終わったんすか? 」
「ええそうなの。なんとも言い出しにくくて……。本が面白くて、気が付いたら日が暮れかけていたというのもあるけれど」
朝の支度で髪をとかしてもらいながら昨日のことについてつらつらと話す。相手をしてくれているのは、王都邸を管理しているメイドの1人であるペルセラだ。この屋敷で過ごしている使用人は3人いるが、その中でも最年少の少女で、年はだいたい17歳だと言っていた。薄いブルーの髪をサイドの高いところで花のようなお団子にしていて、活発な彼女の性格をよく表すように所々ぴょんぴょんと毛先が遊んでいる。孤児だったところを拾われたらしく、どんなに頑張っても口調が直らないとズィルヴァークが嘆いていた。ただそれ以上に能力が高いらしく、メイドとしての訓練も兼ねて王都邸で働いていたらしい。今は私のお世話係も兼任してくれているのだ。
「ここはどかーんと言っちゃいましょう! 騎士隊長さんも言ってましたよ、何かを習得したければ手と足を動かせー、自分の意思を口にしろー! って。……はいっ、できましたよ」
「ありがとうペルセラ。そうね。せっかくの機会なんだもの。自分から動いてみないと、もったいないわ」
「応援してるっすよぉ、お嬢様! 」
言葉遣いがなっていないとよく怒られているみたいだけど、私としてはこれくらいフランクな方が楽しいし助かるな。どんなに猫をかぶっていても前世は一般人だったんだもん。仲のいいクラスメイトみたいな感じで嬉しいんだよね。
ペルセラの能力が高いというのは本当で、今も髪を結ってもらったが綺麗に編み込まれている。髪紐のあたりにブラフヘルメルから持ってきた造花の花がいくつか差されているほどのこだわりっぷりだ。日を追うごとに凝ってきているので、1年後はどうなっていることやら。少々恐ろしい。
部屋の中をくるくると動き回る動線や動きには無駄がなく、動作の端々にズィルヴァークやティリアと似た所作が垣間見える。もしかしたら、ここにも師弟関係があるのかもしれない。私の視線に気が付いたのだろう。振り返ったペルセラが、オレンジみを帯びた濃いピンクの目をニッと細めて笑った。
◇
「昨日は1冊読み終えていましたね。では今日はこれとこの本を。読み終わったら声をかけてください」
その言葉と共にドサッと机に置かれたのは少し小ぶりの本と、大きいが薄い本の2冊だった。ちらっと開けてみると、魔力理論と思われる単語が並んでいる。昨日の本よりもずいぶん難易度が高そうだ。道を覚えていないので門まで迎えに来てもらったが、研究室に着くなりこれだ。とりあえず受け取って昨日と同じ出窓のステップに腰かける。ちらっとセルツ師匠を見ると、何かのメモを片手に壁に掛けられたいくつかの布を手に取って比べているようだ。
これはまた放置コースかなぁ……。うー、勇気を出せフレージア! ペルセラやクラーヴを心に召喚するんだ!
「あの! 」
「どうかしましたか。別の本がよければ本棚から好きに取っていいですよ」
作業の手を止めてこちらを振り返ると、片手でぴっと本棚を指した。
この様子だと本当にずっと本を読むだけになっちゃうし、このままじゃ皆との約束も守れない……。せっかく王都まではるばる来たというのに!
「もしかして、ここでわたくしがする錬金術の勉強って本を読むことだけですか。わたくし、もっと1つ1つ丁寧に教えてもらいたいです」
表情はあまり変わっていないが、首が少し傾げられている。よく分かってもらってなさそうだ。言い方が悪かったのだろうか。
「なんというか、もっと授業のようにというか、そういう風に……」
「その本だけでは不足でしたか」
「いえ逆で、わたくしには過分なんです。正直、この本もほとんど理解できないと思います。昨日読んだのは図がたくさん載っている本だったので大体の内容は分かりましたが」
「聞いていた話と違いますね」と口元に手を当てて小さく呟いた師匠は、何やら思考を巡らせているようだ。そのうち考えがまとまったのか、手に持っていた紙を置いて部屋の隅から椅子を一脚引っ張り出した。それを机の前に置くと、自分は反対側にある脚の長い椅子に腰かけた。ついでにその辺りにあった紙と筆記具を手に取り、新しく出した椅子を手で指示した。
「座ってください。どうやら私たちの認識にすれ違いがあるようです。一度、話をしましょう」
「っはい! 」
用意された椅子は大人用で大きめだ。さらに机自体にも高さがあるので、座ってしまうと顔が見えなくなる。仕方がないので座面に膝を立てることにした。これで胸から上あたりまでが机よりも高くなる。
お行儀が悪いってティリアに怒られそうだなぁ。
「ではまず私の知っているから。私は知人からは錬金術について学びたい子供がいると聞きました。本来であれば期限ギリギリに来る予定が、誘拐事件があったせいで早まったと。それから独学で勉強し、1人でいくつもの宝具を作れる天才だとも聞いています」
「ちょっと待ってください。わたくし、天才でもないですし、そんなにたくさん作っているわけでもないですよ。知識についても、家にあった初心者向けの本を読んだだけで、素人に毛が生えた程度のものです」
「初心者は自力で錬金できないものですが……。まあいいでしょう。あとはブラフヘルメルのご令嬢で家からの通いになるということ、これくらいでしょうか」
「天才ということ以外は合っていると思います」
その辺の評価については、とりあえず置いておいて欲しい。次は私の番だと目で促される。手元の紙にメモを取っていくつもりらしい。なるべく書きやすいように話そうと思いながら頭の中で軽く話をまとめながら話を始める。
「わたくしは叔父からこの件の話を聞きました。錬金術に興味があって弟子になれる人を探していると。それから、研究を続けるには弟子をとって研究室として認められる必要があると、契約のときに学院長先生が言っていましたよね。だから双方に利のあることなのかと思っていました」
「合っています。私はあなたに弟子となってもらい、その分知識を提供すると。私にも利があるということも正しいと言えるでしょう。問題だったのは何の知識が必要か分かっていなかったことでしょうか」
「いったい誰が天才とか言ったんですか」
師匠が紙にペンをサラサラと走らせる様子を見守る。綺麗な字だが、少し癖があるようだ。いわゆる”止め”の部分が微かに丸くなっている。
「いいでしょう。私が知るものであれば教えます。そういう約束でしたから。先に目標を聞いておきましょう。それによって学ぶべき内容も変わります」
「目標、ですか」
「学者になりたいのか、宝具を作る職人になりたいのか。難しければ、錬金術で何をしたいかでもいいですよ」
「うーん。なんというか、わたくしにとって錬金術は手段の1つだと考えているんです。普段の生活を便利にしたいという気持ちで始めたので。今はとてもおもしろいと思っていますが、仕事とはうまく繋げられません。家のこともありますし」
「普段の生活を便利に、ですか。魔法の専売特許だと思っていたのですが、そのような考えもあるのですね」
この世界で生きていく以上、前世の記憶も相まって不便に思うことが多い。もちろん魔法のおかげでできることもたくさんあるが、道具に関わる部分があまり発展していないのだ。せっかくの第2の人生なら、楽に楽しく過ごしたいという、だいぶよこしまな思いで化学に近そうな錬金術をしている。
「強いて言うならば学者でしょうか。職人のように商売をするつもりはありません。ですが、作りたいものを自分の力で作れるようになりたいと思っています」
「分かりました。では主に宝具を研究するということでいいですね」
「はい」
「いいでしょう。次に、あなたが錬金術について知っていることについて教えてください。大雑把でいいので、何を知らないのかについても教えてもらえると助かります」
「本当に基礎的なところだけですよ」
屋敷の本に書いてあったことを伝えれば事足りるだろう。魔力のこと、宝具と魔法具の違い、それから陣と専用のペンについて。とまあ、これくらいだろうか。知らないことと言ったら、陣の種類だろうか。
「……よくその程度の知識で動く宝具を作れましたね」
「分からないことが分からないので、陣の種類くらいしか知らないことが出てきません」
「いったいどこで話に尾ひれ背びれがついたのか」
ふーっと息をつく師匠の目が若干遠い気がする。メモを取る手も止まってしまっているようだ。
「明日、今まで作ってきた宝具を持ってきてください。それからあなたが使っているペンも。今日はこれから基礎的なことを教えることにします」
「いいのですか? 作業があったのでは」
「パンは膨らんでいるうちに焼け、とも言いますから」
鉄は熱いうちに打て、みたいな? なんにせよ、やっと本格的に勉強ができるってことだよね。やった! 私やったよクラーヴ、ペルセラ!
ご覧いただきありがとうございました!
やっぱり何事も話し合いは大切ですね。
本格的に錬金術が進んで行く気配がしますね。
ぜひお待ちください!




