あと片付け
「クリモフです。開けます。念のため、皆さんは離れてください」
ダイゼントとティリアが窓の横に立ち、慎重に鍵を開ける。ナイフを後ろ手に2人が開いた窓の先にいたのは、予想通りクリモフだった。腕の中にはお姫様抱っこをされた状態のお姉様もいる。
「お姉様! 」
「ヘリアス様が犯人を監視している。誰か1人一緒に来てくれ」
「私が行きます。エレフリスは警護を」
「お嬢様をこちらへ」
ティリアにお姉様を受け渡したクリモフは、ダイゼントと共に再び窓から外へ飛び出して行った。
「ティリアさん、こっちの火の近くに」
お姉様はクラーヴが暖炉の側に並べたクッションの上にそっと下ろされ、ありったけの毛布でグルグル巻きにされた。震えてはいるが意識はあるようだ。パッと見、傷も見当たらない。
「お湯を用意してまいります。少々お待ちくださいね」
「おねぇさまあぁ」
「本当に良かったわ。怖かったでしょう。怪我はしていない? 」
長時間外にいたせいで冷え切ってしまっているのだろう。抱きつくと毛布越しでもひんやりとした感覚が伝わってくる。
まだまだ幼い子供なのに、こんなことになるなんて。できることなら変わってあげたかった。
「大丈夫です。クラフラスが守ってくれたし、それに叔父様たちも助けに来てくださったんです」
「そう。何事もなかったのなら良かったわ。あとでお礼をしましょうね」
ティリアが厨房から持ってきたぬるま湯に手をつけたり、薄めのスープを飲んだりしているうちに冷えた体も暖まってきたのだろう。お姉様の空色の瞳がだんだんとろんとなり、ゆらゆらと頭が揺れ始めた。
安心して気が抜けたのもあるんだろうな。
「眠いなら寝てしまってもいいと思いますよ。ここは雪山じゃないですし。なにかあったら起こしますから」
「うん……」
半分寝ぼけた返事を返したお姉様はお母様の腕にもたれかかったまま、目を閉じてすやすやと寝息を立て始める。
「叔父様たちは大丈夫でしょうか。もう外は真っ暗ですよ」
「きっと大丈夫よ。あとは誘拐犯を縛り上げるだけでしょうから」
「縛り上げる……」
「縛り上げるのか……」
「でも念のため、今夜は外に出ないほうがいいわね。クラーヴも今日はここに泊っていくといいわ」
「ありがとうございます」
今私たちが居るハートカーマーの隣の部屋が整えられ、クラーヴをはじめとした男性たちが寝たり休んだりする場所となった。いくら子供とはいえ、男の子と同じ部屋で寝るわけにはいかないそうだ。
暖炉の火は点けられたままでも、部屋の明かりを落とせばかなり暗くなった。いつもとは全く違う環境に、少しわくわくしてしまう。それに記憶では初めてのお母様とお姉様と一緒に寝られる機会なのだ。
きっかけは最悪だけど、ラッキーと言ったところかな。
結局、私が眠気に負けて意識を手放すまで、犯人の捕獲に向かった叔父様たちは帰ってこなかった。
◇
「ん……んぐぐぐぐ」
体中が痛い。やっぱりクッションだけじゃ辛いところがあるね。若い肉体だというのに。
窓の外に見える空は白み始めたばかりのようだ。冬の朝鳥が鳴きながら飛んでいる様子も見える。部屋にいるのは私と、まだ目覚めていないお姉様だけのようだ。メイドたちとお母様はもう起きて屋敷のどこかにいるのだろう。もしくは昨日から寝ていないか。
「うぅ、さぶ」
暖炉の火はすっかり小さくなってしまい、炭と灰になった木の間に赤い光がちらちらと見えるだけになっていた。また昨日のように薪を追加し、お母様がやっていたように火の魔法をぶん投げる。
そろそろお姉様も起きるだろうし、部屋は暖めておいたほうがいいに決まってるよね。うん。
「お嬢様。起きられていますか」
「フレージアは起きているわ。お姉様はまだお休み中よ」
扉を開けて入ってきたのはお母様のメイドであるエレフリスだ。そろそろ医者が来るので、朝の準備をしたいらしい。すやすやと寝続けるお姉様を起こし、寝ぼけ眼のお姉様を2人がかりで着替えさせる。私は医者に会う予定はないので、準備は後回しだ。
その後、持ってきてもらった簡単な朝食を2人で食べ、私はお姉様を送り出した。私1人でいても問題なさそうなところを見るに、危機という危機は去ったのだろう。そもそもこの屋敷は広さの割に仕える人が少ない。私まで人手が回っていないということかもしれないが。
居住用として使われている南棟のエントランスホールに当たるところにはいくつかのソファとローテーブルが備えられており、簡単な接客はそこで行うことになっている。今回の医者もそこで応対しているようだ。本来であればちゃんとした部屋でお茶を出したりしながら応接するところだろうが、昨日の今日では無闇に人を屋敷に上げることはできないようだ。少し離れてはいるが、他には誰もいない空間だということもあり、静かにしていればこの部屋にいても何の話をしているかくらいは聞き取れた。どうやら医者の人とお父様が話をしているようだ。
「お2人とも怪我などは無さそうですね。心配なのは煙を吸ったことくらいですが、意識もはっきりしているようですので問題は無いでしょう」
「その件に……枝の……」
「聞いたことは無いですね。分かりました。こちらでも調べてみましょう」
「ありがとうございます。こちらのと……国の重要……報告を……」
(だめだ。医者の人の声はわりと聞こえるけど、お父様がなんて言っているか分からない)
話の内容はよく分からなかったが、お姉様たちには特に問題はないみたいだ。それが分かっただけでも一安心といったところか。
さっき様子を見に来たティリアに動き回らないよう釘を刺されたせいで散歩もできなければ錬金術の実験もできない。クラーヴは朝早くにピタセリーと家に帰ったらしく話し相手もいない。言ってしまえば、とても暇だ。特にすることも無いので、散らかってしまった部屋の片づけに精を出すことにした。クッションを拾い集め、大量の毛布やブランケットを畳んでいく。
そういえば、前世の記憶を思い出して半年以上は経ったのか。この小さい体にも慣れたもんだな。最初の頃は腕の長さと物の距離感を誤ったり、すぐ足がもつれてすっころんだりしたっけ。
毛布も残り数枚になったころ、部屋の扉が叩かれた。向こうから聞こえてきたのはお母様の声だ。
「まあ! フレージアが片付けてくれたのね。ありがとう、助かったわ」
「わたくしにできるのはこれくらいなので……。それより、お姉様は大丈夫ですか。それと、犯人とかも」
「その辺りの事について、少し話があるの。みんな集まっているから、フレージアも行きましょう」
「分かりました」
なんだろう。何か問題があったのかな。
お母様と手を繋ぎ、目的の部屋へ移動する。といっても、目的地はすぐそこの部屋だった。ハートカーマーがリビングだとしたら、ダイニングのような雰囲気の部屋だ。……分かって欲しい。ノックをして入ると、お父様にお姉様と叔父様、それから屋敷で働くメイドと執事たちが勢ぞろいしていた。クリモフもいる。ただ、昨日お姉様と一緒に誘拐されたお姉様付きのメイドだけはいないようだ。おそらくだが、お休みを貰ったのだろう。神妙な空気だが、重すぎるわけでもない。一体全体どんな大変な話があるのかと思ったが、肩の力はある程度抜いてもよさそうだ。
「遅れてすみません」
「いや、気にしなくていいよ。そんなに待ってもいないからね」
手元の紙に目を向けていたお父様が顔を上げて言った。ティリアに手伝ってもらい、皆と同じように円卓に備えられた椅子に座らせてもらう。お姉様とお母様の間だ。
あまり寝てないのかな。お父様も叔父様も薄く隈ができてるみたい。
「では、今回のことについての説明と今後の予定についての話をしようと思う」
ご覧いただきありがとうございます!
よかったリリアナ~!
これで一安心……?




